第9話 そして一人になった


 翌朝。


 私が起きる頃には、ユリウスの姿はすでになかった。


 何となく体温が残る自分の左腕を見ると、青い石が連なったブレスレットが手首に付けられていて、でもそれが何を意味するのかは分からない。


 それをいつから用意してくれていたのかも、私には知る由がない。


 一言も口を利かないままどころか、顔を合わすこともなく、ユリウスはすました顔で出征して行ったし、馬上にいる彼はもちろん震えてもいなかった。


 私だけ見送りを禁止されていたので、離れた所からこっそり眺めていたら、一瞬だけユリウスがこっちを見た気がした(多分気のせい)。


 ユリウスがいなくなってすぐに、私は王城の敷地内に建つ、物置に使われている離れに移された。


 死ぬ可能性が極めて高い王子の妃だから、もうお金をかける事に意味はないと思われたんだろう。


 別にいいけどね。


 子爵家にいた頃よりも、天と地ほど違うと言っていいくらいにはマシな生活なんだ。


「いい気味。子爵家の私生児のくせに王宮住まいだなんて」


「ほんと。アンタにはここがお似合いだわ」


 城の使用人達も、私の世話をする価値がない事を分かっているのか、そんな事を隠しもせず目の前で話し、離れのここにはいよいよ人も寄り付かなくなっていた。


 ユリウス達からは、私は側妃の駒だと思われていたけど、実際に側妃と話したことなどない。


 利用するだけ利用して、その待遇は保証する気はないみたいだし、ベアトリーチェは私の顔など知らないのでは?


 自分の事は自分でできるからいいけど、


「話し相手がいないって、虚しい……」


 せめて、ルゥみたいな存在がいてくれたらなぁって、思っていた。


 ユリウスでも、話す機会があるだけいないよりはマシだったようだ。


 とりあえず、埃の中で寝るのは嫌なので部屋の掃除を終わらせて、これからの事を考える。


 側から見れば最低な環境かもしれないけど、でもこれは私にとってはチャンスだ!


 この機会に、私の脱出計画を練らなければ。


 部屋の隅に積まれてあった古びたメイド服に着替えて、少しのお金を持って、使用人のふりをして買い物に出かけた。


 城専用のメイド服を着ているせいなのか、門番も適当だ。


 有難いけど、仕事をしてほしい。


 歩きながら、溜め息が出る。


 お金がないなぁ。


 懐が寂しい。


 ユリウスが念の為にとお金を置いていってくれたけど、それに頼りきると、まず自立なんかできないし。


「………仕方がない。働くか」


 そうと決まれば、今度は平民の服に着替えて、夕方から夜中にかけて大衆向けの食堂兼酒場で働くことにした。


 夕食の時間が過ぎれば、私の所には絶対に人が来ないから、その時間から夜中まで働けばいい。


 帰りは魔法を使えば、門を通過できるし。


 これで、働いて貰えるお金は逃げ出す資金に回せる。


 時に体を触ってこようとする輩を華麗に躱しながら、忙しく働く。


 暇で死にそうな時間を過ごすよりかは、よっぽど充実した日々だったし、人と話す時間があれば寂しいと思う時間も少なかった。


 ユリウスがいないから寂しいと、それを意識するのは余り気分の良いものではなかったから。












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