第11話 彼の素性





──翌朝。

早速、朝の白湯注入を行う為王女様の元へ向かう。


「おはようございます、スミレ様。

本日もよろしくお願いいたします」


寝室にはニコッと笑うマーシュ先生もいた。


さらさらの銀髪に通った鼻筋、美しいオッドアイ。何度見ても美しいCG顔。物腰が柔らかく大人びた美しい色気。私は看護師なので医師はただの仕事仲間に見えてしまって、仕事中に彼の美しさに気を取られることはないが、この破壊力高めの笑顔に何人の女性や男性が魅了されたんだろうか……とは思う。



この世界に来てからの周囲の美形率の高さに驚くが、レイの美しさは個人的に1番好きだ。


なんていうか、儚くて消えてしまいそうなルックスで……前の世界でハマっていたゲームや漫画で好きなキャラは金髪に蒼眼であることが多かった。


サラサラの髪の毛に長い睫毛、宝石のような瞳に吸い込まれそうである。


しかし、彼は美しさも然ることながら、その心の優しさもとても魅力的だ。


いきなり泣き出した素性もよく分からない女を戸惑うこともなく慰めてくれて。


心を見透かしたように欲しかった言葉をくれた。


私の頭に優しく触れる彼の手の大きさから、美しいだけではなく男性としての魅力も感じた。


優しくて気が使えて会話が楽しくて……。



思い出すだけで顔が火照る。



未婚という話はしていたが、さぞかしモテるだろうな。私が一国の美しい姫君とかだったら、釣り合うのにな。


しかし私がこじらせ日本人でよかった。

彼とは釣り合わないから無駄な恋をするな、と言い聞かせることが出来る。


好きになってしまっていたら、彼にも迷惑だろうし、自分自身も悲しい思いをするだけだ。



──彼は、私の憧れでいい。




「どうしました?」


マーシュ先生が私の顔を覗き込む。


昨晩のレイのことを思い出しボーッとしてしまっていた。


……私は彼に会う度に翌日は気が抜けてしまっているな、しっかりしよう。




「では、本日はマーシュ先生に白湯を注入してもらいます。

王女様、マーシュ先生の手際の良さは折り紙付きですし、しっかりと私が見ながら行うので、ご安心ください」


本日からマーシュ先生に栄養剤の注入と注入に当たっての必要な観察が行えるように指導をしていくことになった。


「まずは、注入前観察項目です。

鼻から出ているチューブの挿入の深さを見てください。抜けていないか入りすぎていないかを確認します。確認が出来たら、シリンジを用いて注入前に必ず気泡音を聞きます。これで胃からチューブが抜けてきていないかの確認ができます」


経管栄養注入前は、チューブが抜けていないかの確認を必ず行う。


抜けてきているところに注入をしてしまうと、気道に栄養剤が入り誤嚥性肺炎を引き起こす可能性があるからだ。


「……出来ました」


「確認が出来たら、王女様を座位にします。ふらつく場合は周囲の枕やクッションを用いて支えてあげます。

そして鼻から出ているチューブと栄養剤を入れてクレンメをしっかり閉じたパックを接続します。そしてクレンメ調節し、栄養剤が10秒に1滴落ちるようにします」


マーシュ先生が栄養パックを経管チューブへと接続し、クレンメを調節する。


滴下の調節は、慣れていないと難しいものだが、マーシュ先生は私の手技を何度か見ただけのはずなのにすぐにしっかりと調節することができていた。



「後は、注入が終わるのを待ちます。

注意点としては、私の記憶を元に作成されているパックですので、どんなに職人さんの腕が良くとも私が前の世界で利用していたものよりもクレンメの性能劣る可能性がありますので、栄養剤が王女様へ一気に注入されないかを常に観察します。


また、注入中に吐き気が出現した場合はすぐにクレンメを閉じて様子を見ます。

気分不快があり吐いてしまいそうになった場合は、側臥位(横に向ける体位)にして、吐き切るのを待ち、吐瀉物が気管に入らないようにします。


注入が終わりましたら白湯を入れたシリンジでチューブ内を洗浄し、終了となります」



朝の白湯注入は問題なく終了し、

昼は私が見守りの元、白湯とさらさらの栄養剤をマーシュ先生が注入した。


手技に問題はなく見事なものであった為、私への負担を考え、注入に関しては1日置きに交代して行うこととなった。


マーシュ先生のおかげで栄養剤注入における私への負担の偏りを改善することができたが、王女様の様子を見て栄養剤の切り替えやこの世界で行える限りの朝昼晩のバイタルサイン測定などがあるので実質毎日王女様に付き添い様子観察を行うことにはなるのだが。


