第2話

 家に着き、玄関を開けて歩くんを中へ促す。


「散らかってるけど、どうぞ」

「お邪魔します」


 靴を脱ぐまでは紳士だった歩くんが、靴を脱いだ途端に私をぎゅうと抱き締めた。


「ちょ、っと、ここ玄関だから」

「無理、待てない」


 諫めるものの、私も嬉しいから鞄を床に放して愛しい背中に腕をまわす。


「彩葉」


 好き、と言いながら落ちてくる唇に、私の中の好きが溢れる。


「私も好き」


 そう返せば角度を変えて何度も何度も求められるので、私も懸命に応える。割りいって来る舌を受け入れながら、背中を撫でられる手のぬくもりを感じていると、その手付きが徐々にいやらしくなる。


「ん、……待って」

「待てない」

「でも、汗かいてるし、……シャワー」

「気にしない」

「気にしてよ」


 そこでやっと二人の動きが止まる。

 じっと見下ろす歩くんの視線を受け入れて微笑むと少し拗ねたような顔をされた。


「彩葉から手が離れない」

「え!?」

「離したくないんですけど、シャワー浴びるなら一緒に入ります?」

「ちょっ!?」


 私の焦る顔を見て、にやりと笑う歩くん。


「ははっ、いいですよ、ちゃんと待ってますから早く入って来てください」

「もう〜〜〜」

「ほら早く! 遅いと僕も入っちゃいますからね!」

「え、待って、ほんとちゃんと待っててね!」


 急かされながらも、そのやり取りさえ楽しんで私は熱いお湯で汗を流すと、この後の展開を想像して隅々まで綺麗に洗った。



 歩くんがシャワーから出て来るが着替えがないので腰から下にバスタオルを巻いた姿で、無駄に色気を振りまきながら私の前にやって来る。

 引き締まった上半身を直視出来なくて、私は咄嗟に横にあった鞄に視線をやると、そこへ手を突っ込んだ。


「何してるんです彩葉?」

「えっと、いや、その……」


 私の後ろに腰を下ろした歩くんが私を後ろから抱き締め、首筋に鼻を付けて、すん、と嗅ぐ。


「彩葉の匂い。僕も同じ匂いかな?」

「そうだね、同じシャンプー使ったんなら……」


 今度は髪の匂いを嗅ぐ歩くんの息がくすぐったくて身をよじると、強い力でぎゅうと抱き締められた。

 薄い部屋着越しに松岡くんのたくましい胸を感じて、私の背中が沸騰したように熱くなる。


「彩葉」

「なに?」

「ごめんね」

「ん?」

「クッキー」

「え!? あ、あのクッキーね、私が悪いんだから、気にしないで」

「彩葉が作ってくれてたなんて知らなくて、……ちゃんと話しを聞かなくて酷い事言ってごめんなさい」

「ううん、謝らないで。クッキーはダメだったよね、私こそごめんね」

「克服させようとしてくれたんでしょ?」

「うん、そうなんだけど、……最初からクッキーはハードル高いに決まってるよね」

「まあ、そうだね。彩葉が作ったって分かっててもクッキーは無理かな……」

「やっぱりそうだよね。ごめんね」

「彩葉は謝らないでいいよ。ダメな僕が悪いんだから」


 でもクッキーじゃないものでまた挑戦してみてもいいかなと考えて、それを言うか言うまいか悩んでいると、歩くんが鞄に突っ込んだままの私の手を取る。

 その際に指に何かが引っ掛かって一緒に出て来た。


「それ」

「温泉旅行の時に神社で買った『根貝』だよ」

「うん。僕さ、この時にはもう彩葉の事好きだったんだ」

「え? そうなの?」

「分からなかった?」

「うん」


 歩くんは『根貝』を取ると、これのお蔭かな、と呟く。


「彩葉に想いが通じたの」

「私も同じ。このお守りのお蔭」

「なんだ、僕たち同じ気持ちだったんだ」


 また歩くんが私の身体を強く抱き締め、首筋に顔を埋めるとその首に唇を押し当ててくる。


「ん……」

「彩葉」


 首だけじゃ足りないとばかりにゆっくりと唇が下りていき鎖骨を甘噛みされる。


「ふ……」


 私の身体を強く抱き締めていた手がゆっくり動き出すと、それに合わせて鼓動が大きくなる。

 かと思えば急に抱き上げられて、身体が宙に浮き、ひゃっ、と声が出た。

 狭い部屋の中、くるりと反転すればそこにはベッドがあるだけで、そこに優しく下ろされると、私の上に跨がった歩くんが、欲情の熱をたたえた瞳を私へと真っ直ぐに下ろしている。


「もう1mmだって隙間がないくらいに離しませんから、覚悟してくださいね」


 これから迎えるひとときに、どうしようもなく幸せになりながら、私たちは一つに溶け合っていった。





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