第4話 王都 ~城下街~

(とりあえず拠点セーブポイントにいってみましょう)


 ゲーム『殲滅の吸血姫』において各要所には復活場所として拠点が配置されています。この王都においては6つの拠点が存在しているのですが、これらは主人公として選べる四人のメインキャラと二人の隠しキャラが最初に登場するゲームのスタートポイントでもありますの。

 

 ゲーム中でプレイヤーが死亡した場合、直近に訪れた拠点からの再スタート。もしこの世界でも拠点が同じような働きを持っているとすれば、次に死亡したときには拠点から再スタートを切ることができるはずですわ。


「ここから一番近い拠点は『聖樹教会』ですわ……」


 裏路地に馬車を停めたわたくしは、荷台の荷物を解いて地面へ乱暴に放り投げました。荷物の中に男子学徒の正装一式とコートがありましたので、素早くそれに着替えます。


 続いて馬車の底部を確認したところ、案の定そこに武器が括り付けられていましたわ。わたくしはその中から細身の剣と短剣二本を選びました。ここで短剣を使って髪を切ってしまおうかと考えたのですが、とりあえず後ろにまとめて紐で括るだけにしました。


 馬車から馬を解いて鞍を取り付けたところで、なんとなく周囲に嫌な空気が漂ってきましたわ。王都の中心部とはいえ、夜中の暗い裏路地なんかに長居するものではありません。


 わたくしが馬に乗ると周囲には思っていたより多くの人影が確認できました。おそらく馬車を狙っているのでしょう。


 その場を去ろうと馬を進めたとき、三人の男が暗がりから出てきて進路を塞ぎましたの。どうやら残った荷物だけでは満足してもらえないみたいですわね。


「そこを退いて道を開けなさい!」


 そう怒鳴ると同時に、わたくしは特殊スキル【炎の眼】を発動して三人の目を見つめ、彼らが硬直するのを確認しました。さらに続けて周囲も見回しましたの。わたくしからは見えませんが、きっと隠れている何人かは、わたくしの眼を見て硬直してしまったはずですわ。


 わたくしは目の前にいる三人めがけて強引に馬を進めました。嫌がる馬が首を左右に振ると、ぶつかった衝撃で三人は転んでしまいました。そのうちの一人はふらふらと川に転落してしまいましたの。


「だから退きなさいっていったのですわ」


 硬直でほぼ動けない相手にこんなことをサラッと言ってしまうところは、わたくし悪役令嬢と言われても弁明のしようがありませんわね。


 去り際、チラッと後ろを振り返ってみると馬車に人が集まり始めているのが見えました。明日の朝にもなれば、あそこには何一つ残ってはいないでしょう。


 わたくしは聖樹教会に馬を進めました。


―――――――

―――


≪王都 ~聖樹教会~≫


 聖樹教会の大聖堂にある拠点は、ゲーム『殲滅の吸血姫』における主人公の一人、レイア・フィールド聖樹教会修士のスタートポイントでもありますわ。


 レイアが佇む姿はまるで神話に登場する女神のように美しいと称えられ、薄い緑の艶やかな長髪、切れ長で憂いのある目にはアメジストのような紫の瞳が輝いていますの。性格は常に冷静沈着で落ち着いてはいますが、その内側には燃えるような熱い信仰心を持っている方ですわ。


 ゲームにおいてレイアは支援系スキルを習得しやすい特性を持っていますの。またレイア専用の神話武器【エルフィンリュート】を入手することができれば、森の中においては高火力の矢を無限に射出することができるようになったりもしますわ。


 この武器は非常に強力で、あるスキルの組み合わせが完全にゲームバランスを損なってしまった為、後に修正が入って威力が下げられたりもしたほどですのよ。矢を射出する際、弦から美しい音色が響くことからエルフィンリュートと呼ばれていますの。


 ゲームで主人公格だったレイアはソロ攻略するには非常にバランスの良いキャラなので、わたくしは彼女を使って何回も周回したこともありましたわ。ただゲーム内でもこの世界でも、アレクサーヌとレイアには直接の接点はありませんの。


「味方になってくれるかしら」


 わたくしは独り言をつぶやきながら馬から降り、聖樹教会の門番にレイアへの取次を依頼しました。


――――――

―――


「それで? あなたは一体どなたですか?」


 レイアはわたしを訝し気に見つめながら聞いてきました。

 

 ありがたいことに、夜中であるにも関わらず門番は速やかにレイアに取り次いでくれましたわ。おそらく突然やってくる来訪者というの、ここではそう珍しいことではないのでしょう。


「わたしはサンチレイア侯爵家のアレクサーヌと申します。こんな夜更けに申し訳ございません」


「アレクサーヌ嬢? 男の恰好の貴方が? 」


 レイアがわたくしを見る目がますます怪しいものとなりました。わたくしはと言えば、ゲームと同じく美しいレイアの尊顔を見て思わず頬が紅潮するのを抑えきれませんでしたの。


「この姿は仔細あってのこと。つい先ほど、バナーワース家のリリアナ嬢を選んだフレデリック第一王子から婚約破棄を申し渡されてしまいましたの」


 レイアの眉が微かに動きました。王子の婚約破棄という話題に反応したのか、それともリリアナという名前にでしょうか。


「リリアナ嬢……確か聖女の候補として名前が挙がっていました。しかしバナーワース家は商家だったと記憶していますが」


「聖女が貴族から出るというのは俗説であって、実際には王宮の審査委員会が身分を問わず可能性がある女性を調査し、最終的に認定するのですわ」


「そうなのですか。なんと無意味なことを」


 この時点でリリアナとレイアはまだ出会っていませんが、二人の相性は端的に言って良くありません。それは性格上の問題というより、王国と教会の確執が巡り巡って個人に反映されているとも言えますの。


 これから幾つかのイベントを経て、リリアナは王国から聖女として認められることになるのですが、そもそも聖樹教会は聖女の存在自体を否定していますわ。


 聖女はこのカール王国の危機にあって現れる救国の乙女と言われていますの。王国の歴史上、神より強大な力を授かった乙女の登場によって、大災厄を乗り越えたことがこれまで二度ありましたわ。


 王国からすれば、聖女は王国を守るために聖樹が遣わした乙女であり、その尊さは教会の権威を上回るものと信じられていますの。逆に教会にとっては、たとえそのような乙女が実在していたとしても、数多いる聖人の一人でしかありえません。


 王国と教会、


 リリアナとレイア、


 この相性の悪さにわたくしは望みをかけましたの。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る