心だけなら誰でもヒーロー
激震に大地が揺れた。
すぐに
それでも猛ダッシュで走り出す先へ、真横を
ドアを
相変わらず、並の人間とは思えぬ脚力だ。
「
叫びつつちらりと振り返れば、アイネも
それだけ確認して安心し、狼流も小さな体に鞭を入れる。
逸る気持ちに任せて加速すれば、二度目の揺れが地鳴りを響かせた。
妙に震源地が近いような、直接的な縦揺れだ。
「くっ、校舎が……地震? にしては、おかしな揺れだったけど」
学園の様子が一変していた。
街を丸ごと抱えるガブリエル&チャーチル記念学園は、見渡す限りに酷い惨状を広げている。学び舎は崩れかけてひび割れ、傾いていた。その向こうでは、中心市街地の方から煙が上がっている。
この時、狼流は天変地異の
大災害には違いないが、地球という惑星が起こしたものだと考えたのだ。
「あっ、真心! お前……ちょっと待て、手伝う!」
真心は
いつもの無表情を凍らせる真心より、彼はまだ冷静でいられた。
「真心、ちょっとどけ! テコの原理だ!」
隆起した地面から抜けてしまった、校内標識のポールを手に取る。それを引きずるようにして走り、僅かな隙間へと突き刺した。
下敷きになっている少女は、まだ息があるが苦しげに
「す、すみません……突然、地震で」
「喋らなくていい! よし、真心! 体重をかけて持ち上げるぞ」
「は、はいっ!」
やや小さめの瓦礫を支点にして、真心と二人で力を込める。
ギギギと金属のポールは悲鳴をあげたが、折れたり曲がったりせずに傾いてくれた。
隙間が僅かに広がると、どうにか女性とは自力で這い出てくる。
だが彼女に手を差し伸べて立たせた時にはもう、真心は再び走り出していた。
「大丈夫? だよな? それより真心! 落ち着けって!」
「
「お前が落ち着かなきゃ、助けられる命も助からないぞ! 思い出せ、お前は……」
――お前は、俺が
なんて、言えなかった。
周囲には大勢の生徒たちがいたし、皆が動揺と混乱の中で必死だ。
そんな彼らを助けられるのは、ヒーローしかいない。
そして真心には、父親よりもたらされたその力がある。
その真心だが、はたと停止してしまった。急にオロオロと視線を撒き散らして、躊躇するように立ち尽くしてしまった。
すぐに狼流にはわかった。
ここには、救うべき命が多過ぎる……助けを求める声が充満していた。
「真心、落ち着け! 深呼吸! ほら!」
抱きつくように肩を抱いて、自然と背伸びする格好になる狼流。そのまま
真心は胸に手を当て息を吸って、そしてゆっくり吐くとようやく気を静めた。
「よし、真心。お前、ちょっと誰もいないところでメイデンハートになってこい」
「は、はい。でも」
「急がば回れだ。この場は俺に任せろ。お前は、メイデンハートは結果的にもっと沢山の人たちを助けられるんだ。わかるよな?」
「……はい」
真剣な表情で真心が神妙に頷く。
その背をポンと軽く叩いて、狼流は慌てて離れた。
突然のこととはいえ、密着が過ぎた。
真心も珍しく頬を赤らめ、
だが、ようやくいつもの
「では、狼流君。すぐ戻りますので」
「ああ! この場は任せろ!」
それに、狼流は一人じゃない。
この状況で動き出したのは、狼流と真心だけではなかったのだ。
周囲では徐々に、動ける者から最善を尽くす行動が広がっていた。運動部の男子たちを中心に、地獄絵図と化してしまった放課後に協力の輪が広がりつつある。
ガブリエル&チャーチル記念学園、通称ガチ校……自由な気風で放任主義が有名だが、生徒たちには自主独立と助け合いの精神がちゃんと息衝いていた。
その様子をぐるりと見渡し、真心は狼流に大きく頷く。
そして、真心は踵を返すと一目散に走っていった。
揺れる黒髪を見送り、狼流も再び救助活動を再開させる。
「よしっ、やるぞ!
