#.14 冒険の始まり

 派生魔術またの名を魔法。

 4大属性の枠を超え数多の魔術師が開発に望み挫折してきた。数多の魔術師の負の感情、妬みや情景を背負った魔術師を人は魔法使いと呼ぶ。

 最近その領域に足を踏み入れた少女がいた。


 最後にシエラが放った一撃は炎と風を複合した派生魔術、その属性を《太陽》と命名。


 晴れてシエラは魔法使いとしての道を歩き出した。


「【太陽の風よ全てを燃やせサンライズフレア】が使えなくなった!?」

「……はい」


 ……歩き出したりしなかったりしていた。


「魔法陣で使った訳でもなく、感覚で使ったから体の感覚が元に戻ったらズレてただの炎の魔術になる、と?」

「どうしたらまた使えるようになりますか?」

「うーん」


 僕は魔法陣に記録しているから1度使えるようになったら使えるようになったんだけど、その感覚を他人に教えたところで同じ魔法が使えるようになったりはしなかった。


「ドラゴンは何故火を吐けるのか」

「アル師匠急になにを言ってるんですか」

「シエラが言ってるのはそういうことなんだよ」


 他の人に教えてもらったとしても同じだろう。

 短絡展開で魔法が使える存在といえばラシェルが思い当たるけど、あれは例外中の例外。

 そもそも魔法使いとは魔法を使えるものというのがこちらの一般常識である。


「力使いながらでも駄目だったの?」

「いえ、あの力は……使ったら魔法の確認どころじゃなくなりますから」


 取り敢えず僕が安全を確保しつつやってみたけど、結果は変わらず駄目だった。付け加えると、言われた通り魔法を使う所の話じゃない。

 暴走している時は慣れた魔術しか使わないし、魔術を使おうとするより殴ろうとしてくるからどうしようもない。


「どうしようか」


 ラシェルに聞いても4大属性を扱えるようになる前から既に魔法が使えてたから聞いても分からないだろう。

 元より使い方を習っただけで魔法が使えるようになるなら魔法使いなど世に溢れている。


「兎に角っ私は魔法を使えるようにならないと」

「そう焦るな」

「でもっ! あと2ヶ月しかないんです」


 競技祭までの時間は少しずつ迫ってきていた。魔法を使ってコドルにようやく勝てるレベルに落ち着くからこそ、使えない状況に焦りが見えるのはそれだけ競技祭に対して真剣だからか。


「僕がなんとかするからシエラはいつも通り朝練やること」

「わかりました……」


 その日の朝練は気が散っているのか妙に集中できていない様子だった。そうして、早いとこやらないと効率が落ちるだけだと思い僕が魔法を使えるようになる練習法を考えるようになる。





