第13話 共犯者

 ゆちあと遊んでいると時間はあっという間に過ぎていく。トランプをしたり一緒にテレビを見たりデリバリーのお寿司を食べたり……うん。お寿司の件だけは愛美に内緒にしとこう。後でゆちあと口裏合わせとかないと。


 そうこうしているうちに時刻は午後五時を回っていた。


 そろそろ愛美が帰ってくるかななんて思いながら、遊び疲れてソファの上で眠っているゆちあの頬をつんつんする。むにゃむにゃと小さな手で俺の大きな手を払いながら、


「ゆちあ、がんばる」


 と寝言を言ったゆちあを見ていると、俺まで瞼が重くなってきた。背伸びをしながら大きなあくびをしている間にインターフォンが鳴ったので、おもむろに立ち上がる。


「ようやく帰ってきたか」


 愛実だろうという思い込みから、俺はモニターフォンの画面で訪問者の姿を確認することなく、玄関に向かってしまった。


「おかえり愛実。意外と早かった……」


 玄関扉を開けた瞬間、言葉を失う。


 そこに立っていたのは莉子だった。


 悲愴な面持ちで、俺をじっと見つめてくる。


「ごめん智仁。私、やっぱり諦めきれなくて。一緒に学校行きたくて」


 またかよ。


 ほんとこいつ、懲りないよなぁ。


「何度来ても答えは同じだって。諦めろ」


「嫌。絶対諦めたくない」


「学校に行く熱意は入荷の目処がたっておりません。お引き取りください」


「おとーさん?」


 名前を呼ばれた瞬間、やばいと思った。


「おかーさん帰ってきたの?」


 とっさに振り返ると、目を擦りながらこちらへとぼとぼ歩いてきているゆちあがいた。


「おと、おか…………え? 子供?」


 莉子の困惑の声が焦りを加速させる。冷や汗が止まらない。まずい見られた。どうしようどうしようどうしよう。


「違うんだ。この子はな、ゆちあはな、えっと」


 頭をフル回転させているが、どう誤魔化せばいいのかわからない。なにも思いつかない。


「おとーさん。その人、誰?」


 おかーさんが帰ってきたのではないと理解したゆちあが、俺の足にむぎゅっと不安げに抱きついてくる。ああ、また状況が悪くなった。


「え……どう、いうこと? しかもゆちあって、まさか智仁の子供?」


「いや、だからこの子は……」


 親戚の子なんだ。


 そう言えばいいだけだと頭ではわかっているのに、ゆちあの前でその言葉を口にしてはいけないという思いが喉に蓋をしていた。


 そんなことを言えば、俺のことをおとーさんと呼んで慕ってくるゆちあが傷つく。


 すでに心に深い傷を負っているはずのゆちあを、これ以上大人の身勝手で傷つけてはいけない。


「黙ってないでどういうことか説明してよ。いつもの軽口はどうしたの?」


「だからそれは」


「あっ! おかーさん!」


 ゆちあの嬉しそうな声が、重苦しさの立ち込めた玄関に響き渡る。


「え、智仁……に、莉子?」


 莉子の後ろで、愛美が口をぽかんと開けて立っている。手にはいくつもの買い物袋。そのうちの一つから飛び出ているニラが、こてっと首を傾げるように下に動いた。


「え? おかーさん……が、愛美?」


 莉子は俺と愛美の顔を交互に見てから、


「そういうこと……なにそれ」


 と苦々しげにつぶやいた。


「違うんだ。お前が思ってるようなことはなにもなくて」


 俺は、おそらく盛大な勘違いしているであろう莉子の誤解を解くため、真実を告げる覚悟を決めた。


 きっとこいつ、俺が愛実を妊娠させたと思っているに違いない。ゆちあの年齢的に違うってわかりそうなものだが、それに気がつけないほど頭が混乱しているのだろう。


「とりあえず上がれ。全部話すから」


「えっ、でもいいの?」


 愛実が心配そうな顔をする。


「いいもなにもしょうがないだろ。莉子になら言っても大丈夫だろ」


 というより、こうなった以上真実を言うしかない。


 それに実際のところ、愛実と二人だけでゆちあの面倒を見るには無理があると思う。


 言い方は悪いが、ゆちあは『得体の知れない子』なのだ。


 もちろん女子高生が一人加わっただけで劇的に状況が好転するとは思えないが、協力者? 共犯者? は多いに越したことはない。助かる場面も多いはずだ。


 隣の家に住んでいるというのも、なにかあった時にすぐ呼べるから都合がいい。二人の共通の友達である莉子なら、この秘密を守れると信頼できる。


「……そうだよね。たしかに、莉子には言っておいた方がいいかも」


 どうやら愛美も納得したようだ。


「だろ。だからとりあえずあがれよ」


 俺は覚悟を決めて、俯いたままの莉子にそう声をかけた。

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