第18話 悪役令嬢のハイパー土下座

≪王家の谷 ~隠された王の部屋~≫


「おお、アレクサーヌよ! 死んでしまうとは情けない」


 光に包まれて立ち上がるわたくしにシュモネーが声を掛けてきましたの。


「ちなみに今回で40回目ですよ。とりあえず、おめでとうございます?」


「お目出たいことなど何もありませんわよ……」


 シュモネーに言い返す気力もほとんどないまま、わたくしは地面に膝をついてがっくりポーズを決めておりました。


「殲滅姫をやり過ごしても、そのすぐ後ろに魔界近衛騎士団が控えているなんて……。聖剣も無いのにそんなの無理ゲ―ですわ」


 考えてみれば当たり前の話ですわ。ローラ・ノスフェラトゥは魔界を統べる女王。いくら強いとは言え、敵地のど真ん中にたった一人で来ているなんてはずがありませんの。


 殲滅姫をやり過ごして丘を越えたわたくしが見たものは、ゲームで中ボスクラスの実力を持つ魔物が12体。その全ての瞳が一斉にわたくしをジロリと睨み、次の瞬間には魔法攻撃を飛ばしてきましたのよ。


「あんなの……どうしろというのですの……」


 その後、何度か挑戦してみてわかったことは、わたくしが聖剣を持って殲滅姫を視認した時点で、殲滅姫や魔物たちも、わたくしやフレデリックたちの存在を認識しているということですの。


 よくよく注意して周囲を観察すると、翼を持った魔物が上空からわたくしたちの様子を確認していることが見て取れましたわ。


 殲滅姫と魔物たちに認識された時点で、その場にいる全員が命を狩られる対象となることもわかりました。


 これまでも聖剣をリリアナに放り投げた後、踵を返してフレデリック達の間をすり抜けて王都へと向かおうとしたこともありましたの。


 でも殲滅姫と魔物たちはフレデリックたち全員を屠り、その後わたくしをどこまでも追いかけてきて止めを刺しに来ますの。


 ゲーム的には本来の持ち主であるリリアナの手に握られた聖剣も、その力を発揮することはありませんでしたわ。


 殲滅姫やフレデリックたち双方から身を隠してやり過ごしたこともありました。

 

 しかし、そうすると今度はサンチレイナ侯爵領が蹂躙されるのを防ぐことができなくなりますの。


 その時にはレイアとチャールズ、他の神話武器所持者と共に領土の回復に翻弄しました。でも、ようやく実家に辿り着いたときにはもう両親や使用人たちは――


 もう二度とあんなものは見たくないのですわ。


 殲滅姫に向って行ってもダメ、リリアナたちを相手にしてもダメ、逃げてもダメ……もう八方塞がりの状況ですの。


 こうなったら、わたくしができることは一つしかありませんわ。


「シュモネー様! どうかわたくしにお力をお貸しくださいまし!」


 わたくしはシュモネーに向かってハイパー土下座を敢行しましたの。血が拭き出そうなくらい、額を強く地面に擦り付けましたわ。


 そして同時にスキル【令嬢の涙】を発動させました。彼女に対してこのスキルがどこまで通じるかわかりませんが、いまのわたくしに出来る全てを尽くさないと、話さえ聞いてもらえない気がしたのですわ。


 シュモネーは黙ったまま無表情でわたくしを見つめておりました。


 わたくしのやり直しを数えているシュモネーは、おそらくこの世界の理を超えている存在。わたくしが転生者であることも知っているのかもしれません。だとすれば、彼女はこの世界の神々をも超える力を持っているはずですわ。


 もしこの予想がはずれていたとしても、ゲームキャラとしてだけの彼女はローラを凌ぐ戦闘力の持ち主であることは間違いありません。


 ハイライトが消えてまるで彫像のように動かないシュモネーに、わたくしは今置かれている状況を訴えました。


「どう転んでも、わたくしかわたくしの家族は殺されて、ハリアグリムの聖剣が殲滅姫かリリアナに奪われてしまいますの! このままでは、わたくし永遠にここでやり直しを続けるしかありませんわ!」


 シュモネーは彫像のように固まったまま動くことはありません。それに今の発言は自分でも信じてはいませんの。もしこれから何百回もやり直しすれば、打開策が見つかるかもしれません。


 でも簡単にやり直しなんて言っても、死に際の苦しみは普通と変わりませんから! 普通の死に際を知っているなんて言ってしまう時点で凡そ普通ではないのですが、とにかくその恐怖と苦しみは尋常じゃありませんのよ!


「ううっ……ぐすっ……お願いしますの……お願いですからぁ……」


 自分でも驚くほど大粒の涙が頬を伝い落ちていきましたの。前世を含めても、人前でこれほどまで大泣きすることなんて一度もありませんでしたわ。


 今では涙だけでなく鼻水まで流しながら、わたくしはシュモネーに懇願し続けました。


 わたくしの希望は、たったひとつの小さな確信。あやふやで頼りないけれど、わたくしの中から消えることのない確信にしがみ付いておりましたの。


 ひとつの約束を守るために数百年もの間、こんな暗い場所をたった独りで守り続けていたシュモネー。そんな彼女に全く情が通じないなんてことはないはずですの。


 ないはずですわ!


「うう……ぐすんっ……えぐっ……。このままではハリアグリムの聖剣は殲滅姫に奪われ、王土が魔物に蹂躙されてしまいますの……あなたにだってわかっているのでしょう!? このままだと世界は滅びてしまうんですのよ!」


 正確には『人間が滅んでしまう』ですが、わたくしにとっては同じことですの。


「この世界への干渉についてはかなり厳しい制限が課せられていまして……でも、ここなら……」

 

 やっと口を開いたシュモネーが戸惑いを含んだ声でそんなことを言いましたわ。

 

「何を言ってますの! 貴方もう色々と干渉してるじゃありませんの!」


 思わず怒鳴るように言い返してしまったその瞬間、シュモネーの困惑する表情を見て、わたくし確信しましたの。


 こいつは落とせるのですわ!


 わたくしは心の中でガッツポーズを決めておりました。



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