#.11 交差

 シエラが気絶して保健室で眠っている間に僕は1人しなくてはいけないことを消化していた。


「色々と教えてくれてありがとね。1週間後、放課後に第2競技場で」

「ええ、ではまた」


 その1つがコドルに決まった日程を教えることだった。その途中幾つか話を聞かせてもらった。


『どうして君はシエラを敵視するんだ?』

『妹を殺した人間を敵視しない理由がありますか?』


 妹を殺した、そこには様々な解釈の余地があるとはいえ聞いた随分と根深い話だ。

 学院では人の生き死が起こっているという事実がしれたのは大きい。

 だけど、どこで何が行われているのかということは誰も口にしない以上僕には分からない。


 どうにかして誰かをこっち側に付けることで、話を聞かせてもらうしかないかな。でも、生徒から聞き出すのは危険がある筈だしそう簡単な話でもない。

 どうしようか。


 そんなことを考えながら僕が保健室に向かっていると、通り道にある職員室から丁度人が出てきた。白い髭を伸ばし眼鏡をかけた男性、1年の学年主任のヴィック=ルート先生が姿を見せた。


「お疲れ様です」

「ご苦労」


 適当に挨拶を済まし、そのまま通り過ぎようとした僕にルート先生は声をかけた。


「君の話は学院でもよく耳にするよ」

「お恥ずかしい限りで」


 噂になってるってことだろうか? 赴任してそうそう生徒と本気で戦うなんて悪評以外の何物でもない。

 その話を聞いて周りに話しかけづらくなったよ。


「いやいや、年頃の生徒なんてそんな物だ。時として力を見せねばならないこともある、君が気にする必要はない」

「そう言って頂けると助かります」


 割と一般的だったのだろうか、駄目だ分からない。

 どこかのタイミングで教師としての勉強をしないといけないな。


「ところで君がシエラくんに指導をしていると聞いた」

「はい、僕が教えさせて貰ってます」

「それについてだがな、あの子に指導するのはよしたまえ」


 僕に対する敵意など欠片も感じ取れないことから恐らく善意によってその言葉は告げられていた。


「認められません」

「君にはもっと他にすべきことがある筈だ」


 彼は学年主任であるのだから、条件のことは当然知っているのだろう。彼女は幾つも問題を抱えていることは1週間で薄々理解した。

 だけど、指導を放棄しろとはどういうことだ?


