第4話 別れの時は
あんなサイズの魔物が、あんな所にいるとは思わなかった。
そんな話も聞いたことがなかったから、俺達はあそこを拠点にしていたんだ。
人の背丈の何倍もある魔物に生きたまま身体を噛みちぎられて、瀕死の状態になった俺の目に映ったのは、自分よりもはるかにデカい魔物に噛みつく、ルゥの姿だった。
早く逃げればいいのに、俺を守ろうとして、無謀にもデカい魔物に飛びかかっていた。
こんなデカい魔物に本来なら俺のストップの魔法は効かない。
でも、ルゥを守る為に、命を上乗せした魔法は、ほんの少しの間、大型の魔物の動きを止めた。
ルゥを掴んで、血をボタボタと垂らしながらも、重い足を引きずってそこから離れていた。
「バカだな、ルゥは。あんな、デカい奴に、挑んだって、勝てるわけ、ないよ」
咳込むたびに、血が飛び散る。
腕の中では、不安そうに黒い瞳が俺を見上げていた。
「ごめんね。俺、もうダメ、なんだ。最後まで、面倒みて、やれそうに、ない。誰か、いい人、に、拾って、もらえ」
それを聞いて、嫌がるように、首を振っていた。
まるで人間みたいな仕草だ。
ルゥは賢いから、俺の言葉をいつもよく理解してくれていた。
だから、
ちゃんと、
ルゥとお別れしないと。
「ごめん。ごめんね、ルゥ。最後まで一緒にいてやれなくて。俺には、ルゥしか、家族はいないのに。ルゥにも、俺しかいないのに。ここで、お別れ、なんだ」
足が止まり、自分の血溜まりが広がる地面に倒れ込む。
うつ伏せで動かなくなった俺の頰を、ルゥがしきりに舐めてくれていた。
「早く、逃げて。また魔物に、襲われたら、もう、俺は、守って、あげられない」
でも、やっぱり、ルゥは俺のそばを離れない。
「お願い、だから、逃げて。生きて。ルゥ」
近くで、唸り声が聞こえてきていた。
魔物が血の匂いを辿って、追ってきたんだ。
「ルゥ。お願いだ。俺の目の前で、死なないで。1匹になったとしても、生きて。たくさん、生きて、俺の代わりに」
ルゥは、必死に俺の袖を引っ張っている。
立てと言うように。
ごめん、それはもう無理なんだ。
最後の力を振り絞って、お守りにしていたペンダントをルゥの首にかけてあげた。
「これを、どこかに、ルゥが、好きなところに、埋めて。そこが、俺のお墓だ」
きっと俺の体は、骨までここで食べ尽くされてしまうから、それは、ルゥに与えた、最後のお願いだった。
それでもまだ、ルゥは動こうとしない。
誰か。ルゥをここから引き離して欲しかった。
こんな所で、俺の道連れになって死ぬ必要はないのに。
誰か。
ルゥを、助けて。
その最期の言葉が届いたかのように、不意に小さな黒い影が視界の端をよぎった。
俺とルゥの間に飛び込んできたのは、灰色の猫だった。
黒い毛が、全身に模様を作っている。
その猫は、ルゥの首に噛み付いて、引っ張って行こうとしている。
抵抗していたルゥだったけど、1度俺の事を見たから、それが正しいんだと、安心させるように頷いてあげると、その猫に引き摺られるようにしてこの場から離れていってくれた。
安心した。
何を理解していたのかは分からないけど、あの灰猫にたくさんの感謝を伝えたかった。
あの猫のおかげだ。
もう、思い残すことはなかった。
ルゥが無事ならと、
唸り声を上げる魔物を前にしても、何も怖いことはなかった。
生きたままこの体が喰われていっても、絶望に打ちひしがれることはなかった。
俺を食べてくれている間に、ルゥは遠くに逃げられる。
ルゥが生きてくれる。
最後までそれが、俺の希望だった。
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