そこかしこで、救いの手を求める声が連鎖していた。
とにかく、できることを探してなんでもやるつもりで走り出す。狼流は自然と、同じ気持ちで動く生徒たちの中へ混じって身体を動かした。
そして、徐々に被害の全貌が見え始めてくる。
最先端の科学力で築かれた学園は、ズタズタになっていた。
たかが地球の身震い一つで、文明社会が致命的に破壊されてしまったのだ。
だが、今は考えるより行動だと狼流は理解していた。
「おいっ! こっちだ、この下から声がする! 五、六人来てくれ!」
「クソッ、重機があったほうがいいか? 誰か、自動車部かロボット部を呼んでこい!」
「」
背の高い先輩の男子が叫ぶ。
すぐに狼流も駆け寄った。
そこには、崩れてペシャンコになった倉庫があった。運動部が備品の補完に使っている、小さな小屋である。それ自体が、建築学科の授業で作られた作品だったのだが……今は無残な姿を晒していた。
どうも、人力ではどうにもならない雰囲気が重く広がってゆく。
だが、問題はすぐに解決されようとしていた。
『先輩っ、邪魔ッス! ととと、足元危ないスよお! ちょーっとローダー、通りまーす!』
不意に、スピーカーを通した少女の声が響き渡る。
振り向けば、なんだかおぼつかない足取りでローダボットが近付いてくる。それは、我らがローダボット研究同好会の英雄号だった。
どうやら、蘭緋が操縦してるらしい。
その背後には、拡声器を持ったアイネの姿も見える。
『ローダーで瓦礫を撤去するッス。先輩、周囲の人をどかしてくださいっ』
「おうっ! でもお前、やれんのかよ!」
『もち!やれるかやれないかじゃないんスよ……やるんス!』
意外に熱い蘭緋の、その熱量が自然と狼流を突き動かした。
作業の邪魔にならないよう、急いで狼流は周囲の生徒たちを一定距離まで下がらせた。アイネも、これからローダーで作業をする旨を大勢へと周知させてゆく。
やや不安があるが、見上げる英雄号の挙動はそこまで不安定ではない。
蘭緋だって操縦は知ってる筈だし、学園の敷地内なら無免許でも問題ない。
なにより非常時だからか、逆に頼もしく見えるくらいだ。
『うし、ちゃんと動いてみせるスよ……自分、マニュピレーターの作成と調整には自信あるッスからねえ』
屈む英雄号は中腰で不格好だが、差し出された大きな手は安定している。
そっと屋根のひさしを掴んで、蘭緋は慎重にゆっくりと持ち上げ始めた。人間と同じ五本指の両手が、徐々に瓦礫の山に光を当てていった。
午後の弱々しい日差しが、その奥からくぐもる人の声を引っ張り出す。
「た、助かった……おい、出られるぞ! しっかりつかまれ!」
「あ、足が、ちょっと、動かない。肩を貸してくれ」
「おーい、他に埋まってる奴はいないか!」
手に負えぬほど大きな瓦礫だけを、まずは蘭緋が慎重に撤去した。それでようやく、助けを呼ぶ声だけだった怪我人たちが這い出てくる。すぐに周囲の生徒たちが手を貸し、救助は順調に進んだ。
その頃にはもう、教員たちも駆け付け作業は組織だった統制を得てゆく。
大人がいるだけで、その声が響くだけで、不思議と狼流は安心するのだった。
立ち上がって停止する英雄号からも、ホッと一息つく蘭緋の気配が感じられた。
「ふむ、上出来だね。どうだい、少年。蘭緋もやる時はやるだろう?」
気付けば、隣に得意げな顔のアイネが立っていた。フフンと鼻を鳴らし、腕組みドヤ顔である。どうやら彼女が、蘭緋に英雄号へ乗るよう勧めたのだろう。
そしてそれは今、英断だったと思えた。
「いやあ、助かりましたよ会長。ああいうローダーでの手作業、俺より上手いじゃないですか、蘭緋は」
「
ぐらりとまた、地面が揺れた。
だが、やはり妙だ。
この時、先程からの違和感をはっきりと狼流は察知した。
その理由は今、確かにはっきりと近付いてきている。
そう、震源地が動いている、接近しているのだ。
そして、背後で地割れの轟音と共に
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