第2話 はーん、異世界ね.......ケッ


「えーっと、たまりょく?.....それは、どう言う意味なんでしょう」


「魔力が多いと書いて、多魔力です」


「あー.......なるほどぉ....。」


「あなたは体内の魔力が人よりも豊富すぎて、それが液体となって出てきているのです。だから、それは正確には汗じゃなくて魔力の塊なのです」


「へぇー、そうなんですねぇ......」


 いやまあ、俺も10代の少年だ。魔力とかそういう単語に興味を惹かれることもなくはない。漫画とかゲームとかラノベとかアニメとかも、俺は結構好きな方だしな。でも実際真面目にそんなこと言われるとなぁ.....。信じがたいわ。


 なるほどねぇ。いやぁ、そうだよねぇ。そんな上手い話あるわけないよね。


 きっと30分かけて信用を勝ち取ってから魔力とかスピリチュアルなこと言ってネックレスとか買わせるやつなんだろうなぁ。


 そうだよ。何舞い上がってたんだ俺。医者にだって根本から治療するには手術するしかないし、手術するにしても高いし、デメリットもたくさんあるって話をされたろ。


「あー、やっぱ帰りますね。今日はありがとうございました」


 そう言って俺は席を立つ。まあ、魔力云々の話を除けばちゃんとしたアドバイスもくれたし、全然有意義だったからね。お礼はしっかり言わないとね。


「あら、帰ってしまわれるんですか?」


「ええ、まあ。俺が言うのもなんですけど、そういうの、ほどほどにしといたほうがいいですよ」


 そう言うのがなければすげーいいサービスなんだから、さ。


「では、あなたはその病気を治したいわけではないということでしょうか」


「....いやいや、治せるなら治したいに決まってるでしょ。そろそろ冗談きついですよ」


 落ち着け、落ち着くんだ俺。相手は気がいかれちまってる奴かただの煽り野郎だ。ここで怒ったって意味はない。


「では何故帰られてしまうのですか?」


「そりゃ信じられないからですよ。そんないきなり魔力が〜みたいな話されて信じるとでも?」


「ふふ、普通なら誰も信じないでしょうね」


「いや、わかってるならなんでそんなに食い下がるんですか.....」


 なんだこの人、狂信者みたいなやつかと思ったらそんなこともなさそうだ。わからん。


「最初に言ったではないですか。その病気を治す方法をお教えします、と」


「いやだからそれが信じられないって話をだなーーー」


「信じる信じないではありません。いったん多魔力症と言う存在を前提に仮定を立てようと、そう言っているのです」


「......仮定ね」


 なるほど、まあ確かに。気持ちの問題ではなくそれが成立するのかどうかのお話。たとえ直感に反することでも成立すればそれは真理だ。


 俺にはよくわからんが、科学だってそうやって進化してきたと言うのを聞いたことがある。   

 地動説とか天動説なんかのゴタゴタも、同じようなものだろう。いや、あれは宗教関連か?って、そんなこと今はどうでもいいのだ。


 そう言われて仕舞えば、頑なに話を聞かないというのもなんだか子供じみている気もしてくる。くそっ、俺こんなに詐欺に引っかかりやすい人間だったのかよ.......。


「わかりましたよ。じゃあ一応話だけお聞かせ願えますか?その、手掌多魔力症だかなんだかを治す方法を」


「ふふ、わかりました」


 話は聞く。話は聞くが、結局治せないならただの出鱈目だ。最後まで聞いて、ネックレスとか指輪とか買わされそうになったら鼻で笑って帰ろう。魔力なんてのはお伽噺の中でじっとしておいてくれればいいのだ。


