#.3 内定ブルーの波が来る

 面接、選考を終えて晴れて非常勤講師の立場を手に入れた……となったのはいいものの、これからどうしようか。

 ラシェルから部屋を借りるって言ったって限度がある。それに男女が長い間同じ家にいるものでも無い。

 そういうのは良くない、僕知っている。

 刺された師匠の悲惨さが物語っていた。


「さて、住まい探し始めますか」


 どういった場所がいいのかよく分からないが、契約した給料がそこまで高くないってことは高い家賃の場所に住んだら破綻して終わる。

 流石に冒険者自体財産切り崩しは最後の手段にしておきたい。

 そこから、予定の給与額を自分の希望の金額かそれを超えるくらいの家賃の物件を探してみたが……どこにもない。


「どうしよう、どこもかしこも高いな」


 喫茶店と呼ばれる場所で紅茶でも飲みながら寛いでいる。昼間から紅茶を飲むのなんて貴族の嗜みだったから、憧れていたけど案外悪くない。


 というか、物件一覧みたいな冊子を見ながら考える。ぶっちゃけると、王都地価高すぎる。

 宿屋は整備されているから、数がある分泊まるだけならそっちの方が高いくらいだ。

 土地買うことや、物件借りようとすると高い。


 土地買収の阻止とか、色々あるんだろうけどキツイな。遠方から通えって言うのか……確かにそのままラシェルの家に居候しといた方が効率的ではある。

 僕は自分のコネは使った方が良いみたいなこと言ったけどさ。自分が育てた子に依存するって精神的にキツいよ、マジで。

 それが当たり前の権利だって主張出来る立場ならまだしも。


「ただ、今は魔術のことを考えた方がいいか」


 そうして、僕は鞄の中から非常勤講師の内定を受け取った時に一緒に受け取った本を開く。

 他人に教えるには自分が知っとかないともし理屈が変わっていたりしたら大変だ。

 魔術というのは日進月歩、僕は実践を教えれてもこっちの方は進歩し過ぎて教えられないかもしれない。

 のこともあるし、教える予定の教科書でも確認しておくか。

 魔法陣の在り方、存在意義と目次に一通り目を通して教科書を捲っていく。

 なるほどね。

 で、肝心の書き取りはっと、次はこの例題の魔法陣かな。

 絵が載ってあるこれを書かせるのかな。


 あれ? 理論ロジックが載っていない。

 ペラペラと教科書を捲るがそこに載っているのは歴史、効果や応用――そこに魔法陣がどういう構成でどのような工程を踏んでいるのかが書かれていない。魔術師の定義とは魔法陣を扱える存在のことだった……?

 魔術師の定義が壊れる。魔術師は魔力を持った一般人じゃないからな作る側にも回れよ。

 もう魔術師じゃなくて魔術使いって言った方が適切になるり

 魔法陣の理論はどこ……? 僕が教える内容って本当にこれだけ?

 実はそいつら理論完璧だから基本的に君が教えるようなことないよって、そういうことかもしれない。

 僕は試されている?

 或いは非常勤講師で理事長の七光りだと馬鹿にされているのか? 元Sランクパーティーってそれなりの実績だけど業界違うから評価されませんってか?

 それとも追放歴ありっていう悪目立ちする経歴があったからか。その影響で性格に難アリそうで嫌ったのか? ……履歴書映えしなさそうだしその可能性あるなぁ。


「それでもこれは抗議するだろ一体この教科書は誰が作ったんだよ!」


 僕が通っていた頃の教科書はまだマシだったと思うけどな。先生になる道を選んだことを早くも後悔してきた……いや、どちらにしろ変わらなかったか。ラシェルもって言ってたし。

