心だけなら誰でもヒーロー

 激震に大地が揺れた。

 安普請やすぶしんの部室が建屋ごと軋んで震える。

 すぐに狼流ロウルは、英雄号のボディから飛び降りる。まだかすかに揺れてて、床が波打つような感覚があった。

 それでも猛ダッシュで走り出す先へ、真横を疾風しっぷうが突き抜ける。

 ドアを蹴破けやぶるようにして、ドギャン! と真心が走り去っていった。

 相変わらず、並の人間とは思えぬ脚力だ。


真心マコロ、待てって! 一人で突っ走るなよ!」


 叫びつつちらりと振り返れば、アイネも蘭緋ランフェイも無事のようだ。たなから工具が落ちたりして、なかなかに大惨事だが怪我人はいない。

 それだけ確認して安心し、狼流も小さな体に鞭を入れる。

 逸る気持ちに任せて加速すれば、二度目の揺れが地鳴りを響かせた。

 妙に震源地が近いような、直接的な縦揺れだ。


「くっ、校舎が……地震? にしては、おかしな揺れだったけど」


 学園の様子が一変していた。

 街を丸ごと抱えるガブリエル&チャーチル記念学園は、見渡す限りに酷い惨状を広げている。学び舎は崩れかけてひび割れ、傾いていた。その向こうでは、中心市街地の方から煙が上がっている。

 この時、狼流は天変地異のたぐいだと思った。

 大災害には違いないが、地球という惑星が起こしたものだと考えたのだ。


「あっ、真心! お前……ちょっと待て、手伝う!」


 真心はすでに、生身のままで救助活動を始めていた。

 瓦礫がれきの下敷きになった下級生へと駆け寄り、細腕でコンクリートの固まりに手をかける。女の子が一人で力んでも持ち上がる大きさではなかったが、真心ならやり遂げてしまいそうな気迫が漲っていた。

 咄嗟とっさに狼流は周囲を見渡し、知恵を働かせる。

 いつもの無表情を凍らせる真心より、彼はまだ冷静でいられた。


「真心、ちょっとどけ! テコの原理だ!」


 隆起した地面から抜けてしまった、校内標識のポールを手に取る。それを引きずるようにして走り、僅かな隙間へと突き刺した。

 下敷きになっている少女は、まだ息があるが苦しげにうめく。


「す、すみません……突然、地震で」

「喋らなくていい! よし、真心! 体重をかけて持ち上げるぞ」

「は、はいっ!」


 やや小さめの瓦礫を支点にして、真心と二人で力を込める。

 ギギギと金属のポールは悲鳴をあげたが、折れたり曲がったりせずに傾いてくれた。

 隙間が僅かに広がると、どうにか女性とは自力で這い出てくる。

 だが彼女に手を差し伸べて立たせた時にはもう、真心は再び走り出していた。


「大丈夫? だよな? それより真心! 落ち着けって!」

要救助者ようきゅうじょしゃ、多数です! 狼流君、こんな……こんなことが」

「お前が落ち着かなきゃ、助けられる命も助からないぞ! 思い出せ、お前は……」


 ――お前は、俺がしてるイチオシヒーロー、メイデンハートじゃないか!

