17 「君は不思議に思わなかった?」


『ウェズへ。墓に来てくれて有り難う。お前の小説にあるように儂はお前の顔を墓越しに見て、死んだ事を嘆きつつも喜んでいる事だろう。ああそうだ、今隣にリタも居ろう? 頭の良い子だよ、きっとお前の力になってくれるだろう。リタも驚かせてしまったな、悪い。……話は変わるが、儂はウェズの小説では一番【屋根裏の住人】が好きだ。お前は良い小説を書くよ……墓に来てくれて本当に有り難う、後は頼んだよ。ウェズ、あの時は酷い事を言って悪かった。お前は嫌かもしれないが、これだけは覚えてて欲しい。儂はお前を、ずっとずっと愛しているよ』


 真面目に書かれた手紙に、デヴィッドの温もりを感じた。鼻の頭がツンとするのが分かったが、隣に立つ孫は何を思ったのかふん、と鼻を鳴らしただけだった。ウェズリーの指がもう一枚手紙をめくり――ぴたりと動きを止めた。


「……絵?」


 ポツリと呟かれた通り、罫線しか描かれていない無地の便箋には絵が描かれていた。シンプルな寝室から覗く街並みが描かれているだけの絵だ。


「なに、爺さんは落書きでも僕に遺したかったの? こんな手順を踏ませてまで?」

「流石にそれは考えられませんよ。……それより、この手紙おかしいです」


 呆れ気味のウェズリーを嗜めつつ告げると、青年が不機嫌そうな表情のまま頷いた。


「ふん……前君が言ってたね。爺さんが僕の小説で好きなのは屋根裏の住人じゃなくて、貝で出来た靴だって。それ本当なの?」

「はい、良く言っていましたから間違いありません! メルヘンなところが好きだったそうですよ」

「……じゃあ何でわざわざ屋根裏の住人を挙げたのかな、あれは結構ホラーなんだけど」


 素っ気なく答えたウェズリーは以降ぶつぶつと呟いていた。自分はその呟きに答えられる自信が無く、視線を落書き呼ばわりされていた便箋に移した。

 大まかに色付きインクで着色されたそれは、風景画と呼ぶには描かれている空の比率が少なく、水差しや編み籠などの小物があちこちに置かれていた。


「あっ」


 ふと。描かれている水差しを見てある事を思い出してしまった。薔薇の細工が施された高級感ある水差しに、苦い思い出があり、思わず呟きが零れた。


「この部屋、デヴィッド様の寝室ではないでしょうか? 私デヴィッド様に雇われたばかりの頃、寝室に置かれているこの薔薇の水差しを割ってしまった思い出がありまして……」

「へえ?」


 含みありげに語尾を上げられ、リタはごほんと一度咳払いをし話を続けた。


「だから良く覚えております。それと、この窓から見える焼却炉。デヴィッド様の寝室からも見えておりました」

「ふうん……君がそう言うならそうなんだろうね。それにしても爺さん、なかなか面白いヒントをチョイスしたなあ」

「全くですよ!」


 ウェズリーはふむと改めて便箋に視線を向けた。


「ここが爺さんの寝室だとして。わざとらしい手紙が示す事は…………ここの寝室の屋根裏に誰か住んでる、ってところかな? 僕ならそういう展開にする。って言うかしたね」

「そんな非現実的な事言わないで下さい、恐ろしいので……。でも、寝室の屋根裏に何かある事は確実だと思いますよ」


 この前までその屋敷で屋根裏の事など気にも止めず過ごしていた自分にはゾッとする話だ。内心ビクつきながら言うと、ウェズリーが目を細め、手紙をポケットに入れ立ち上がる。


「じゃあ行こうか」


 当然のように言い居間を出ようと歩を進める主人の背中を見て、慌てて呼び止める。


「えっウェズリー様お待ち下さいっ! もしかしてデヴィッド様の屋敷に行くつもりですか!? あそこはジェシカ様の手に渡りました!」

「知ってるよ。けど、忘れ物を思い出した、って言って上がれるでしょ」


 振り返る事なく返す主人に近寄り、腕を掴んで引き留める。ここまでして初めて主人が振り返ってくれたので、ここぞとばかりに首を横に振った。


「そういう問題じゃありません! アポイントも無しに行くなんて――」

「爺さんの屋敷に何かあるなら、余計にさ」


 主人の非礼を咎めようとした矢先、静かながら芯の通った声が己の鼓膜に届いた。落ち着き払ったその声に顔を上げ、金髪の青年を見上げる。


「あの屋敷の売却の早さが際立つんだ。君は不思議に思わなかった? 屋敷を売るのが早すぎる、って。……こんな事なら嫌でももっと早く手紙を見ておけば良かったよ」


 ウェズリーはこちらを向く事なく歩きだし、腕を掴んでいた手を振り払って屋敷の外に向かいだす。


「それ……は……」


 主人の言葉の通りだ。確かにあの屋敷の不自然な売却スピードは自分も気になった。もしそれが屋敷に秘密があったからなら、ジェシカの目を盗んで調査を急いだ方が良いだろう。

 先日会った茶髪の女性は、掴みどころのない私立探偵だ。夢だったと言っていたが、ジェシカが本当は屋敷の秘密に気付いたデヴィッドの死に関わる存在である可能性も十分考えられる。


「ああああっもうっ、私には訳が分かりませんっ! 仕方がありません、ここはウェズリー様に従わせて頂きます。問題にならぬよう慎重に進めて下さいね!? 今はジェシカ様が住んでるんですからね!?」


 頭の中がこんがらがりそうなのと共犯者にでもなったかのような罪悪感に、ついつい声を大きくしながらウェズリーの後をついていく。


「はいはい」


 チラリとこちらを向いた主人は小さく笑った後、食卓を片付けて外へ出てジェシカの屋敷がある方角へと足を進めていく。

 こんな事になるならジェシカの電話番号を聞いておけば良かった。ハイディなら知っているだろうが、そんな手順を踏むくらいの時間も主人は待ってくれそうになかった。リタは心の中で何度もジェシカに謝った。




「……そう言えばウェズリー様は、デヴィッド様の屋敷に来た事はあるのですか?」

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