 教科書に至っては買ったこともないし学校に通った事実もないけど。


「あら魔術教本じゃない懐かしいわね、あなた学生さん?」


 優しい声色だった。ふと、そちらに顔を向けると翠色の瞳と目が合った。

 ラシェルとは違って色の抜けた白髪が逆にいい歳の取り方をしたなと感じるような、そんなご年配の方が俺に声をかけてきた。


「僕は生徒じゃなくて先生の方ですね」

「あらそうなの? ごめんなさいね、私も昔は教師をやっていたのよ」

「なるほどそうだったんですね」

「もう歳だったから辞めちゃったのよね」


 そこまで凄いことやってなかったって、謙遜だろな、近付いてわかったけどこの人常にほんの少しだが魔力が動き続けている。

 これは待機魔力の残滓だ。

 歳で総量が落ちたのか、操作技術が衰えたかで漏れてきたのだろうけど――多分、この人まだまだかなりのやり手だぞ。


「講義って言葉を口にしてらしたから、力になれることがあるかと思って」

「多分、教える方じゃなくて抗う方ですね。申し訳ない」

「……どういうことかしら?」

「実はですね」


 そうして、先程思っていたことをペラペラと教科書について語り出した。


「これは、なるほど事情はよくわかりました」

「はぁ、僕が見ていた頃の教科書でもあればいいんですけどね」


 基本的に教科書を買わせるのはその授業を担当している教授だ。彼らは自身の書いた魔術指南書を買わせて、それを資料として魔術を教えている。

 そして、それが教師の仕事で手に入れられる給与に左右されない教授の貴重なボーナスになっている。


 だから、筆者を見ればこれを書いた教授の名前が直ぐにわかった――フレイザー = アンドルーズ。

 聞いたことの無い名前だ。


「いいわ、うちにある教科書持って行って頂戴。展開オープン【テレポーテーション】」


 そういうと、彼女は手を広げてそこに教科書らしき本を出現させる。

 ――【テレポーテーション】、これは空間系の初級魔法だ。予め魔法を仕掛けておいた置いた物体、その場に転送してくるというありがちな技ではあるがこんな教科書にまで転送魔法をかけているものか?


