記事とメール(2)

 最初に目に飛び込んできたのは、『時の娘』という変わったタイトルだった。最初は今世間で話題の女性について、何か書かれているものかと想像したが、本文を読み進めるとそうではないことが次第にわかった。それは今からちょうど十五年前の二〇〇二年十月に起きた、ある交通事故についての記事であった。街中で暴走したトラックが、歩道を歩いていた子どもとその祖父母を轢いた事故だ。その事故によって乗っていたトラックの運転手と、四歳の子どもを庇ってトラックに轢かれた六十代の男女の三名が命を落とした。子どもを庇って死んだ祖父母は、世間の注目を大いに集めた。平成の美談としてテレビなどで盛んに報じられ、お茶の間に感動を与えた。しかし、この事故はそれでは終わらなかった。

事故が起きてから二年後、そんな事故があったことなどほとんど忘れてしまっていた市民は、ある一本の記事が新聞に載った事で再びその事故のことを思い出した。当初、事故原因はトラックの整備不良として片付けられていたこの一件が、トラックメーカー側の欠陥が事故原因だった発表されたのである。そのトラックを製造していた光岸みつぎし自動車は、自社の欠陥のせいで事故が起こってしまったことを組織的に認識しながらも、そのことを隠蔽し続けていたのだ。光岸自動車の余罪は徹底的に追求され、会社設立以来三十年以上に亘って同様の所業が繰り返されていたことが明らかになった。

その光岸自動車による一連の不祥事を最初に記事にした人物こそ、今回の週刊誌に記事を寄せた僕の憧れの記者・柿田かきたさんに他ならない。柿田さんの仕事で記者という職業を知った僕は、それからというもの真っ直ぐその道を目指してきたのだった。

 記事が終盤に差し掛かったところで、紺のコーデュロイパンツのポケットに入れていたスマートフォンが振動した。バイブレーションのパターンでそれがメールの通知だとわかる。僕は雑誌から一時手を離し、ポケットからスマートフォンを取り出した。

 メールを開いて文面を一読する。僕は即座に返信し、そしてそのまま席を立った。まだ肝心の『時の娘』という記事タイトルの意味が判然としないままだったがしょうがない。後ろ髪を引かれる思いで、週刊誌を元の場所に戻した。

 向かう先は新聞部部室だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る