第4話 エースパイロット 2

 そんなふうにアトキンズの話題で盛り上がっていると、滑走路の誘導灯に突然灯りが灯った。


「!」

「おっ?!」


「何だっ!?ケインズとオスニエルの機体はまだエンジンもかけてないのに…?ということは………」


 一斉に暗い空を見上げて耳を遠くへ向けてもアトキンズの影をまだ見つけることが出来ない。そして誰かが言った……


「おかしいな……もう高度を下げてるだろうしエンジン音が聞こえてもいい筈だがな?」


 その言葉にハタと気づいたローレルは遥か直上を見上げて眉を吊り上げた。


「もしかして…あんのヒトはもーーう……!」


「え?」

「おいっ、上うえっ!」


 遥か高空をポジションライトが通り過ぎていく、そして小さな上昇ループからのロール、機首を下に向けたままで急下降に入る……着陸の手順としては論外である。


 ※ループとはいわゆる宙返りである。そしてロールとは機体をひねって回転させる動作で、ループで逆さまになった際に上下を入れ替えるとき、または旋回で進行方向に背を向けるなど基本的な機動である。


「おいおいまさか…あのまま降りて来たら滑走路と殆ど角度がないぞ……」


「まあ……高度を落としてから水平飛行で旋回だろ?滑走路を上から確認したんじゃないか…?」


 小さなループから大きな背面ループ、すぐにロールで上下を直して水平飛行、そのまま遠ざかってから旋回して高度を下げるはず…とまあ、この時はまだ下で見守っていた者にも余裕があった。


 しかし飛行場からやや離れるように背中から落ちてくるアトキンズ機を眺めているとすぐにザワつき始める。


「何、だ?あの降下姿勢……背面ループのままじゃエンジンが……それに早くロールしないと失速するぞっ?まさか、あのまま機首を上げる気じゃないよな……っ?」


「まさか……ロールしてケツを向けてから旋回だろっ?」


 確かにこの時機上のアトキンズもそのつもりでいたのだが……ただちょっとだけ彼は面倒くさがりだった。口元を持ち上げると、右か左に傾けるべき操縦桿をおもむろに引き始める……


「あほかっ?舵を引きやがった?!」


「失速だっ!うおっ?強引に機体をひっくり返したっっ?」


「す、垂直自由落下コブラっ?!」


 ※『コブラ』とは進行方向に対して垂直近く立てた腹を空気にぶつけて、急減速する技である。翼面積の大きな当時の戦闘機では速度と角度を間違えるとポッキリと主翼が折れる……


 しかしポジションライトだけでアトキンズ機の動きを正確にうかがい、ハラハラと見ていたパイロット達と違い、彼らの実況を聞きながら想像していたローレルだけは眉をピクピクとひくつかせて降りてくる機体を睨んでいる。


「しょおーさーーーっ!」


 咎めるような視線を浴びながらアトキンズ機は強引な姿勢制御の後、最短で高度を下げ、空気のスロープに乗って何事も無く着輪を決めた。他のパイロットはもう拍手喝采である。


「今の…やる必要あったか?」


「無いな……遊びだとしても無いなっ、あんな高度で遊ばねえよ。あんなの怒られるだけだろう…ほらっ」


 そう言ってコールマン大尉が指差した先を全員が注目すると、


「うぬぬぬぬ……」


 ローレルがこんこんと湧き上がる怒りに耐えている。


「げ…っ、こりゃあ、怒った顔も可愛いけど、いやヤッパ怖い……」


「なるほどっ…少佐は悪ガキだっ、そんでローレルさんは母ちゃんってわけだ!」


 そして機が滑走路を滑って皆の前を通り過ぎる時、アトキンズもローレルの存在に気付いて目が合った。


「あはははは…っ!見たか、少佐の顔っ?スゲー慌ててたなっ?」


「ああっおもしろそうだ……」


 ローレルは止まるのも待てずにアトキンズを追いかけてカツカツと肩を怒らせて歩き始めた。


 機体は十分に減速すると空いている滑走路脇の芝生で停止した。操縦席のアトキンズからは真っ直ぐに向かって来るローレルの姿が見える、しかもやっぱり怒ってらっしゃる。


(まいったな…ローレルは明日じゃなかったのか?ていうかテスト機なんだからちょっとくらい手荒に扱ってもいいと思うんだが……それにぞろぞろと一体…何を引き連れてるんだ?)


 彼女は後ろに男共を従えてやって来る。それはさながら……


「何だ?ちょっと会わない間にいつの間に母鳥になったんだ?」


 キャノピーを開けて顔を出したアトキンズにそう言われてローレルが振り向くと、


「………?!」


 男達は驚いて足を止める。そして、しかし気まずそうにニヤニヤしている男達の顔を見てローレルの方こそ気まずそうに苦笑いをした。

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