第25話 VSオーガ


 ニナ達が魔動車から飛び出したあと、俺も魔動車を止めてから走り出す。魔力で身体強化をすれば、魔動車で移動するより走った方が断然速い。


 まだまだ腕は未熟だが、身体強化を施した俺の体は瞬時にトップスピードに至り、50メートルほどの距離を瞬く間に駆け抜ける。


 森に入ると同時、聞こえてくる激しい戦闘音。並の魔獣ならあいつらにかかれば瞬殺。激しくなっているということは、それなりの強さということだ。


 それから数秒、ニナ達に追いついた。戦ってる敵は-------------


 「オーガが、3体か」


 姿形は人間に似ているが、その体長は2メートル半ほどはあり、体格はまるで巌のよう。そして額から生えた2本の角が、鬼という自らの種族を強く主張している。


 強さは、D+。D+ランクが、3体。これだけでも、村一つなら軽く滅ぼせる戦力。たしかに、瞬殺は難しい、が。


 「問題なさそうだな」


 リューグはその巨体に見合った大きな盾を構え、2体のオーガの棍棒を受けきっている。オーガ達が打ちつけるたびドゴンドゴンと音が鳴っているのだが、リューグは全く動じない。


 そして、残りの一体と相対しているのはニナ。その両手には白銀に光る籠手。神々しくも、しかし可憐でもあるその籠手はまさに、アルクトゥスの街の『真珠星スピカ』と呼ばれる彼女に相応しい。


 ニナは籠手を纏った腕で、オーガの強烈な一撃をいなし、ステップで軽やかに攻撃をかわし。常人ならば瞬きの間に首が飛んでいるそれを、ニナは余裕そうに捌いている。


 ゼラの姿が見えないが、おそらく襲われた子の保護をしているのだろう。


 うーん、これ俺いる?2人でも余裕そうなんだけど。と思うのだが。何かせねば後でニナと師匠に絞られるのは確実。とすれば、やることは一つだな。


 草陰に隠れながら、右手をリューグが相手しているオーガ達へ、左手をニナが相手しているオーガへ向け、想像する。イメージするのは、万物を切り裂く風。一振りで敵の体を両断し、絶命へと至らせる、致命の一裂き。


 「鎌鼬かまいたち


 10秒ほど時間をかけ、魔法を構築。発声とともに、魔法が発現する。手の先から現れた命を刈り取る風の刃が、3体のオーガの胴体目掛けて翔けて行く。


 魔法が発現してから、オーガ達がようやく俺の存在に気づく。でも遅い。生き延びたいのなら、俺が魔法の構成をしてる10秒の間に気づくべきだった。


 俺が駆けつけた時点でこの展開を予想していたのか、リューグとニナの反応は早く、ギリギリまでオーガを引きつけてからその場を離れる。


 「ガァァァァァァアアア!!」


 オーガ達が叫ぶ。致命の刃を目の前にして、ようやく命の危険を感じたようだ。だが、それも遅い。お前らはすでに、俺の魔法なんかよりももっと危険な奴らと戦っていたんだぞ?


 オーガ達は風の刃をスレスレで躱すが、体制が崩れすぎた。今日のメンツは、その隙を見逃す奴らではない。俺が魔法を放った瞬間から、彼らはトドメのための準備をしている。


 「はぁぁぁああ!」


 ニナが再び距離を詰め、倒れかけているオーガの顔面に強烈な一撃。倒れる勢いが加速し、オーガの頭は拳と地面でサンドイッチされる結果になった。まずは、1体。


 「風牙一刃ふうがいちじん!」


 リューグは、俺の魔法をかわすと同時に魔法袋マジックバックから取り出していた薙刀を力強く振り下ろす。風の魔力で強化されたそれは、まるで大気をも切り裂くかのよう。その一撃に、オーガが耐えられるはずもなく、右肩から左の脇腹までを袈裟斬りにされた。これで、2体。


 最後に残った1体の、その背後。そこには、突如として現れたゼラが、両手に短剣を持って立っている。オーガはもちろん、気づいていない。


 群青色のウェーブボブの髪は妖しい光を映し、濃いブラウンの瞳は相手の確実な死を見据えている。その姿は、妖艶な魔女にも、冷徹な暗殺者にも見える。


 ふわりと飛び上がり、ゼラは一切の音を立てず、オーガの首筋に両手の短剣を振り下ろす。その計算され尽くした一撃は、ゼラの小さな体でもオーガの首を切り飛ばすという結果を出して見せた。これで、3体。


 しばらく、周囲に敵が残っていないかを探査魔法で調べたが、どうやら危険な奴はいなさそう。戦いは終わったと判断し、みんなの方へ歩いていく。


 「お疲れ、みんな。300メートル四方には敵はいなかったよ」


 「おっけー、アオイ。ありがとう」


 「アオイ、うぬはまた魔法の腕を上げたな。少々驚いた」


 「へっへーん、でしょ?アオイすっごい頑張ってるんだから!」


 「なんでお前が威張るんだよ........ありがとよ、リューグ。お前に言われると自信つくわ」


 戦いの間はピリついていた雰囲気もすっかりなくなり、和気藹々としたものに戻った。最初の方はそんな気分になれたもんじゃなく、戦闘のたびに吐きそうになったこともあったが、まあ慣れた。というか慣れさせられたよね、鬼ども《ニナと師匠》に。ほんと、オーガなんかよりもよっぽど鬼だわ。