毎日王宮へ拘束されてしまって休みがなくては疲れてしまわないかとダヴィッドさんやマーシュ先生は心配してくれたが、王女様の容態も心配だし、まったく苦ではないので問題はない。




夕方にはルー様も面会にきて、心配そうに王女様の手を握っていた。


注入中、ルー様は特に何も言わずに帰って行った。


仕方なのない事だが、まだ疑われているんだと思う。


国王様はあまり見かけないが、1ヶ月ほど前に王妃が亡くなったことも相まってとても忙しいらしく侍女さんが言うには国務の合間に様子を見に来ているらしい。


ダヴィッドさんは一日中王女様に付きっきりだ。


皆に愛されている王女様。

私も話をしてみたい。

無事に体調が良くなりますように。





空が暗くなる頃、私は自ずと庭園の白いベンチへと足を運んでいた。




「こんばんわ、スミレ」


この破壊力抜群の笑顔の持ち主に会うためだ。



「王女様への処置とやらは順調なのか?」


「今のところは……だけど。

これから毎日栄養剤を注入していって、少しでも栄養を体に蓄えてほしい」


「よかった。

スミレは仕事のことになると雰囲気が変わるね。本当に熱心で尊敬する」


あ……。仕事の話になるとスイッチが入るって昔から同期に言われていたんだった。レイは優しいから尊敬するだなんて言ってくれてるけど、今は仕事ではないので切り替えるようにしよう。



「あ、そういえばルー様って方が毎日面会に来てるんだよ。王女様と仲良しだったんだね」



処置などの話をしているとどうしても仕事モードになってしまうので話題を変えた。



「ルーか。そういえば、遠征から帰ってきていたな。

あいつ、アンジェリカ王女様は妹のように大切にしていて、王女様の事となると凄いからな。

……あいつ結構血の気が多いけど、何もされていないか?」


「……さ、最初は凄い剣幕で王女様になにしてるだ!って言われたけど、マーシュ先生やダヴィッドさんの説得もあって今は処置を受け入れてくれてるよ」


何もされていない、といえば嘘になるので少し誤魔化してしまった。


「……言われただけじゃないな、何かされたのか」


爽やかな笑顔が続いていたレイの表情が曇る。

彼が察しがいいのもあるが、何故上手く誤魔化せないんだ私は。



「……そんな大したことじゃないけど、怒って肩を思い切り掴まれたぐらい」


「なんだと……。


肩は今は痛まないか?治癒魔法はかけてもらったか?