「僕が彼女を教えることがすべきことだと思っているのですが」

「違うな」


 ルート先生はそう断じた。


「そうは言っても納得はしないだろう。わかるよ、だから少し話をしよう。あの子は元々特待生という立場で入学してきた子だ」


 彼は何かを懐かしむようにして語る。

 生憎僕は見た事がないけれど、特待生にもなるということは彼女のその特異な素質というのは学院にとって余程価値のあるものだったのだろう。

 彼女の魔法陣が使えないというマイナスを打ち消して余るほどの。


「彼女の特異な素質を買われてこの学校で学ぶことを認められたが、あの子は捨てたんだ。そして、今特待生ではなくなったシエラくんは金の払えず学院を出ていくしかない」


 彼は僕に諭すようにして続けた。


「君までが泥船に乗る必要はない。あのクラスには他にも優秀な子は沢山いる、別にあの子ではなくても結果の1つや2つ出せる」

「もっともなお話ですね、貴重なお話ありがとうございます」


 何となく見えてきた。

 今まで僕が得た情報を纏めると、シエラは特異な素質によって学院に入学したが、そこで親友を殺した。

 素質を認められて恐らくこの学院で行われていた実験に協力していた彼女はそれを機に実験から逃れることで特待生としての立場を失った。

 そして、彼女は退学の危機にある訳だ。


 僕はルート先生の言うことも理解した。

 彼の言葉には全面的に正しい。彼女が学院からいなくなると言うのなら、僕が教えることはこの学院にとって何の価値もないのだろう。


「ですが、それにはお応え出来そうにないですね」

「何?」


 だけど、それならコドルの言っていたように既に学院を辞めるという選択肢があった筈だ。

 何よりこの状況下で僕に教えを乞うくらいには彼女の目はまだ死んでいなかった。


「因みにですが、シエラの両親から授業料が出して貰える可能性は?」

「難しいだろうな彼女は孤児だ」


 ならするべきことは1つしかない。


「――特待生って目に見える結果を残せば継続出来ましたよね?」

「何を馬鹿なことを」

「僕のやるべきことは変わりません。僕はあの子をシエラを学院最強にする」


 僕が彼女を学院最強にすればそれだけで全てが解決する。簡単な話じゃないか。


「後悔しても知らんぞ」

「かもしれないですね」


 生憎と泥船に乗るのは慣れている。

 ラシェルの時も、アゼルの時もずっとそうやって一緒に夢を見てきた。

 僕は他人の夢に夢を見て生きてる。


「僕は非常勤でも教師のつもりですよ」


 シエラの夢の先を見ることが今の僕の夢だ。







「起きてるね」

「先生……」


 保健室に入るとベットから体を起こして窓の外を眺めるシエラの姿が見えた。僕はそれを見て声をかける。


「全く気を付けなよ? 戦う時は戦いに集中すること」

「すみません」

「次からは気を付けようか」

「にしてもみんな強いな、僕の想定してたよりももっと」

「はい」

「コドルの試合見てきたよ。彼も相当な実力者だね」


 見れたのは少しだけど去年の競技祭の記録が残っていた。水の魔術の使い手でメイスを武器に持つ武装僧侶のような立ち回りをしていた。


 それも去年の話でしかない、今年はもっと強くなっていると考えるべきだろう。


「私はこの学院でも中の下くらいだと思います」

「それがわかってるなら大丈夫かな」


 シエラはそこまで強くないのはロディやスージーと戦っているのを見ればよく分かる。

 伸び代とも考えられるけどね。


「で、何に悩んでたの?」


 別に自分の弱さに悩んでいた訳でもないだろう、そんな分かりきったことで悩む状況はもう過ぎてる。

 シエラからの返答はない。ただ1人で黙り込んでいるだけだ。


「シエラ退学になりそうなんだってね」

「聞いたんですね」

「ルート先生から聞いたよ」

「……騙してごめんなさい」

「騙したって何のこと?」

「それは……居なくなるのに先生に教えてもらおうとしたことです」


 それは学校から居なくなるのは決定事項ということだろうか? もし、そうだとしても僕は認めない。

 僕に教えを乞うたのが君の運の尽きだ。


「だけど、まだ時間はあるだろ。学費が支払われなくなるのは来年からだ」

「その間にお金なんて集めれません」

「諦めないんじゃなかったのか?」

「努力で補えるなら頑張ります。けど、お金のことなんてどうしようもないじゃないですか……っ」


 そう言ってシエラは口を紡ごうとするが、止めようとして溜まっていたものが流れ出した。


「私は最初からロディみたいに明確な理由をもって実験に参加した訳でもない。ただ、学院に誘われて今まで以上の生活ができることを喜んで実験に参加してたのだって将来の為で」


 懺悔するようにシエラは言った。


「実験に参加するのだってお金の為で、そのせいで仲の良かった子が亡くなっちゃたから。せめてその子と一緒に望んでたことをやり切ろうと思って……だから、だから先生に魔術を教わろうと思った」

「それが僕に頼みに来た理由?」

「はい、夢も理想も全部あの子の借り物です」


 最強に憧れたことは魔術が好きだという思いは全てが借り物だからとそう言って項垂れた。

 だけど、僕は少なくとも僕は彼女の瞳に光を見た。僕の見間違いだったというのなら僕の目が悪かった。


「僕にお願いしに来た君からは少なくとも教わりたいって熱を感じたよ、ならあれはなんだったの?」


 しかし、そうじゃないと言うなら君は何を思って僕のところに来たのか。


「言ってくれないとじゃないとわからないんだよ」


 1番身近な人の心の内だって僕は読み取れないのだから。

 口を詰まらせて吐き出そうとした言葉を飲み込もうとするシエラを僕は静かに見ていた。

 暫くして、シエラは口を1度閉じると詰まる言葉を吐き出した。


「憧れました、カッコイイと思いました。誰もが無理だと思っていたロディを助けた師匠を見た時私には師匠が勇者みたいだって思ったんです」


 シエラから出てくる言葉を僕は黙って聞いていた。


「物語とかそういうものが好きなんです、そうやって重ねて憧れて。孤児院にいる時もそれくらいしかすることがなかったから」

「そっか、お金がないなら出来ることをやるしかない僕から言えるのは1つだけだ」


 僕はシエラを見て言った。


「勝て、勝って学院最強になるんだ」

「私は弱いですよ」

「君は諦めるのは止めたんだろ?」


 初めに競技祭に出るように言った時、彼女が言った言葉だ。彼女はラシェルと似ていたと思った、ふとあの時僕が感じた目はそれだった。

 だけど、今彼女は僕にも似ていたんだと感じた。

 あの家で1人腐っていた僕に。


「はい」

「そこでその足掛かりとしてコドルと戦う時に1つ対策がある」






「アル師匠今日は遅かったですね」


 朝練をしに僕がいつも通りに学校の屋上に行くと、そこには僕よりも早くに屋上に来て待っているシエラの姿があった。


「シエラが早いんだよ」

「そうですか?」

「始めようか」

「お願いします!」




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