 3人で話していると、ゼラが1人の女の子を連れてきた。あの子がオーガに襲われていた子か。


 見た目は14・5歳と言ったところ。澄んだ綺麗な水色の髪のショートヘアに、明るいオレンジの瞳。肌の色はとても白く、整った可愛らしい顔をしているのだが、その顔には恐怖と怯えの表情が浮かび、伏し目がち。


 無理もない。若い女の子が、オーガ3体に追いかけ回されたのだ。D+ランクとは、一般人からすればまさに人外の領域に見える。そんな存在に襲われ怯えない子など、いるはずもない。


 「その子が、襲われてた子か?」


 「ええ、そうよ」


 「..........なあ君、ちょっと手を出してくれるか?」


 「え?あっはっ、はい!」


 少女はびっくりしながらもおずおずと左手を差し出して来る。俺は魔力を練りながらその手に触れ、魔法を発現する。


 「治療ヒール


 「わっ。えっ、うそ。すごいっ...........」


 オーガから逃げるときに付いたのか、白い簡素なワンピースから露出している手足には沢山の擦り傷があった。日焼けなど知らぬような綺麗な手足だ、治すのが男の義務だろう。


 体が薄く発光して、全身の擦り傷が癒えていくのを見て少女は慌てる。はっはっは、どうだ見事なもんだろう?


 「すごいっ。あ、あったかいっ...............あったかいよぉっ」


 「うぇ!?ちょっ、なっ、泣かないでくれ.........」


 俺が自慢げに治癒魔法をかけていると、少女が唐突に泣き出した。わっかんない!なんで?なんで泣く!?もー、女の子難しい!


 「ニナ!どうしよう!」


 「アオイ...........そういうとこだよ?」


 「何が!?」


 「そういうとこじゃな」


 「おい、リューグまで。いじめか?いじめなのか?」


 「ほんと不用意ね、そういうとこよ?」


 「なんだよゼラまで!どうすればいいか教えてくれよ!?」


 なんでみんなしてそんなに辛辣なんだ!特に女子!女心は君たちの方がわかるだろ!?


 そう思うがしかし、そこで俺に天啓が降る。


 いや、ちょっと待て。これはきっと女心で泣いてるのではない。子供心、そう子供心だ。この子はきっと、襲われて怖かったに違いない。それが安心してから溢れてしまったんだ。そうとなれば、やるべきことは一つ。任せてくれ、俺には10個下の妹がいたのだ。子供の扱いには慣れているっ!


 「えーっと、な、泣かないでくれ。よしよし。よーしよし」


 必殺、頭撫で《ストローキングヘッド》。子供を泣き止ませる手段としての最上位。泣く子も黙る必殺技とはこのことだぜ。


 「スンっ、スンっ。うう、ずびません。ぐすっ、ありがとうございまず」


 「お、おう。気にするな」


 おお、半分ふざけて技名とかつけちゃったけど、ほんとにすぐ泣きやんだぞ。これはあれか?俺には溢れる父性があるとかそういうことなのか?


 「アオイ、終わった?ニナとリューグがオーガの魔石取ってくれてるから、終わったなら早く行きましょ」


 「言い方ぁ」


 ほんとゼラさん、あなた俺に対して当たり強いですよ?


 ゼラが言った通りニナとリューグがオーガの魔石を取り終わったのを確認。ここでは落ち着いて話もできないというのは俺も賛成なので、少女を中心にしながら来た道を引き返していく。


 ..........しかし、俺がフラグを立ててしまったせいでこの子が襲われたわけではないが、それでも心が痛いな。


 いやまてよ?むしろ俺らが近くにいる時に襲われたからこそ助かったのでは?うん、絶対そうだ。そしたら逆に、俺がフラグを立てたのはファインプレーなのでは?褒められるべきでは!?





.....................................嘘です、ごめんなさい。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜






 「ニナ、もうすぐ着くからそのお菓子しまっとけ」


 「ふぁーい、モグモグ」


 しまっとけっていうのは魔法袋にって意味で口の中に押し込めって意味じゃないんだけどなぁ........。まあ可愛いから許すが。


 流石に詰め込みすぎたのか、お菓子を喉に詰まらせてアワアワしてる奴は無視して、俺は後ろにも話しかける。


 「シオンも、もうすぐ着くからな。大丈夫か?気持ち悪くなったりしてないか?」


 「あっ、だ、大丈夫ですっ」


 そうかそうか、ええ子やなぁ。


 「あんたが気持ち悪いわよ」


 「うるさいゼラ。子供を心配するのは大人として当然だ」


 「そうだけど..........その顔ムカつくからやめて」


 あれぇ、結構真面目な顔したつもりだったのに。別に変顔とかしてないのに。えっ、俺もしかしてゼラに嫌われてんの?


