20 「……屋敷に戻ったら話すよ。人に聞かれたくないんだ」

 キャッキャッとはしゃぐジェシカの声は、ウェズリーにも届いている事だろう。が、念の為人影の無い二階の廊下を見渡した後声を張る。


「ウェズリー様、ネックレスが無事に見つかりましたので呼びに参りましたっ! いらっしゃいますか?」


 ここまでしたら流石にウェズリーも屋根裏を荒らしていた体は取らないだろう。思った通り、少しすると「あー、うん、分かった分かった」とすぐに唸るような主人の声が聞こえてきた。少ししてデヴィッドの寝室の扉が開き、中から金髪の青年が姿を現す。礼節を弁えている紳士がするように胸元に己のシルクハットを当てていた。


「居るよ、見付かって良かったね。ジェシカもいきなり押し掛けてごめん。でもおかげで有意義な時間が過ごせたよ。……良い小説が書けそうだ」

「いえいえっ! お気になさらずに。今をときめく小説家のお役に立てたなら私も嬉しいです。おじいさまの気配、感じられたみたいで良かったですっ」


 大好きな顔、と言い切ったウェズリーを前に隣の女性は嬉しそうに頬を持ち上げ、ウェズリーの言葉を良い方向に受け止め返していた。


「あっ、そうだ! ウェズリーさん、実は私も来週の御作のゲネプロに招待されてましてね。また来週お会い致しましょうっ」


 自然と屋敷を後にする流れになったので、三人で玄関に足を進めているとジェシカがそう口にし、玄関の前で足を止める。外へ繋がる扉を開けると初秋のまだ蒸し暑い外気が屋敷の中に問答無用で入り込んできた。


「そうだね。……じゃ、また」

「失礼致しました。ジェシカ様、本当に有り難うございました」

「いえいえ、見付かって良かったわ! また女同士の話しましょ。ではでは〜」


 どこか嬉しそうにニタニタとジェシカが言ってくるので、内心少し慌てながら玄関の扉を閉める。扉が閉まった後、自分と主人の周囲を少しの沈黙が包んだ。体の向きを変えながらウェズリーが言って来た。


「二階にまで笑い声が聞こえて来たよ。女同士の話、そんなに盛り上がったの」

「そ、そんな事どうでも良いじゃないですかっ。それより、ウェズリー様! どうでしたか? 手応えがあったような物言いでしたが」


 女同士の話をこの人にあまり突っ込まれたくないのもあり、主人に今話して欲しい話題について尋ねた。


「……屋敷に戻ったら話すよ。人に聞かれたくないんだ」


 ぶっきらぼうに言い、主人は海岸通りに向かって歩いていく。デヴィッドと人に聞かれたくない事がいまいちピンと来なかったが、自分も足早に後を追った。この道を出た先にはいつか食事中に言っていたカッレの出版社がある。


「あ、これ……?」


 出版社の前を通る際、駐車場に停まっている黒塗りの馬車が目に入り、思わず声を上げる。これと同じ物を最近霊園で見た覚えがあった。


「ゲールの馬車だね」


 隣を歩いていた主人も馬車の持ち主に気付いたようだが、すぐにどうでも良さそうにぼやく。自分は主人とは違って、この建物の中にあの大分女性らしい男性が居るのかと思うと、少し不思議な気分だった。


「って、あら?」


 ウェズリーと共に出版社の前を通ると、駐車場に見覚えのある姿を見付け目を見張った。まだ明かりのついていないガス灯の下、一見性別が分からない赤毛の男性と、茶髪の人物とが何やら話していた。主人の歩みが遅くなったお陰で二人の顔が良く見えた。

 ゲールと、カッレだ。二人は少しして話し終わったらしい。カッレがゲールに挨拶を済ませこちらを向き――カッレの茶色の瞳が驚きに見開かれる。


「ウェズ!? に、リタちゃん!?」

「えっ、ウェズ? あらやだ会えて嬉しいわっ」


 カッレの驚きに満ちた声に、遠目からでも分かるくらい表情を明るくさせたゲールが反応するのが分かった。


「こんにちは、カッレ、ゲール。もしかして何かあった?」


 足の向きをくいっと変え駐車場に進んだ主人の背中を見て積極的だ、と思った。が、担当編集者と今度公演が行われる劇場の支配人が話しているのだ。誰だって変に思うかもしれない。後ろを着いていき、頭を下げる形で自分も二人に挨拶をする。


「ああ、お前の事じゃない。俺の個人的な用事がゲールさんにあったんだ。恥ずかしいから何かは聞いてくれるなよ?」


 そう言って苦笑いを浮かべるカッレにウェズリーはふぅん……と納得していなさそうに頷き、ロングヘアーが特徴的な男性の方に視線を向ける。


「ゲール、カッレと知り合いだったの? なんで?」


 青い瞳に見つめられ、ゲールが嬉しそうに頬を持ち上げる。思えばユントン霊園に連れて来ていた従僕も見目の良い少年だった。きっとウェズリーもゲールの好みなのだろう。


「小説の舞台化、ってのは多くてな。ゲールさんは挨拶や広告の為に出版社に良く来るんだよ。その関係で俺とも少しは知り合いってわけだ。……ところでウェズ、リタちゃんとどこに行ってたんだ? デートか?」

「デートじゃ無い、ちょっと散歩」

「あらそれでこんな偶然っ!? もうこれって運命じゃない!?」


 カッレが返事をする前に、ゲールが舞台を見終えた少女達のように感極まった声を上げた。ゲールの赤い髪の毛は今も綺麗に整えられていた。


「それに頷くとカッレとも運命になっちゃうから否定しておくよ。じゃあ僕はこれで」

「……んじゃゲールさん、俺も失礼しますよ。わざわざ有り難うございました」


 カッレは主人の横顔を物言いたげに見遣った後、己の顎髭を触りながらゲールに言う。良く見るとフロックコートの皺が一部不自然に伸びており、中に薄い鉄板のような物がしまわれている事が分かった。同僚かゲールに何か貰ったのだろうか。


「じゃあまたねえ! 今度こそ次はゲネプロかしらね、カッレも来るわよね、楽しみにして――」

「ねえゲール」


 別れの挨拶を紡いでいた支配人の言葉を、午後の風に金髪をなびかせている青年が呼び止めた。ゲールは少し意外そうに口を閉ざした後、気に障った素振りも見せず、ん? と瞬きをする。

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