あいつシルバーウルフの血筋だから爪が長く固いだろう、切られたりしていないか?」


「肩を強く掴まれただけだし、マーシュ先生に治癒魔法を直ぐにかけて貰ったし、このとおり何も問題ないよ」


レイの顔色が悪いので、ぐるぐると肩を回して見せる。


「ならよかったが……。

あいつ、第2騎士団っていう素手で戦うことの多い武闘派騎士団の団長なんだ。

だから力が凄く強い。女性に手を上げることなんてないと思っていたが……」


「レ、レイ。手を上げたとかではなく、肩を掴まれただからそこまでのことではないし、


大切な王女様がいきなり見ず知らずのこの国では珍しい髪色の女に何かされそうになってたら不安にもなるよ」


ルー様より謝罪はまだ受けていないが、別に謝罪が欲しいとは思っていない。


例え、謝罪してもらうとしてもまだ王女様の体調は改善していないし、状況はどうなるかまだ分からない為現在の段階では謝罪されても困ってしまう。


「だから仕方が無いし、むしろあんなに色んな人達から大切にされている王女様を早く助けてあげたいって余計に思えるよ」


「……そうか。

無理はしないでほしい。

スミレと毎晩話すのは俺にとって息抜きなんだから。

でも、体調が良くない時とかは無理しなくていい。別にここに来るのは約束してる訳じゃないんだしな」


レイの優しい眼差しが私の心を癒してくれる。


「そう思ってもらえてるなら私も嬉しい。この世界に来てからレイと話すのが息抜きになってる。ありがとう」


「こちらこそ」



そういって、レイは優しく私の頭を撫でた。







──王女様への経鼻経管栄養法を初めて1週間の時が過ぎた。


注入中開始からの数日間は軽度の不快感を示すことはあったが、吐いたりすることはなく経過した。


王女様は大分体調が改善しており、熱は下がり肺の炎症を繰り返すことも現在のところはなく、会話も少しずつ出来るようになっていた。


その様子にダヴィッドさんは歓喜し、マーシュ先生は経鼻経管栄養法を王女様以外にも使えるようにしたいとのことで、栄養パック等の物品の量産を商人ギルドへ依頼していた。





──毎晩、夜の庭園にて私はレイと会い仲を深めて言った。


レイは騎士団に所属しているとの事であったが、毎日訓練や街の外の魔物の処理などで忙しいそうだ。


そしてこの世界には、魔物という物騒なものが存在していることを知った。


「騎士団は危なくないの?

私のいた世界は平和で、魔物なんて空想上の生き物だったから……」


「討伐自体は慣れているから平気なんだけど、最近とても活性化していてね。常に討伐依頼が来るんだ。それで、部下たちも怪我をすることが多くなって来ている。死人が出ないように毎日考えて編成を組んだりしてはいるんだけどな」



ぶ、部下……?

魔物が活性化しているのも気になるがそれよりも、レイはこんな若いのに部下なんているのか。


しかも深くは聞いていないけど、ルー様のことも呼び捨てだし、私はこんなに気さくに話してしまってはいるが大丈夫なのだろうか。


「あ、あの。レイはさ。

部下がいたり、ルー様のことを親しくんだりしてるけど、もしかして王族や貴族だったりするの……?」


彼と出会ってからずっと聞いてはいけないような気はしていたが、レイの上品な所作仕草、先程のように会話の節々で感じる一般の兵士ではない話ぶりに思わず聞いてしまった。


「……後で誰からか聞くよりは自分で言った方がいいよな。」


レイは片手で頭をかかえながら呟く。



「俺の名前はレイ=アルジェルドって言うんだ。


一応この国の貴族の息子になる。

ルーは昔からの幼なじみで、王族だけど親友だ。部下がいるって言ったけど、第1騎士団の団長も務めている。……隠していた訳では無いんだけど、スミレは気を使ってくれそうでいわなかったんだ」



やはり、レイは一般兵士ではなかった。しかも貴族。

……王族のルー様が第2騎士団の団長なのに、第1騎士団の団長とは只者ではない気がする。



「す、凄いですね……」


思わず敬語を使ってしまう。


「……スミレ。例え俺の身分が分かったとしても気を使わないでほしいんだ。気を使われたらこっちまで気を使うだろう?」


相変わらず優しく微笑むレイ。

そうだよね、友人に気を使われたら居心地が悪いのはわかる気がする。


「……ごめん。レイは何か凄い人なんだろうなって勝手に思っていたけど、自分の感の良さに驚いてるよ」


「ふ。確かに感が良すぎるな。

がむしゃらにやっていたら、気がついたら団長になってしまっていて自分でも変な感じだよ」


と、笑いながらいうレイだが貴族という身分やその容姿を鼻にかけず沢山努力をして来た人なんだろう。



「そういえば、スミレ。

王女様の容態も少し落ち着いてきたんだろう?


……息抜きに今度休みに街へ行かないか?

久しぶりに休みが取れそうなんだ」



「え、……街に?」



突然のレイからのお誘い。

確かに王女様も発熱することも減り、体調もどんどん回復してきている。


そういえば、ダヴィッドさんとマーシュ先生に王女様のことは自分たちに任せて息抜きに街にでもいってきたらどうかなどと言われていたっけ。



「……私なんかとでよければ是非」


「本当か??


実は部下から聞いたんだが、街に女性が好きそうなカフェが新しく出来たそうなんだ。


なんでもイチゴを使った飲み物が絶品らしくて。


スミレもずっと王宮に篭っていているし、一緒にいければと考えていたんだが──」


はっとした表情のレイ。

いきなりテンションが上がったかと思えば黙ってしまう様子に思わず口角が緩む。


「前の世界でもカフェが好きで、仕事終わりによくコーヒーなどを買いにいってたんだ。


街の土地勘もまだないし、レイが案内してくれるのであればすごく助かります。


……とても楽しみです。」







思わぬレイからのお出かけのお誘い。

嬉しくて飛び跳ねそうだったが、これは友人としてのお誘いであり決してデートなどではない。



レイに見送られ部屋に帰ったあとも、これはどう考えてもデートのお誘いにみえるけれども、レイが私なんかとデートをするわけが無いと何度も言い聞かせ、その日を終えたのだった。

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