第4話 無銭飲食

 1か月がこんなにも早いとは、想定外だった。


 明日になれば考えようと思いながら、自由気ままな生活を送っていたらあっという間に時間は過ぎてしまい、手元には小銭しか残っていなかった。


 どうしよう・・・仕事を探さなくちゃ。


 このままだと、今日から野宿する羽目になっちゃうわよ。


 項垂れながら歩くニコの足が止まった。


 そうだった私は、勇者なのよ! 


 城を追い出されたら真っ先に向かう先は、お決まりのギルドに決まってるじゃない。


 カッコ良くギルド会館のドアを開け、いきなり上位ランクの私を周囲の冒険者達が驚くのを想像し  ながら意気揚々にニコは、通りを走り出した。


 ギルド会館の前に到着すると、誰も人が居ない。


 不安になりつつ建物に近づくと、ドアの張り紙が目に留まった。


 うん? 何だコレと、ニコは張り紙を剥がして手に取った。


『拝啓 平素は格別のお引き立てを賜り、厚く御礼申し上げます。 さて、突然ではございますが、諸般の事情によりギルド会館は閉鎖する運びとなりました。 長きにわたるご支援に心より感謝申し上げますとともに、魔王復活の際には改めて再開出来る事を楽しみにしています。 皆様のますますのご健勝とご発展を心よりお祈り申し上げます』


「えっ、ギルドって解散しちゃったんだ」


 そうなのだ! 平和な時代にギルドと冒険者達は不要なのだ。


 魔王が居なければ、魔物も減少する。


 魔物が減ればギルドに入る依頼は徐々に無くなり、冒険者達は少ない仕事を取り合う。


 そうこうしている内に魔物討伐などの依頼は、完全に入らなくなったのだ。


 お金の流れの止まった組織は、必然的に経営難に陥り解散へと追い込まれてしまうもの。


 今の時代にギルドを必要とする人は居ない。


 ニコが手にしていた張り紙が、風で飛ばされ宙を舞った。


「もうこの世界で子供達が夢見る職業の中に冒険者は存在しないのか」と、悲しげな声を漏らした。


 空腹を紛らわそうとお腹を押さえるニコは、飲食店が並ぶ通りを歩いていた。


 お昼には、まだまだ早い時間。


 軒先で言い争いをする声が耳に入った。


「おいおい、街で一番美味い料理を出すのは、俺の店だ。昨日だって、客足が途切れる事はなかっただろ」


「まてよ、お前んとこより客は少なかったが、味なら負けねえぜ」


 ドガとザックが軒先で、いつもの言い争いをしていた。


 軒を並べて商売しているんだから仲よくすれば良いのにと思い、何気なく彼等の方へニコが目をやると、食堂が三軒並んでいる。


 左端の店の前では、座りながら煙草を吹かすトットが、呆れ顔で隣人を見つめていた。


 他人の痴話げんかなど腹の足しにもならないと感じたニコは、ヨロヨロと彼等の前を通り過ぎようとした。


 すると、トットは煙草の火を消しが立ち上がった。


「おーい、お嬢ちゃん! もしかして腹が減ってるんじゃないのか?」と、トットはニコを呼び止めた。


 ニコの目に映るトットは、中途半端に長い髪の毛を後ろで縛り無精ひげを生やしている、身に付けているのは使い古したギャルソンエプロン、その見た目に反して何処か男の渋みをにじませる雰囲気のアラサー男性だった。


「・・・、ゴク」と、言葉の出ないニコは口の中にたまった唾液を飲み込んだ。


「久しぶりに腕を振りたい気分だから、何か食うか?」と、トットは手招きした。


 思考回路がショートしたニコは、何も考えずそのままトットと一緒に店の中に入って行った。


「ご・・・ご・・・ご・・・ごはんが食べれるの」


「そうだ、飯が食えるんだよ。直ぐに作ってやるから、ちょっと待っててくれよ」と、水の入った木製のコップをカウンター席に座ったニコの前に置いた。


 小奇麗な店内の奥でトットは、手際よく食材を包丁で刻み熱せられたフライパンの上に落とした。 炒められる食材に調味料を加えると、何とも言えない音がフライパンから発せられ、香しい匂いが店内に充満した。


 たまらずニコのお腹が鳴った。


 それは恥じらい多い女性でも止められない生理的現象だったが、お腹がすき過ぎて何も考えられないニコは恥じらいすら忘れていた。


「ほらよ、味は保証しないが食ってくれ」と、トットは出来上がった料理をニコに出した。


 出された料理を躊躇なく口の中に放り込んだニコの表情が歪む。


 ま、まずい。なによ、この極端な味付けは。


 どうしてスープは超々薄味なの。お肉は、しょっぱ過ぎるし。どうしてちぎって盛り付けただけのサラダがこんなにも不味いのよ。


 匂いと見た目は良いのに、ある意味不思議に感じてしまう。


 それでも空腹に負けたニコは、手を止めず綺麗に完食してしまった。


「ご馳走様でした。ふう、とっても不味かったわ」


「辛口コメントだな、嬢ちゃん。まあ、賄ない見たいなもんだからお代は定価の半分にしてやるよ」と、笑顔のトットはお代を貰おうと手を差し出した。


「うっ、こんなくそ不味い料理でお金を取るの。はあー、詐欺だわ・・・」


「何言ってんだよ、食べたら払う。食堂で食事をしてお金を払わないのは非常識だろ」


「そんなこと言われても、何か食うかって言って店に入れてくれたからタダだと思うじゃない」


「そんな訳無いだろ。もしかしてお前、一文無しか?」


「えっ、お、お、お金は持ってるわよ」


「嘘をつくなよ。怒らないから、正直に話さないか」


「もーう、お金は持ってるの」と、ニコは全財産をテーブルの上に置いた。


「おいおい、全然足らないぞ。それだけじゃあ、パンの一つも買えないじゃないか」


「じゃあ、どうすれば良いのよ」


 半ギレ状態になったニコは、両手をテーブルに荒々しく叩きつけるとカウンター越しからトットに顔を近づけた。


 ストレートに不味いと言われたトットは、煙草を銜えながら負けじとニコを睨んだ。

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