「では、お話しさせていただきますが、手掌多魔力症を治す方法としては、今の環境よりも、空気中の魔力許容量が多いところに行く、というものが一般的です」


「魔力許容量が多い、ですか」


 それはあれか、熱湯だと砂糖が溶けやすいとか、そんな感じのニュアンスなんだろうか。


「ええ。現在天水さんは、体内の魔力が多すぎて、体外に無意識に放出している魔力が空気中に溶け込めていないのです。ですから、今よりも魔力許容量が多い場所に行けば、魔力は水滴にならず、自然と空気中に溶けていきます」


「なるほど。じゃあその、魔力許容量が多い場所ってのは、実際にどこに行けばいいんですかね?」


「私の知る限りでは、クラリアというところが1番のおすすめですね」


「クラリア、ですか.....」


 知らない所だ。どこの国かは知らないが、しかし日本でないことは確実。海外なんぞ高くて行けねぇぞ。


「自分、まだ海外渡航するほどの貯蓄がないので、そのクラリアとか言う所には行けそうにないですね。他に近場でどこかにないんですか?」


「あら、お金でお困りですか?大丈夫ですよ、クラリアに行くのにお金はさほどかかりませんので」


「そーなんですか?」


 と言うことは結構近くにあるのか。聞いたことねぇけど、どっかの地名とかじゃなくてどっかの建物なのか?


「ええ。クラリアへの道は、この私が開くことができますので」


「クラリアへの道を開く......えーっと、どういうことですかね?」


 案内するってことじゃないよな?そしたら金関係ないし。あ、あれか。そこまで車で送ってくれるとか、そういうことか?


「ふふ、一から説明しますね。先程から私が言っているクラリアというのは、実はこの世界のことではないのです」


「あー、そういう......」


 なるほど、あれか。ラノベでも根強い人気を博しているあの--------


  「ええ。クラリアというのは、こちらの世界からすると、いわゆる異世界というものになります」


 異世界ものだったかぁ。まあ人気あるもんね、うん。


「じゃあ、なんですか。転移的なので移動できるからお金かからないよとか、そういうことですか?」


「とても理解が早くて助かります。ええ、つまり私がクラリアへのゲートを開けるので、お金の心配はいりません。ですが.....」


「ですが、なんでしょう?」


「異世界に行くというのはつまり、この世界に別れを告げるということです。家族や恋人、友人や同僚などとも、もう会えなくなってしまいます。そこが1番問題になってきてしまいますね」


 まあ、確かに。異なる国くらいならいずれ会えるが、流石に世界が違うとなるともう2度と会えなくてもおかしくないな。


「ですから、お聞かせください。天水さんはそれでも、手掌多魔力症を治したいと思いますか?」


 .......どうだろうか。まあ、これが本当の話だとは微塵も思っていない。揶揄われているのか、それともテレビのドッキリだったりするのかもしれないな。


 だからまあ、これは心理テストみたいなノリで答えよう。実際にはないけど、想像をしてみる。


 手掌多汗症を治したいかと言われれば、もちろん治したい。将来を想像した時、いろんな場面でこいつが邪魔になる。こいつが治るメリットは、正直デカすぎる。まあ、治っても異世界限定だからあんまり意味ないかもだけど。


 逆に異世界に行くデメリットは、さっきも占い師さんが言ってた通り家族とか友達と会えなくなることだな。


 友達に関しては俺がいなくても大丈夫だろうな。仲良い奴もいるけど、なんだかんだ笑い話にしてくれると思う。


 家族は......どうだろうな。俺は家族と会えないってなっても多分吹っ切れると思う。問題は両親だなぁ。


 うちの両親は家族のことをとても愛してくれている。これまで19年育ててもらって、それは十分すぎるほどに伝わってる。


 そんな両親に、何も返せないまま別れるのかと、そう思うと胸が苦しい。


 だけど、この先。この世界で生きていく将来のことを考えて、不安しかないのも事実。最近は死にてぇなぁなんて、そんなことを3日に1回くらいは思ってるくらいだ。思春期だね。

