第7話 蒼、初めての異世界散歩in森


 俺がこれからの展望について、暗ーい想像をしていると、広翔君から


「話したいことはいっぱいありますけど、まずはいったん移動しましょう。近くに僕の仲間もいるんです」


 と言われたので、現在はその広翔君の仲間が待機しているポイントまで移動しているところである。


 空はだんだんと明るくなり始め、先程広翔君が魔法で出していたと思われるあの光球がなくても、もうお互いの顔は十分視認できそうだ。


 しかし、明るくなり始めたとは言え、ここは森の中。先程俺が居たところよりも、徐々に木の密度も濃くなっている気がする。


 遠くからは、朝になって1日の活動を始めたのか、はたまたこれからお休みになるのかはわからないが、微かに動物の鳴き声も聞こえて来る。


 しかも、忘れちゃいけないのは、異世界に来てからの俺の行動範囲はたったの50メートルほど。あの森の中で、"助けを待つ"というチキンな選択をした俺だ。結果的にそのおかげで同郷の広翔君と会うことができたとは言え、どちらかと言うと消極的な選択だったのは否めない。


 そんな俺が、この薄暗い森を歩いているのだ。広翔君が前を歩いてくれてはいるが、いつ背後から襲われるか、もしくは上か、いやいや下っていう選択肢もあるのでは?などと言う警戒を緩めることができないし、恐怖を拭うことはできない。


 そんな俺に気づいたのか、広翔君がこちらに振り向いて、声をかけてくる。


「大丈夫ですよ、蒼さん。ここら辺には危険な魔物の気配はしませんし、僕も警戒を強めています。よっぽどの相手じゃない限り、蒼さんを逃すくらいの時間稼ぎもできますし。安心してください」


「あ、あぁ。ありがとな」


 くそっ、年下に気を使わせてしまった。無論、広翔君の方が異世界歴は長いし、強いだろうし、こういった状況にも慣れているんだろう。多分俺が10人いたって、広翔君に勝てないだろうってことくらいはなんとなくわかる。


 それでも、こちらを慕って敬語で話してくれているのだ。そんな相手にかける迷惑は、少しでも少ない方がいい。今の俺にできることはあんましないけど、逆に出来ることを精一杯頑張ろうじゃないか!
















 俺が広翔君の気遣いによって奮起してから、体感で1時間くらい歩いただろうか。先程からしばらく無言になっていた広翔君が、静かに口を開く。


「おそらく、もうすぐで僕の仲間達と合流できるポイントにつきます」


「おう、了解した」


 ふむ、もうそろそろか。歩いたのは1時間ほどとは言え、地球とは違ってこっちは森の中。道の整備なんかされてないから歩きづらいし、顔に当たる葉っぱや枝は相当なストレスになる。襲われないかヒヤヒヤしていたのもあって、正直かなり疲れてしまった。


 しかし、1時間も歩いたとは言え、後半になるにつれペースはだんだんと落ちていたし、おそらくだが回り道もしていた。直線で考えれば、移動距離はそれほどでもないのではないだろうか。


 全く、考えれば考えるほど1人じゃ到底生きていけなかったな。本当に、あの時動かないことを選択した俺を褒めてやりたいね。1人で動いていたら多分すぐ死んでた。


 広翔君が場所と言うくらいだし、ここは相当辺鄙な場所か、相当危険な場所なのであろう。実際、広翔君の口数は最初と比べ明らかに減っている。 


 ん?というか、真に褒められるべきは過去の俺ではなく、広翔君じゃないか?そうだ、どう考えても広翔君がいなきゃ俺は死んでたぞ?つまりは、広翔君は俺の命の恩人、大恩人じゃないか!くそっなんで今までこんなことにも気づかなかったんだ俺は!これは褒めるとかそういう次元の話ではない!讃えなければ!ああ、神様仏様広翔様ぁ......。


