密室と眠り姫(3)
「血?」
半分パニックになりながら、彼女に駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
返事はない。落ち着いて、彼女の全身を改めて観察する。仰向けの彼女の胸元には小さな冊子があった。ページは開かれたままで、本を読む時のように両手で軽く握られている。まるで冊子を読みながら眠りに落ちたかのような様子だ。その冊子は、彼女の息遣いに合わせて小さく上下を繰り返していた。
息はある。外傷も見られない。では、足下の血溜まりのようのものはどのように説明すれば良いか?
ふと、視線をあげた。彼女の頭の先にあるのは、ちょうど僕の机だ。新聞部では二つの長テーブルを本立てで四等分に区切り、そのうちの一つを個人のスペースとしている。今その自席にはノートPCと、何やら大きめのペットボトルが置かれていた。PCは紛れもなく自分のものだが、ペットボトルのほうには見覚えがなかった。トートバッグを机に置き、ボトルを手に取る。軽い。中身は入っていないようだ。ラベルの文字を無意識に読み上げる。
「……トマトジュース」
とすると足元のこれは、なんだトマトジュースか。部室に入った時から感じていたにおいも、そういえばトマトのそれだ。体から力が抜ける。ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、今度は別の不安が頭をよぎった。
これ、ノートPCにかかってない?
「おいおい嘘だろ」
大慌てでトートバッグからハンカチを取り出してPCを拭く。キーボードの内側までびしょ濡れだ。ダメもとで起動ボタンを押すも、やはりモニターは真っ黒のまま。その後もPCを閉じたり、色々なコマンドを打ってみたりしたが、結局それが目を覚ますことはなかった。
「なんで、誰が、どうやって……?」
なんの前触れもなく襲いかかってきた理不尽と不気味さに頭がくらっとする。永眠したノートPCを視界から追いやり、長椅子の方へ目を向ける。再び謎の焦点が彼女に当てられる。彼女は一体、どうやってこの部室に入ってきたのだろう?
まずはどうしても彼女から話が聞きたい。「起きてください」と声をかけながら、思い切って彼女の肩を軽くゆする。それでもなお、謎に包まれた彼女は目を開けない。
何か彼女の正体に近づくためのヒントはないかと考えたところで、小冊子に目が行った。A五サイズくらいで、表紙にはタイトルらしきものが横書きで印字されている。しかしその文字列は、彼女の右手の四本の指が邪魔ではっきりと読み取れない。ちょっと迷ったが、僕はその小冊子を拝借することにした。
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