第35話 『主賓』、前哨戦


 『狂宴』が始まってから、どれだけの時間が経っただろうか。ふと空を見上げると、空の色はもうすでにその身をオレンジ色に変えつつある。うわー、まじか。道理で疲れてきたと思ったわけだ。


 押し寄せる魔獣は始まったときから徐々に大きく、そして強くなってきた。んでもって------


 「あいつが、ラストだな」


 俺の視線の先。探査魔法を使わなくとも強力な気配は感じられたし、何よりその巨体は木々の上にその顔をのぞかせていた。   


 ズシン、ズシン、と。地面を踏みしめるたびに腹に響く重い音。木を薙ぎ倒しながら森から出てきたそれは、普段はなかなかお目にかかることのできないレアな魔獣。


 「キュクロプスか」


 B−からB+、場合によってはA−ランクまで確認されているこの魔獣は、基本的に温厚であまり人間を襲わないため、普段はザナヴァの森などの中層に篭っている。そのため、あまり出会うことはない。


 だが今はそんな温厚な面影はなく、その単眼を狂気の色に染め、大きく裂けた口からは鋭い牙を覗かせている。半開きになった口からはヨダレと荒い息。


 体長は、おそらく12・3メートルほどはあるだろう。しかも、ただ高いのでは無く、でかい。体の至る所が太く、そして頑強。その肉体を持ってすれば、いとも容易くシャンドの村くらいなら滅ぼせるだろう。


 そのくせ、その手には棍棒のようなものが握られている。片手で鷲掴みにされているそれは、一体どれほどの破壊力を秘めているのだろうか。


 そんな、超常の存在、単眼の巨人キュクロプス。そんな存在を前にして、俺は笑う。


 「良いねぇ」


 さっきまで、死ぬほど気を遣って魔獣たちを殲滅してたのだが、地味な作業すぎてつまらなかったんだ。


 魔力量の管理、使う魔法の選択、魔法を発動するタイミング、位置どり、それらを魔獣の数や種類、強さによって判断する。どれだけの後続が来るか分からないから、はいブッパー!とは行かなかった。


 だが、こいつはラストだ。しかも大型。まったくもってちょうど良い。


 魔法使いは、大型相手が得意なんだ。


 「っし、まずは一発ぶち込むか!」


 彼我の距離はおよそ300メートル。相手は見るからに鈍足そうだし、魔法の一発や二発ぶち込む時間はあるだろう。


 右の手のひらを上に向けながら手を掲げる。相手はタフネスがあるタイプだと予想し、威力重視で魔法を構築する。


 創造するは、火。想像するは、ライフル。


 長距離から、圧倒的な火力で相手を貫く科学兵器を、イメージと魔力を持って超強化する。


 右手の上に現れる、楕円形の火の玉。それは魔力を込め、火を織り込むに連れて肥大化していく。


 熱く、ただひたすらに熱く。轟々と音を立てて燃え盛る炎の魔弾は、その熱を持って周りの草花をジリジリと焼いていく。


 詠唱はいらない。もう魔力の調整なんて、必要ない。


 さぁ、いくぞ。


 「『極火のグラン・フラム魔弾・バール』、装填ローディング


 出来上がった灼熱の魔法を回転させる。うろ覚えだが、確かライフリングとか言ったかな。魔法でやって意味があるのかは分からないが、気持ちが大事だ。


 キュクロプスは俺が魔法を放とうとしていることに気が付いたのか、走り出そうと足に力を込め始める。ならば、その出鼻を挫いてやろう。


 「発射ファイアァ!」


 右手を、勢い良く振り下ろす。その動きと同時、弾丸の底面で風魔法を爆発させる。


 パァン!と快音を立てて発射された魔弾は僅かばかりの空気の抵抗を振り解き進んでいく。


 キュクロプスの体型は樽のように胴体が太い。だから狙うのはそこ。もうそろそろ夏だと言うのに、くびれを作らなかったことを後悔するんだな!


 当たったと、そう思った。避けられるわけがないと。


 だが、俺が必殺を確信した一撃を見て、巨人は笑う。踏み込んでいた足に更に力を込め、体勢を深く沈み込ませる。


 そして、力の解放。その瞬間の光景は、俺の予想を遥かに超えるものだった。


 「はぁぁあ!!?」


 巨人が、跳んだ。


 その巨体からは想像できないスピードで横に、まるで反復横跳びのように跳びやがった。


 もちろん、多少なりとも動くとは思っていたので魔弾を操作する準備はしていたんだが、ギリギリまで引きつけた上で急激な横移動をされては反応のしようもない。


 キュクロプスは俺の魔法を避けると、そのまま真っ直ぐに俺の方へガンダッシュしてくる。腕をしっかり振ってシャカシャカとした動き、しかし実際に鳴っているのはバゴォンバゴォンという地面の壊れる音。


 こいつ、どこまで俺の想像を裏切るつもりだ。樽型体型の巨人はゆっくりノシノシと歩いてくるのがお約束だろ!?お前どんな教育受けて育ってきてんだ!


 だがそんなことを言ったってキュクロプスは止まらない。恐ろしい速さで近づいてくるそいつは、あと十数秒で俺の元へ辿り着くだろう。


 その前に一発当てときたい!


 「堅固に、広範に、尖鋭に。頂点に滴るは鮮血。大地へと還り、輪廻せよ」


 今度の詠唱はさっきまでのとは違う。短時間で威力を上げるための、本気の詠唱。


 呼び起こすのは、『狂宴』中から用意していたが、終ぞ使わなかった魔法。それを発動すべく、両手を地面について叫ぶ。


 「『巍巍陵角ぎぎりょうかく』!」


 瞬間、キュクロプスの前方の地面から突き出る無数の土槍。対群のための魔法だから、範囲も広い。スピードに乗ったキュクロプスは止まれず、また回避もできない。


 今度こそ当たるかと思ったが、キュクロプスは止まるどころか走りながら手にしている棍棒を振りかぶる。そしてそれを、伸びてくる土槍に向かって横に薙いだ。


 ズゴォン!と音を立てながら壊れる土の槍。そしてその壊れた破片が勢い良くこちらに飛ばされてくる。


 「『防壁』!」


 右手を前に出し、身を守るため魔力の障壁を作る。村まで届いてはいないだろうが........キルケ死んでない?大丈夫?


 そんなことを考えるが、それも一瞬。すぐさま意識をキュクロプスの方へ戻す。


 見ると、体のあちこちに小さい傷はできているが、どれも大した傷では無いようだ。小型や中型の対群用とは言え火力が低いわけでは無い。やはりあいつを仕留めるにはかなりの威力の攻撃を叩き込む必要がある。


 だが、そんな魔法を構築する時間はもう無い。地響きは止まず、巨人はすぐそこ。


 ならば、構えるしかあるまい。


 「接近戦で、直接魔法をぶちこんでやる」


 前哨戦は、俺の負けだ。だがここからは、ラウンド2。もう俺に油断はねぇぞ。お前はどうだよ、単眼の巨人キュクロプス。魔法使いだから接近すれば大丈夫なんて、そんなこと思ってねぇだろうな?


 ニナと師匠鬼どもに鍛えられた俺は、すこしばかり強いぞ?



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