いじめビジネス

干奧左海

第0話 憧憬は絶望に渇望は無謀に

 坂井一輝さかいかずき。中学校一年入学からだある人に憧れた。その人は阿多谷金元あたやかねもと君。


同じクラスの彼は、勉強が出来てテストでは全て100点だった。運動神経も学校1だ。文武両道容姿端麗で何もかも完璧な人だった。




勝っているなんて言えたものじゃないが、背丈くらいしか張り合えるものがない。


そんな阿多谷君に憧れて100点を取りたいと、そう強く願うようになった。


しかし周りと比べて勉強が出来るなんて事はない。


だからハードルが高い。


とにかく得意科目一つに焦点を合わせて、目標を達成しようとした。




 そのかいあってか、一年生三学期の頃には80、90点と得意科目は100点に近づきつつあった。


しかし二年生に入ってからも、100点に限りなく近くは取れても、そのあと少しが届かない。


そして1教科に完全に焦点を合わせての勉強を励むようになった。




他教科はギリギリ赤点にならない程度に勉強を留めた。


今考えれば、すごく非効率な勉強の仕方をしていた。


その教科一つだけなら、テスト範囲全てを網羅していると言っても過言ではなかった。




 そしてついに、三年生の一学期にやっと100点をとることが出来た。


嬉しかった。


憧れの生徒と少しでも肩を並べられた感じられたのだから。




本当に嬉しかった。




だけど、その時の阿多谷君は1教科だけ95点だった。


普段の彼ならあり得ない事だ。


ちょっとしたざわめきがあったと思う。


その時彼の表情は見ていなかった。




自分の明るい感情の対応に忙しかった。


他教科は普段通り100点だったが、丁度その1教科が僕の100点だった。


勝ったなんて言うのも、おこがましいけど、少しでも憧れの人を越えられたと思うと、教室で飛んで喜んでしまった。


どよめきとは対称的に僕は、周りを気にせず、教室中で喜びを全身全霊で表現した。
















 そこから可笑しくなった。




完璧だと思っていた彼は一変して、僕を執拗に避けるようになった。


次第に、グループで避けるようになり、ついに僕の机には位碑が置かれるようになった。


訳がわからなかった。




僕は死んでいない。


体は透けていないのだから。


僕は死んでいない。


物だって手に取れるのだから。


僕は死んでいない。


今にも大声で「ふざけるな」と言いたくて堪らないのだからっ!!




だからなんでみんな僕を避けるんだ。無視をするんだ。


なんでニヤニヤしているんだ。死んでいるのなら悲しむものだ。


それもおかしい。だから僕は生きているんだ。


死を肯定しない癖に、存在を否定するな。


存在を否定する癖に、僕を嗤わらいの対象にするな。


不条理を身勝手に押し付けるな!!




 そんな混沌とした心情を元に、僕は衝動的に位碑を床へ叩きつけようとした。




しかしその試みは失敗に終わった。憧れだった者の手で。




「駄目だよ。シビト君」




「え……あ」




当然僕はシビト? なんて名前じゃない。




「坂井君。君は生まれ変わったんだ。君は人の気も知らないで、これ見よがしに喜んでしまった。その行為はとても いけない ことなんだ。だから君は死美徒しびと。死を持って、美しく、徒手とてで生まれ変わった。これから また 宜しくね。死美徒君」




到底受け入れがたい事を言われている。だけど、それを否定しなかったのは、憧れからではない。


とっくに憧れは無い。


あるのは恐怖。


そして阿多谷家なら、そのようなことができる。


そう思った。




大の大金持ちだから。


お金があれば、それだけ人を動かし、止められる。


そんな単純な考えで、僕の衝動はブレーキとして機能した。


正確には、ただ こわい だけだ。こんなことは、しかるべき所へ相談するに越したことは無い。




しかし相談したとして、解決するのにどのくらい時間がかかるだろうか?


その間、勘づかれ無いだろうか?


報復はされないだろうか?


そして本当に解決されるのだろうか?




わかっている。


結局こんな思考になっている次点で、ほぼ助からない。


辛いことを誤魔化して逃避しているだけ。その方が増しだから。


だから僕は……。




「はい」




形であるが肯定してしまった。本当はそんな事したくないのに。間違っているのに。




 やり取りを終え、位碑を隠すように机の中にしまった。


その後は消しゴムが投げられたり酷い時は、殴る蹴るの暴行を受けた。




何が嫌だって、骨折にならない程度に痛め付けらることだ。


それで、病院に送られる程じゃないと学校側に誤魔化されるのだ。


学校もおかしかった。


唯一担任の先生は気にかけていたが、すぐに、あちら側に寝返った。


最初から期待していない。




 ああ、これがいじめなんだなと、今更ながらに、感じた。


いや、認めたくなかったという方が正しいか。


それと母親には、心配をかけたくなかった。




父が他界して、片親でも、ちゃんと育ててくれている母に余計な心配をかけたくなかった。




だから我慢を選んだ。




高校になれば環境は変わる。ここでは、どうしようもなくても、場所が変われば何とかなる。


そう思いながら、心を押し殺して来たが、 辛いという感情を誤魔化し続けるのは限界がある。


どうして自分だけこんな酷い仕打ちを受けなければいけないのだ。


ただ憧れて頑張っただけなのに。










……誰か助けてくれよ。

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