 だから--------


  「俺はそれでも、治したいと思ってますよ」


  と、そう言う。まあ、実際にはないと思ってるから言えるだけかもしんないけどね。


「ん〜〜わっかりました!言質はとりましたよ!?今からやっぱり〜とかなしっすからね!?ではでは、善は急げ、思い立ったが吉日、猪突猛進っす!『なんじゃらほいほいゲートオープン』!」


 瞬間、俺の頭が爆発する。もちろん比喩だ。


 情報量が多すぎる。なんかいきなり口調変わってない?とか猪突猛進ってちょっと違くない?とかなんじゃらほいほいってそれこそなんじゃらほい?とか色々ある。が、1番俺の脳が処理できなかったのはーー


  「ゲ.....ェ...ト...?」


 占い師さんの背後、俺の視線の先に突然現れた真っ白い何か。縁は不自然に周りの景色と切り離されており、形はただのアーチ状。ただただ、ひたすらに白く、どこまでも先へ続いている、恐ろしいと思えるほどの何か。


 だがそれは、俺の脳にはっきりと己はゲートだと主張をしてくる。刻み込んでくる。ここをくぐるのだと、そう囁いてくるような、そんな何かが俺の頭をバグらせた。


「えー.....これがゲート....ですか」


「はい、そうっす!いやー久々に出したんで疲れましたよー。今日は帰ったら520年ものの神酒でも空けちゃいましょうかね!」


 占い師さんが何ごとか喋っているが、俺の頭には入ってこない。目の前の何かに、意識が、吸い、寄せ、ら   れ    て


「ふふっ、それでは異世界クラリアへ、どうぞ行ってらっしゃいませ、天水蒼様。貴方様が幸せな生を送れますよう、心より願っております」

















「いやー、行ってくれてほんとに良かったっすわ。これでようやく有給が取れるっすよぉ」


 未だ人通りの多い駅の改札前にあるスペースに、に誰からも視線を向けられないまま、占い師の格好を、いや、いつの間に着替えたのか、上下ともにジャージのような服を着ている彼女は、不意に自分に訪れた幸運を心の底から噛み締めていた。


「ふっふっふ。これでようやく、いつも『あなたが働いてるとこ、ここ70年くらい見てないのだけど』とかバカにしてくるセーナや、『なぁ、オレも一緒に手伝うからさ、頑張ってみねぇか?な?』ってうざいほど心配してくるヴィーチェにもでかい顔ができるってもんですよ!」


 確かに、同僚の中では稀に見る怠け者の彼女が76年ぶりに仕事を果たしたのだ。それは誇らしいことだろうが....彼女の同僚たちはその10倍ほど働いているので、決してでかい顔ができるわけではないことをここに記そう。


 同僚と比べれば、彼女は常に有給を取っているような物である。


「あー、そーいやどこの所属なのか調べ忘れてたっすね。えーっと......おっかしいっすね、出てこないっす」


 何事かぼやきながら、彼女は手に持つ端末をいじっている。そうして、しばらくは画面と睨めっこをしていたが----


「ふぁー。ま、今日は疲れたし明日でいいっすよね。なんせ久々働いたんすから。それくらいは許されるでしょう。というか、許されないとおかしいっすね!」


 うんうん。と、1人で頷きながら勝手に納得してしまった彼女は、同僚から貸してもらった『占い師セット〜これであなたも素敵な運命ガールに!』を、新しく作り出した宙に浮かぶ穴に放り込んでいく。


「よーし片付けも終わったことですし、寝酒でも飲んで寝ましょうかね!いやぁ、ボーナスとか出るっすかねぇ---」


 そんな言葉を残して、彼女自身もまた、宙に浮かぶ穴に入り込んでいく。


 その穴も、そして先程1人の少年が歩いて行った不気味な白い何かも、その姿は跡形もなく消えてしまい。


 後には、そこに何かあったであろう不自然な空間が残ったが、しかし、それも人の波に飲まれていって。


 そこには、普通で自然で平穏な、いつもの日常が戻ってきたのであった。

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