「――という訳なんですよ」

「なるほどそれで私のところへ」

「はい、マクレーン先生何かいい案はないでしょうか」


 他人に物を教えるということについて僕はこの人以上の人を知らない。

 もしかしたら、この人であれば僕が考えられない以上のことを教えてくれるかもしれないと期待しての事だった。


「正直に申し上げると魔法の使い方を教えるというのは私にも思いつきません」

「……ですよね」

「ですが、1度魔法が使えたのなら使えなくなった理由がある筈ですし、魔法については一旦置いておいて基本に立ち直ることが逆に近道に繋がったりするものですよ」


 そういう結論に至るのも仕方ないというよりも実際僕もそう思ったのだが、それには重大な穴がある。

 寧ろ今から聞くこれが本題と言っても過言ではない。


「うちの生徒は特殊でして、僕の方でも即興詩コーダーとしての指導の方にも行き詰まっていまして」

即興詩コーダーですか?」

「あぁ、わからないですよね。即興詩コーダーっていうのは短絡展開コーディングをメインに扱う魔術師のことでして……アドルフ=クロフトって詩人はご存知ですか?」

「えぇ、王都でも話題の吟遊詩人ですもの」

「彼が使う魔術様式を彼は即興詩コーダーと呼んでいましてそれに習ってって感じですね」


「ようするには短絡展開コーディングの詳しい練習法について知りたいということでよろしいのかしら?」

「はいその通りです」


 そうすると暫く考え始めた後再びマクレーン先生はこう言った。


短絡展開コーディングの練習法は回数を重ねること、展開出来る魔術の早さを高めて兎に角出せる魔術の数を増やすこと、展開できる場所を増やすことかしら」

「やっぱりそうなってしまいますか」


 本当に基礎的な部分だ、今もやっていることであり日々魔術のイメージが深まることで相対的に実力が上がっていく。

 だけど、殻を破るには応用の部分が欲しい。

 僕が普段から短絡展開コーディングを使っているならまだしも。

 使っていないから理屈を知りもしない状況では何も教えられない。


「それ以上のことが聞きたいのなら……そうね本人に聞きましょう」

「しかしそれは」

「確か最近王都近くの町で詩を聞いたって話を」

「おばあちゃんただいま」


 そこまで言って玄関から聞き覚えのある誰かの声が聞こえてくる。バタバタとこちらに向かってくる足音が聞こえ部屋の扉が開く音がする。


「おかえりなさいケビンちゃん」

「ただいまおばあちゃん――何で先生がここにいる?」

「お邪魔してるよ少年元気?」


 そこに居たのは教科書マニュアル少年くんであった。ケビンという名前から僕はそこでようやく少年の名簿の名前と顔が一致する。

 ケビン=クラウザーが彼の名前か。


「ボクは部屋に戻るから」

「ケビンちゃん?」

「ケビンって先生のお孫さんだったんですね」

「えぇ、今は学院に通うのに家から近いからうちに住むことになって。元々この家は私が1人で住んでましたから部屋は随分余っていてねぇ……」


 そう零す先生の目はどこか寂しそうに見えた。王都にあるような屋敷に1人というのは広すぎるのだろうというのは僕にとっては随分と耳が痛い話だ。


「あらやだ、ごめんなさいね愚痴みたいになっちゃって」

「いえ大丈夫ですよ」

「あの子には余り気負い過ぎないでいて欲しいのだけど……ばばあの通り越し苦労だといいのだけれど」

「何かあったんですか?」


 僕がそう先生に尋ねると先生はどこか深刻そうな顔をしてケビンの過ぎ去っていた方向を見る。


「私これでも名がある研究者だったものだからその孫であるケビンが随分とそれを意識しちゃってね」

「そうなんですね」

「私としては別に優秀な生徒であることが優秀な人材であるとは思わないのだけれど」

「それに固執してしまっている……と」


 だから、あれほど教科書に拘ったのか。教科書に沿うのが最も簡単にテストで高い成績を叩きだせるから。


「少し話をしに行ってもいいですか?」

「ええ是非お願いします。それとさっきの話の続きですが、詩人の彼は王都から南へ行ったユピルガという町にいたという話を聞きましたよ」

「すみません助かります」

「いえいえケビンのことお願いしますね?」

「はい」


 先生も優秀な先生出会ったとしても保護者として全て上手くいっているという訳ではない。

 僕の見ていた風景のなんと視野の狭かったことか。


 僕はケビンの部屋と書かれた可愛らしい板の飾られた部屋の前まで来ていた。ケビンの趣味とは思えないので、恐らくマクレーン先生が飾ったものだろう。


「おーいケビン?」

「先生、ボクになにか用ですか??」


 僕が軽く扉をノックするとドアの隙間からケビンが顔を出した。


「いや、特には?」


 バタンっと勢いよく扉が閉まる音がした。


「ごめん話がしたいんだよ、中に入れて欲しい」

「……ほら」

「お邪魔します」


 その部屋は幾つもの魔術に関する自由研究についての賞が飾られてあった。今年の夏も賞を取っているらしい額縁に入れて賞状が飾られてあった。


「すごいな賞状がこんなに」

「別に……ここにあるのはおばあちゃんに送った賞とボクがここに来てからのものしかないし、実家に戻ればもっと沢山ある」


 そういうケビンは僕の方を向かずにただ黙々と机の上で何かをしていた。

 それは包帯だ。彼は自分の手を怪我しているよく見ていれば服の隙間から覗く踝などにも擦り傷が見える。


「その手、傷だらけじゃないか。机の上じゃそうはならないよね?」

「なんだよ急に」

「なにをしてたの?」

「転んだ」


 下手な冗談だ。雨も降っていない王都の何処かで転んだとして服がぬめりを持った液体が服に付着するものか。

 僕の目が確かならそれは紛れもなくスライムの粘液だ。


「実践は嫌いだったんじゃないの?」

「なんにもない、ボクが勝手に転んだだけだって言っただろ」


 このままやればこの子は勝手に外に出て冒険者の真似事をしてそのまま死ぬ。

 どうして冒険者という職業が成立するかと言えば、それは一重に危険が多いからだ。1回目は大丈夫だったかもしれない、だけど2回目も大丈夫と誰が保証出来る?


「勝手なことはさせられないな」

「おばあちゃんには言うなよ」

「言えないよ」


 僕の監督不届きという面もあるからそればっかりはなんとも言えない。この言葉をどう取るかは相手に委ねるが僕の答えに満足したのか、ケビンなにも言わなかった。


 にしても勝手に魔物と戦いに行くか、本来ならちゃんと監督した上でやってもらいたいけど、シエラのこともある丁度いい全部一気に片付けてしまおう。


「今度の三連休に僕は遠出する。その時には君も連れて行く」

「はぁ!? 勝手に決めるなよ!」

「これは決定事項だよ、キミをこのまま放っておけない」

「ボクは行かないからな!」

「引き摺ってでも連れていくよ、魔物と戦うのは危ないから僕が監督する」


 急にどうして危険なことをし始めたのかは知らないけれど、元冒険者の先達としても僕は本来なら言ってしまいたい。

 冒険を甘く見すぎている、と。


 そんなことを例え口で言っても伝わらないのがもどかしい。元冒険者として危険を知っているけれど、それは何も知らない状態でそこに放り出したくないという僕のワガママに違いない。

 生徒にとっては自分を縛り付ける鎖でしかないということは十分にわかっている。

 僕を睨みつけるケビンを見ながら僕はもどかしいという気持ちを押し殺して彼を見ていた。

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