「蒼さん、見えましたよ。あそこが合流地点で.......って、蒼さん、何してるんですか?」


「ん、ああ。すまん、なんでもない」


 ちょっと君を神格化してた。


「えーっとそれで........どれが?」


 広翔君が指差した方向を見るが、そこにはただ今までと変わらず森、森、森。人の影も形もなく、俺は自然と首を傾げる。


「あっ、ごめんなさい。すっかり忘れてました。えっと、実はあそこにキャンプがあるんです」


「んーっと.........これはバカには見えないってやつか?」


「違いますよ!えっと、実はですね。こうした森に一時的に拠点を作る時は、周りから見えなくなるような結界を張る魔道具を使うんです。魔道具に登録してれば、結界が光って見えるので、暗くても見つけやすいんですよ。いつもこれを使う時は登録した人と行動することが多いので.......ごめんなさい、うっかりしてました」


「いやいや、気にしないでくれ。しかし、なるほどねぇ。異世界には便利なものもあったもんだ」


 科学にはあまり詳しくない俺だが、それでもそんなこと科学で再現するのは相当に難しいであろうことくらいはわかる。そんな高性能な道具があるなんて......てっきりラノベでよくある中世や近世くらいの世界観を想像していたんだが、もしかして技術レベルは相当に高いのか?


 だとすると、これからこの世界で暮らしていくのも少しは楽になりそうだ。


 今まで便利な科学グッズに囲まれて生活していた俺みたいな現代人が、いきなり中世レベルの生活を始めるなんて、それなりに苦労しなければならないだろうし。


 この世界の文明レベルがどの程度かはまだわからないけど、魔道具で車とか電車とか作れます!とか、もしや毎日風呂にも入れる!みたいなのも期待しちゃっていいんじゃないだろうか?


 そんなことに考えを巡らせながら、これからの生活に胸を馳せていると、突然、先程広翔君が指差した方向から、男の声が発せられた。


「おい、そこでちょっと止まってくれ、ヒロカ隊長」


「お、その声はニックだね?良かったよ、元気そうで。みんなも無事かい?」


「ああ、まあ、みんな元気だよ。って、そんな話より先にだな。.......あんたの後ろにいるそいつは、一体何もんだ?」


「あっ、ごめんね。紹介が遅れた。彼の名前は天水蒼あまみずあおいさん。僕と同じ、異世界人だよ。」


「異世界人だと!?」


「そう、異世界人。なんなら、僕と同じ国から来た人さ!森の中で困ってたから、ここまで連れてきたんだ」


「.........それ、ほんとなのか?隊長あんた、騙されてんじゃねえのか?」


「ニック!その言い方は蒼さんに失礼だろ!」


「いやいや、失礼も何も、当然の警戒だろうが。こんな得体のしれねぇ森に、そんな得体のしれねぇ格好したやつのセットだ。むしろ笑顔で受け入れる方がどうかしてるぜ」


「うっ。ま、まあ確かにそうだけど.......」


 側から見てる俺としては、広翔君が誰もいない空間に喋りかけてるし、誰もいない空間から声が響いてるしで、なにこれどんなホラー?と思ってしまうような、いやこれは逆にコメディとも取れるよなとも思ってしまうような、そんな状況に理解が追いつかないが、どうやら俺はあまり歓迎されてないみたいだ。


 いやまあ、当然だよなとは思う。俺にはこの森の危険度がちゃんとわかっているわけではないが、広翔君やニック?さんの口ぶりからも相当危険なとこなのだろう。


 そんな所にいきなり現れる得体の知れない格好の男。俺の格好は半袖白Tに紺のジーパン。およそ危険な森にいていい格好ではないし、ここに来れるような装備を持っているわけでもない。


 しかし、実際にはこうしてここに現れているのだ。ということは、そんな格好でもこんな危険な場所に来れる何かを持っているということになる。なってしまう。


 実際には、俺はなんの力も持ってないただの一般人だし、ここに来れたのは、というかここに来てしまったのは、占い師さんの転移によるもので、俺の力でここに来たわけではない。


 だが、ニック?さんからすればそんなことは知ったことじゃないだろう。当然警戒されて然るべきだ。むしろ、広翔君がなんであんなにすぐ受け入れられたのか、不思議なくらいだ。


 はー、しかしまったく、困ったもんだぜ。広翔君に迷惑かけっぱなしってわけにもいかないし、俺が頑張って説得しないとだよなぁ。はぁ、大丈夫かなぁ俺。問答無用で殺されたり、しないよね?

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