第1話(2)

「マティアス様っ。あのっ!」


 マティアス君が踵を返していたら、大きく一歩前へと出たアナイス。そして、


(どんな人間でも、どこかでは役立つものね。イリス、アナイスを褒めて仲を取り持ちなさい)


 ミンラ様は「まぁ。素敵な御縁があったね、イリス」とさり気なく私に近づき、耳元で命令をしてきました。

 多分ではなく、間違いありません。2人は私を利用して、アナイスを売り込もうとしています……。


「お引き留めする無礼をお許しください。どうしても、英雄様にお話ししたい事があるんですっ」

(失敗したら、只ではおかないわ。いいわね? 必ず、成功させなさい。ここでしっかりと、アナイスとの縁を作りなさい)


 アナイスが品よくカーテ・シーを行っている間に恐ろしい補足が加わり、ミンラ様は何食わぬ顔でアナイスを見守り始めます。

 ただでさえ厳しい、私へのお仕置き。にもかかわらず『只ではおかない』とついているのですから、上手くいかなければ過酷な罰が待っています。


((……でも))


 親しい関係を利用して信頼をさせ、2人の距離を近づけようとする。それは、マティアス君への裏切り。絶対に、やってはいけない行為です。

 ですので、その指示には従えません。……お仕置きは、いつものように我慢すればいいだけですから……。口を噤む事にします。


「英雄マティアス様は、お姉様とお知り合いだったのですねっ。わたくしは、の妹なのですっ。名は――」

「アナイス、アナイス・マーフェル。君の事も、昔からよく知っているよ」

「っっ! そうだったのですねっ!」


 覚悟を決めていたら、アナイスの声は弾みました。

 ぇ……? 昔から、よく知っている……? 妹の存在は一度も明かしていないのに、どうして……?


「こっ、光栄でございますっ! マティアス様っ、わたくしは――」

「イリスの実母が亡くなってすぐに再婚した、今は亡き前当主と継母ミンラの間に生まれた異母妹。侍女達をクビにしてイリスの味方を追い出し、幼少期からずっと親子でイリスを虐げてきた人間。よく知っているよ」


 っ!? そこも、一度もお話しをした事はなかったのに……。なぜそれを……!?

 そう思っていると――。大きな声を出していたマティアス君は、朗らかに笑いました。


「前妻の子だから、血の繋がらない子だから。そんな理由で密かにイジメたり、コッソリと靴を踏みつけたりしている人間とは、友達にすらなれないよ。さようなら」

「「……………………。……………………」」

「ミンラ・マーフェル、アナイス・マーフェル。今までイリスを可愛がってくれて、どうもありがとう。感謝するよ」


 角度の関係で、その時の表情は分かりません。けれどマティアス君は2人が「「ひぃっ!」」と瞬時に青褪めるものを作り、改めて私に待ち合わせ場所を伝えてくれたあと、特注された馬車へと戻っていったのでした。

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