 っとまあ、そんな茶番は置いといて。


 現在は再び魔動車で村に移動しているところ。おそらく後数分で着くだろうというところまで来た。


 あの後、魔動車の所に戻って少し話を聞いた。まずは、この少女の名前がシオンだということ。そして、どうやら俺らと同じ村を目指しているということ。


 それならばと、一緒に魔動車に乗ってもらってここまで連れてきたわけである。あのまま放置するわけにもいかないし、目的地が同じだったのは幸いだったな。


 移動している最中に、さらに詳しい話を聞く。


 シオンはこれから、『開門の儀』に参加して初覚醒をしようとしていたらしい。まあ、予想通りだな。今日その村に行く用事など、それくらいしか考えられない。


 だが、初覚醒をするにしては少し年齢が大きい気がする。普通、初覚醒をするのは7〜12歳ほどの間だ。聞いた所によると、シオンは今年で15歳。やはり、普通よりはだいぶ遅い。


 それについて聞いてみた所、どうやら今まで決まった所に定住することが無かったらしい。各地を転々とし続けていたので、地域で開かれる『開門の儀』には参加することができなかったのだとか。


 なるほど。まあ地域交流会に、来て3日目の転校生が入るのはちょっと気まずいよね。


 他にも気になることは沢山あるのだが、あまり根掘り葉掘りいろんなことを聞くのは流石に可哀想だ。ということで、そういうのはほどほどにして俺らの自己紹介などもしてみた。今度はちゃんとしたやつだよ。あの失敗は、もう二度としないと誓ったのだ。


 そんなこんなで、喋っていたのは30分ほどだが、少しは打ち解けられてきた気がする。


 「お、見えたぞ。あれがシャンドの村だな」


 草原の先に見えてきたのは、建ち並ぶ家々の屋根と、大きめの石垣。なかなか規模も大きそうで、街と言ってもいいんじゃないかと思う。まあ、周辺の村から『開門の儀』のために集まるわけだから、この辺では1番発展しているのだろう。


 街道はそのまま村の入り口に繋がっているため、そこまで魔動車を走らせる。近づいていくと、門番らしき2人がこちらを指さしてすげ〜という反応をしている。


 魔動車というのは高級品だ。貴族や高位の冒険者、大商人くらいしか持っていないので、街の住人ならともかく、辺鄙な村だと一回も見たことがないというのも珍しくない。


 この村の規模なら人や物の流通も多いはすなのでよく見ると思うんだが。まあ、スポーツカー見てすげ〜っていうのと一緒か。


 幸い門には並んでいる人がいなかったので、門番の人に『開門の儀』のために来た護衛だと伝えて中に入れてもらう。


 2メートルほどの高さのなかなか立派な壁を抜け中に入ると、割と整備された街並みが現れる。うーん、どっかの辺鄙な街よりここの方が発展してるな。


 門を潜ってすぐのところに駐車場があったので、そこに魔動車を止める。流石に、街中を魔動車で走れるくらいではないらしい。まあ、そんなことができるのはアルクトゥスの街や王都レベルの都市だからな。


 「さぁ、着いたぞー。まずは村長への挨拶と宿の---------」


 「まずは村の探検!行こっ、アオイ!」


 「え、あ、ちょまっ。痛い痛い腕取れる腕取れるぅぅぅううう!」


 「細かいことはわしらに任せぇ。うぬらは遊んでこい」


 「そうね。若者たちは青春してきなさい」


 「ゼラぁ!お前俺より年下だろうがぁぁああ!」


 「数え年は一緒でしょ。後もうちょっとで追いつくわよ。さっ、行くわよシオン」


 「はっ、はいっ!」


 ニナに掴まれた俺の体はスピードを上げ、リューグたちの姿は遠くなる。ゼラが最後何か言っていたようだが、いい内容ではないのは間違い無いだろう。


 くそっあいつら。頼りになるんだからならないんだか微妙な奴らだ。ってか腕痛い痛い痛いっ!


 「ニナ!落ち着け!付き合うから!とりあえず俺の腕から手を離せ!」


 「え?あ、ごめんね。だいじょぶ?」


 「あぁ、まぁ........大丈夫だよ」


 大丈夫大丈夫大丈夫だからそんなに顔を寄せて心配してくるな近い近い近いなんかいい匂いするし可愛いしもうずるいんだからぁ!


 「ごほんっ!それと、今回は依頼で来てるんだ。あんまりハメ外しすぎるなよ?」


 「うんっ、わかってる。あ、ねぇ見て見てあれ超可愛いんですけど!」


 そう言ってニナは近くの服屋に入っていく。いや、ショッピングならアルクトゥスの街でもできるくない?良いんだけどさ。


 「あいつ、本当にわかってるのか?」


 みんなで遊びたいからこの依頼受けたとか、無いよね?ギルドでのあの真剣な顔、嘘じゃ無いよね?

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