 なんて、言えなかった。

 周囲には大勢の生徒たちがいたし、皆が動揺と混乱の中で必死だ。

 そんな彼らを助けられるのは、ヒーローしかいない。

 そして真心には、父親よりもたらされたその力がある。

 その真心だが、はたと停止してしまった。急にオロオロと視線を撒き散らして、躊躇するように立ち尽くしてしまった。

 すぐに狼流にはわかった。

 ここには、救うべき命が多過ぎる……助けを求める声が充満していた。


「真心、落ち着け! 深呼吸! ほら!」


 抱きつくように肩を抱いて、自然と背伸びする格好になる狼流。そのままひたいを寄せ合うようにして、小さく、しかし強く囁いてやる。

 真心は胸に手を当て息を吸って、そしてゆっくり吐くとようやく気を静めた。


「よし、真心。お前、ちょっと誰もいないところでメイデンハートになってこい」

「は、はい。でも」

「急がば回れだ。この場は俺に任せろ。お前は、メイデンハートは結果的にもっと沢山の人たちを助けられるんだ。わかるよな?」

「……はい」


 真剣な表情で真心が神妙に頷く。

 その背をポンと軽く叩いて、狼流は慌てて離れた。

 突然のこととはいえ、密着が過ぎた。

 真心も珍しく頬を赤らめ、咳払せきばらいを一つ。

 だが、ようやくいつもの玲瓏れいろうなる無表情が戻ってくる。


「では、狼流君。すぐ戻りますので」

「ああ! この場は任せろ!」


 それに、狼流は一人じゃない。

 この状況で動き出したのは、狼流と真心だけではなかったのだ。

 周囲では徐々に、動ける者から最善を尽くす行動が広がっていた。運動部の男子たちを中心に、地獄絵図と化してしまった放課後に協力の輪が広がりつつある。

 ガブリエル&チャーチル記念学園、通称ガチ校……自由な気風で放任主義が有名だが、生徒たちには自主独立と助け合いの精神がちゃんと息衝いていた。

 その様子をぐるりと見渡し、真心は狼流に大きく頷く。

 そして、真心は踵を返すと一目散に走っていった。

 揺れる黒髪を見送り、狼流も再び救助活動を再開させる。


「よしっ、やるぞ! 飛鳥狼流アスカロウルは男の子! 男を見せるぜっ!」


 そこかしこで、救いの手を求める声が連鎖していた。

 とにかく、できることを探してなんでもやるつもりで走り出す。狼流は自然と、同じ気持ちで動く生徒たちの中へ混じって身体を動かした。

 そして、徐々に被害の全貌が見え始めてくる。

 最先端の科学力で築かれた学園は、ズタズタになっていた。

 たかが地球の身震い一つで、文明社会が致命的に破壊されてしまったのだ。

 だが、今は考えるより行動だと狼流は理解していた。


「おいっ! こっちだ、この下から声がする! 五、六人来てくれ!」

「クソッ、重機があったほうがいいか? 誰か、自動車部かロボット部を呼んでこい!」

「」


 背の高い先輩の男子が叫ぶ。

 すぐに狼流も駆け寄った。

 そこには、崩れてペシャンコになった倉庫があった。運動部が備品の補完に使っている、小さな小屋である。それ自体が、建築学科の授業で作られた作品だったのだが……今は無残な姿を晒していた。

 どうも、人力ではどうにもならない雰囲気が重く広がってゆく。

 だが、問題はすぐに解決されようとしていた。


『先輩っ、邪魔ッス! ととと、足元危ないスよお! ちょーっとローダー、通りまーす!』


 不意に、スピーカーを通した少女の声が響き渡る。

 振り向けば、なんだかおぼつかない足取りでローダボットが近付いてくる。それは、我らがローダボット研究同好会の英雄号だった。

 どうやら、蘭緋が操縦してるらしい。

 その背後には、拡声器を持ったアイネの姿も見える。


『ローダーで瓦礫を撤去するッス。先輩、周囲の人をどかしてくださいっ』

「おうっ! でもお前、やれんのかよ!」

『もち!やれるかやれないかじゃないんスよ……やるんス!』


 意外に熱い蘭緋の、その熱量が自然と狼流を突き動かした。

 作業の邪魔にならないよう、急いで狼流は周囲の生徒たちを一定距離まで下がらせた。アイネも、これからローダーで作業をする旨を大勢へと周知させてゆく。

 やや不安があるが、見上げる英雄号の挙動はそこまで不安定ではない。

 蘭緋だって操縦は知ってる筈だし、学園の敷地内なら無免許でも問題ない。

 なにより非常時だからか、逆に頼もしく見えるくらいだ。


『うし、ちゃんと動いてみせるスよ……自分、マニュピレーターの作成と調整には自信あるッスからねえ』


 屈む英雄号は中腰で不格好だが、差し出された大きな手は安定している。

 そっと屋根のひさしを掴んで、蘭緋は慎重にゆっくりと持ち上げ始めた。人間と同じ五本指の両手が、徐々に瓦礫の山に光を当てていった。

 午後の弱々しい日差しが、その奥からくぐもる人の声を引っ張り出す。


「た、助かった……おい、出られるぞ! しっかりつかまれ!」

「あ、足が、ちょっと、動かない。肩を貸してくれ」

「おーい、他に埋まってる奴はいないか!」


 手に負えぬほど大きな瓦礫だけを、まずは蘭緋が慎重に撤去した。それでようやく、助けを呼ぶ声だけだった怪我人たちが這い出てくる。すぐに周囲の生徒たちが手を貸し、救助は順調に進んだ。

 その頃にはもう、教員たちも駆け付け作業は組織だった統制を得てゆく。

 大人がいるだけで、その声が響くだけで、不思議と狼流は安心するのだった。

 立ち上がって停止する英雄号からも、ホッと一息つく蘭緋の気配が感じられた。


「ふむ、上出来だね。どうだい、少年。蘭緋もやる時はやるだろう?」


 気付けば、隣に得意げな顔のアイネが立っていた。フフンと鼻を鳴らし、腕組みドヤ顔である。どうやら彼女が、蘭緋に英雄号へ乗るよう勧めたのだろう。

 そしてそれは今、英断だったと思えた。


「いやあ、助かりましたよ会長。ああいうローダーでの手作業、俺より上手いじゃないですか、蘭緋は」

もちは餅屋、手作業は手フェチだよ。……とと、まだ余震がくるね」


 ぐらりとまた、地面が揺れた。

 だが、やはり妙だ。

 この時、先程からの違和感をはっきりと狼流は察知した。

 その理由は今、確かにはっきりと近付いてきている。

 そう、震源地が動いている、接近しているのだ。

 そして、背後で地割れの轟音と共に咆哮ほうこうがこだまするのだった。

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