 もし仮に家の中全ての物にかけていた場合は確かに成り立つ。

 しかし、仮に――離れた場所から自分が望んだ場所に遠隔から魔法を描いて起動して、この場に【テレポーテーション】させていた場合はその技術は上級レベルじゃ収まらない。


「どうしたの? そんな顔して?」

「いえ、凄い技術ですね」

「あらやだ、もしかして勘違いしてない? 教師として働いていた時によく教科書忘れちゃったから魔法陣かけていただけよ」


 ……深読みだったらしい。まぁよく良く考えれば教科書持ってくる為だけにそんな高度な魔法使われても困る。


「でも、魔法陣が劣化してなくて良かったわ」

「……ん?」

「この転送魔法もかけたの10も前なんですもの、起動して安心しています」


 ……魔力というのは大気中に存在している魔力素子と名前は違うが性質は同じだ。

 そして刻んだ魔法陣というのは大気の素子に馴染んで混ざり、霧散し劣化する。

 10年正しく発動する魔法陣を書けるという事実は魔法陣を書いた魔術師の工夫と技能を保証すると言っていい。


 何者だよこのおばあさん。


「ほんと良かったわ。これで起動していなかったら本当に貴方の想像しているよう転送を行わないと行けなかったもの」

「そうですね」

「はい教科書」

「ありがとうございます」


 さて、そこまでの先生であるというのであれば一片の不安もある筈がない。頂いた教科書の中を拝見しようとページを捲り著者が目に入った時――ふと、捲る手が止まった。


 著者 ゼルダ・マクレーンその名前を見た時目の前にいる人を改めて見る。そこには僕の記憶にある姿の面影があった。


「あっ、貴方は」

「どうかしたかしら?」

「先生お久しぶりです!」


 この人は俺が魔法学院に忍び込んだ際に大変お世話になった当時の先生である。


「記憶力落ちたかしら、中々思い出せないのよね」

「申し訳ないですね僕も名前見るまで思い出せませんでした。まさか先生だったなんて 」

「ごめんなさいね、お名前伺っても?」

「遅れながら自己紹介させていただきます。僕の名前はアルフォンス=レッドグレイブです」

「レッドグレイブ、レッドグレイブ……あぁっ! あの腕白な坊やね」

「ははは、その節はどうも」


 僕は学園で隠れて魔術を学んだと言っていたが面白いことに、ちゃんと魔術を教えている教室程先生は生徒の顔を覚えている。


 適当な先生の適当な講義に業を煮やした俺がちゃんとした先生の下に学びに行き、そして部外者が侵入していると発覚するのは当然の流れと言っていい。


「まさか魔術を習いたくて紛れ込んでいた坊やが、今は先生だなんて歳も取るはずだわ」

「そんな先生もまだまだ現役じゃないですか」

「お上手ね」


 それから幾つかの魔法陣の話から魔術の話まで移ってわかったことは、この人がとんでもない研究者だってことだ。

 教えて貰っていた立場だったから分からなかったが、同じ目線に立てるようになるとその見識の深さが分かる。

 机に齧り付いてやるような理論派で実践派の僕とは口にする感覚にも齟齬はあるが、先生は同じ魔術師として尊敬に値する人なのは間違いない。


「では、ここら辺で失礼させていただきます」

「こちらこそ今日はありがとうございました!」

「いえいえ、また良ければ遊びに来てください。しがない婆さんの老後何ていつでも暇ですから」


 そう言って家の場所を書いた名刺まで貰った。

 また授業で悩むようなことがあれば聞きに行くことにしよう。

 そして同時にあの意味のわからない教科書を捨てることにした。


 いや、ほんとにあれだけは理解出来なかったわ。





 ――その夜。


「アルぅううう!」

「っと、どうしたラシェル」


 リビングにある部屋のドアを叩き割るか、というような勢いでラシェルが突入してきた。何事? というか、流石に入る時くらいはノックをして欲しかったな。


「ここを出ていくつもりなのだろ、そうだな!」

「はぁ!? 急にどうした」


 ラシェルには伝えてなかった筈だけど……。


「私の目は誤魔化されないぞ、アルの部屋でこんなものを見つけた」


 そうして突きつけられたのは物件一覧の冊子だった。……あっ、机の上に貰った教科書と一緒に置きっぱなしにしたままだったの忘れていた。


「なんで出ていくの!」

「いや、なんでって言われても……」


 駄目だよ、そういうの良くないよ。

 と言ったところで恐らく無意味だ。私が良いと言われたら負けこの屋敷の主はラシェルだ。

 つまりラシェルを納得させるほどの妥当な理由がなければ脱出は不可能なのであるり


「僕も魔術師だからさ、自分のアトリエが欲しくてね」


 ――これでどうだろうか?

 アトリエというものはセキュリティがしっかりしていないと駄目だ。自身の技術を大っぴらに見せることはしない魔術師の城と言っていい。


「なら私が用意する! 心配はしなくとも広い、硬くて近いは保証するよ!」

「えっ……」


 これなんか見覚えあるなと思ったら師匠じゃないか、女に貢がせている駄目男の構図は僕の脳裏に懐かしくも焼き付いている。

 あの男は駄目男製造機みたいな女たちにデロンデロンに甘やかされている。僕もそうなるのか? 駄目だこの場から早く脱出しなくては――師匠ッ!? 心の中の師匠が別にそれでも良くね? って、囁いていらっしゃる。

 流石は師匠だ……。


「はぁ……アトリエは自分で買うよ、流石に他人に用意させるようなことはしない。それに直ぐには出ていかないよ」

「ほんとか?」

「うん、王都の地価も高かったし直ぐには出ていけそうにないしここは学園も近いからね」

「ふふふ、そうだな!アルも出ていく理由がないんだ、好きなだけここにいればいい!」


 取り敢えずラシェルには早く兄離れをさせないといけないと僕はそう誓った。




 _____

 次話 明日18:40 投稿

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