第17話 覚醒

 落ちる、陥ちる、墜ちる。


 黒く、暗い穴の中を、ただひたすら落ちていく。耳元では風がヒュンヒュンと鳴り、全身を包む落下感にキモとタマがヒェッとなる。


 下を向けば、光が差し込んでいるのが見える。どうやら、あそこがこの穴の終着点らしい。


 というか、やばい。穴の出口はすぐそこだ。減速しないと、死ぬ!


 「うおおおぉぉぉぉぉぉぉ!止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれぇぇぇぇぇぇ!!」


 気合いだっ気合いだっ気合いだぁ!


 空中で必死にもがきながら、なんとか墜落死を避けようとする。


 その甲斐あってか、はたまた最初からその仕様になっていたのか、俺の体は、地面に着くギリギリのところで止まった。


 「はぁっ、はあっ、まじで死ぬかと思った........」


 あのやろう、次会った時は絶対にやり返す!具体的には、30秒に一回「うざ.....」って言ってやる!


 「で、これが門、か」


 穴の下で俺を待っていたのは、これまでと打って変わって真っ白な空間。そして、俺の目の前には、これまた真っ白で、とても神々しい門が立っている。


 そして、その門の先からは、また空間は真っ黒に染まっている。門を境に、白の世界と黒の世界が分けられているのだ。まさしく、門と呼ぶべき働きじゃないか。


 「これを、開ければ良いんだな」


 これを開ければ、あの猿どもを駆逐できると、あの男はそう言った。


 ならば開けよう、この門を。


 そしてあの男は、決して死を望むなとも言った。強く、生きろと。


 ならば誓おう。俺は決して死は望まないと。


 扉に手をかける。両手で、体全体の力で、開ける。一歩踏み出し、二歩踏み出して、三歩に至り。


 門が、開く。


 「うぉぉっ!風が!」


 門を開くと同時、白い世界から黒い世界へと、強烈な風が吹き荒ぶ。その勢いは強く、俺は耐えることもできずに風に乗る。


 「なるほど!あれが出口なんだな!?」


 風向きは上へと変わり、俺の身を上方の光へと押し上げる。きっとあそこが、出口だ。



    浮上する。



 さあ、いよいよだ。みてろよあの猿ども。ボコられた恨み、きっちり晴らしてやる!



    浮上する。



 ああ、思い出して来たぜ。意識失う直前の、あの煮えたぎる殺意を。




    体が、浮上する。




 感謝しなきゃな、あの.............そういや名前聞いてないな。次会った時、ちゃんと聞いておかないとな。




    光はもう、目前に迫り。




 それじゃあ、今世を生きようか。決して、死なないために。





---------------目が、覚める








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 その日、マリグナントのボスは、非常に上機嫌だった。


 なんせ、普段ならお目にかかることもできないほど豊富な魔力を持った獲物を、簡単に手に入れることができたのだから。


 その獲物は、強靭な戦士でもなく、強力な魔法使いでもない、ただの凡人。マリグナントからしてみれば、それはもはや狩るべき獲物ではなく、ただの餌だった。


 部下に命じてそれを取って来させ、いつもと同じように余興をして楽しんだ。あとは、これを食べて吸収すれば良い。


 ああ、なんて日だ。なんて素晴らしい日なんだ。きっとこれから一週間は思い出し笑いが止まらない。


 そう、思っていた。先程までは。


 餌だと思っていた人間から、これまでとは比べ物にならないほど濃密で強烈な魔力が溢れ出す。


 それは自らのそれをも越え、下手をすれば、あのに、いや、もしかするとそれ以上なんてこともあり得るかもしれない。


 訳がわからない。わからないが、しかし一つわかるのは、今すぐにこのを喰らうべきだということ。このままでは、取り返しがつかなくなると、そう思った。


 その判断は的確で、さすがはこれまで大規模な群れを引き連れながら生きてきた強力な魔獣だと言えよう。


 ただ、マリグナントが一つだけ間違いを犯したとするならば、それは。


 「復讐だ、エテ公。死ね」


 化物に関わったことが、そもそもの間違いだったのかもしれない。


 彼の楽しい一週間は、二度と、来ない。




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 その日、メグレズ王国魔法局副局長オーケンは、けたたましいサイレンの音で目を覚ました。


 「うるっさいなぁ........まだ1時間も寝てないんだが」


 「副局長!推定レベル:レベルオーバーの魔力反応を検知しました!」


 「............は?レベルオーバー、だと?」


 「そうです!急いで来てください!」


 部下は言うことだけ言ったあと、慌てた様子で研究室の方へ戻っていく。


 オーケンも、寝起きとはいえ優秀な研究者。頭の回転は早く、一大事と察した瞬間、枕元の眼鏡を引っ掴んで駆け出す。


 オーケンが寝ていたのは、研究室の隣の仮眠室だったため、扉一枚潜れば目的地だ。


 「どう言うことだ!レベルオーバーだと!?」


 「はい!12秒前から、ザナヴァの森南西部で大規模な魔力の励起を確認しました!ここにある計測器では総量を測ることができず!」


 「...........なるほどな」


 レベルオーバークラス、か。


 自分が生きている中で、いったい何度目だ。


 あの魔女や、あのドラゴンや、『魔王』。


 本来、こんなにポンポン生まれて良い物じゃない。数十年、あるいは数百年に一度、常軌を逸した存在として誕生すべきレベルの化物。それがレベルオーバークラスだと言うのに。


 「警報は、Aクラスのもののようだが」


 「ザナヴァの森とは距離もありますし、ここ王都に被害が及ぶ可能性は低いと考えました。変更いたしますか?」


 「いや、いい。計測器では計れないが、流石にここに被害が及ぶようなら、世界の終わりだよ」


 ここからザナヴァの森の南西部まで、おおよそ200km程度はある。ここまで被害が及ぶことは、無い。


 「...............部隊を編成しろ。戦闘力ではなく、生存力重視だ。もしかすると、国の存亡が掛かっている。そのことを上に伝えてくれ」


 「はっ、承知いたしました!」


 兎にも角にも、まずは調べなければならない。これを起こしたのはなんなのか。それは、この国に害をもたらすものなのか。場合によっては、この国が滅びるかも知れないのだ。


 「胃が、痛いなぁ.........」


 「何か言いましたでしょうか?」


 「いや、なんでも無いよ」


 これからしばらく、彼の胃は悲鳴をあげることになる。




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 その日、世界の各国で、同様の報告が上がった。ザナヴァの森南西部にて、レベルオーバークラスの魔力の励起が確認された、と。


 魔力の膨張は確認され始めてから30秒程度で収束したが、その被害は『ザナヴァの森南西部に、直径にして約2kmほどの荒野を作り出す』という甚大な物となった。


 その時の魔力光は天を突き、その輝きはザナヴァの森周辺に存在している多数の地域で視認されている。


 ドラゴンのブレスか、それとも『魔王』の襲来か、はたまた神の降臨か。いずれにしても、常識では計り得ない、まさしく異常レベルオーバーの事態に、人々は震え、怯え、そして願う。


 どうか、自分たちの平穏が守られますように、と。


 果たして、その願いが叶うのかはわからないが。


 この事件を引き起こした、1が、これから様々な苦難に巻き込まれていくことは、想像に難くなかった。


 

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