アサシンズ・ブルース

@Pz5

Overture

人類は再度世界大戦を起こした。

 しかしそれは、過去の様な破滅的破壊と殲滅を齎す物ではなく、電子世界での互いのインフラ破壊と遠隔無人機による「最小限」の虐殺によって遂行されるものとなり、勝者も敗者も判らぬまま、ズルズルと互いを疲弊させ、遂に勝者なきまま「停戦」と言う形に納まった。大戦の際、超限戦の発端を開いた中国は「人類への信頼を毀損した罪」として、モンゴル平原を得る変わりに、再度上海等の一部を「租界」と言う形で明け渡す事となる。

 その租界が定着して半世紀、治外法権等が入組んだ隙間にコングロマリット化した国際犯罪組織が入り込み、上海は200年ぶりに「魔都」としてその頽廃的繁栄を表していた……





「さて、ここだ」


 暗がりの奥にある自動ドアを開き、男が呟く。

 全身を黒い動き易い服装で包み、ピストルベルトとサスペンダーの簡単な武装をしている。

 消音性の高いゴム底のブーツを更に忍び足にして中に入ると、ベルトのポーチから小さな矩形の装置を取出し、部屋の奥に向けてボタンを押す。

 すると、赤外線等を使った防犯装置の線が浮かび上がる。

 その線をくぐった奥の壁、金庫の様なハンドル付きの扉に自動拳銃に付けたライトの明かりを向ける。

 扉を確認すると、男は別の装置のボタンを押した。


 その途端、防犯システムがダウンする。

 静かに。


「へへ、いくらご大層なシステムを組んでも、クラックしちまえば訳ないな」

 男はそう呟くと後方にハンドサインを送り、拳銃を構えながら奥に進む。

 ハンドサインに導かれ、同じ様な格好をした男達が他に2人入って来る。

 互いに互いの死角を補い、音を立てない様、ゆっくりと。


 数秒が数時間に感じられる長距離行軍の果て、漸く先頭の男が金庫のハンドルの前に辿り着き別の装置を取出す。その装置から何か引き出すとハンドルの奥の金属面に取り付け、装置本体を見る事なく操作する。


「ち。電子システムと機械式の複合か」

「厄介なんですか?」


 先頭の男の舌打ちに、思わず他の一人が反応する。


「口を出すな。ちと手間なだけだ。それよりしっかり見張ってろ」

 見張りの指示を受けた男は黙って「了解」のハンドサインを送り、再び拳銃を構える。


「どうせ逃げられんぞ」


 部屋中に響き渡る声。

 それは、上からだった。


「な!?」

 見張りの2人が拳銃のライトで天井を照らす。

 そこには何もなかった。


 一迅の風を除いて。


 黒い影が入り口からの薄暗い逆光と黒い額縁の中、二人の黒尽くめの間に浮かび上がる。


「貴様!」

 見張りの男2人はその言葉と同時に引金を引く。


 プスップスッ


 サプレッサーから激しく漏れる空気。

 スライドが作動する摩擦音と排出された薬莢の転がる音。

 火薬の香り。


 うめき声と共に暗がりから先頭の男の足元に血が流れる。


「どっちだ?」

 先頭の男が銃口とライトの光を入り口の方に送ると、そこには既に何も無かった。


「目の前だ」

 突然現れる長い銀髪の男の顔。

 痩けた頬に左の眼孔の上下には大きな傷。

 灰色の目は大きく見開かれている。

 銀髪の男は黒尽くめの男の拳銃を掴むと、銃口を自分の額に押付ける。


「良く狙いたまえよ?ああなりたく無ければな」

 その顔の向こうには互いの顔を撃ち合った元部下2人が見える。

 銃のライトが銀髪の男の顔を白くトバす。


「な?お前は……」

 黒尽くめの男は拳銃の引金を引くも、撃鉄は落ちるが発火しない。


「ショートリコイルが噛み合っていないようだな。スライドも動かん」

 銀髪の男はそう言うと、トリガーガード内の黒衣の男の指を自身の親指で押しのけ、そのまま撃鉄を下げながら男の手首をあらぬ方向に押し曲げて自動拳銃を奪うと同時に、侵入者の鳩尾に膝蹴りを加える。

 その際、マグキャッチを押し弾倉を抜きつつスライドを後退させ薬室内の銃弾も排出すると、そのまま分解し、崩れ落ちた男の目の前に落とす。


 分解されたスライドとバレル、スプリングが落ちてくる。


 銀髪の男の手には武器らしい武器は見あたらなかった。


 その動きの流れのまま、呻く侵入者の頸椎目掛け、ブーツの踵を落とす。


 革のブーツの甲高い音と頸椎が破壊される鈍い音が重なる。


「こいつら……プロじゃないな……?」


 銀髪の男が忌々しげに倒れた三体の死体を見ていると、部屋中に拍手の音が響き渡る。

 その拍手を合図に部屋が明るくなる。


「いや、流石『ラ・トルレ』。素晴らしいヴラーヴィー素晴らしいヴラーヴィー

 その声は入り口から響いてきた。

 幾つも釘を打った革底の踵がカツカツと音を立てて部屋に入って来る。

 そこには、濃紺のフランネルに幅広の太いチョークストライプが入ったダブルのスーツに紫のシャツ、黒にも紫にも見えるシルクのタイを絞めた、灰色の髪を後ろに撫で付けた壮年が拍手をしながら立っていた。

 紫のダブルカフスには純金に黒い宝石があしらわれた鷲爪型のカフリンクスと、金色の腕時計が覗く。


 その壮年を銀髪の男は横目で見る。

 立てたダークグレーのトレンチコートの襟と長い前髪の隙間からでも充分判る敵意を剥き出しで。


「俺は『プロ相手専門』だ、と伝えたハズだが?」

 銀髪の男はつま先を新たに入ってきた壮年の方に向ける。

「おおっと、そう怒らないでくれたまえよ」

 壮年は拍手していた手を上げ、両掌を銀髪の男に見せると肩をすくめる。

「彼等は間違い無く『プロ』さ。少なくとも堅気じゃぁない」

 スーツの男は軽く笑ってみせる。

「『その手の筋の者』だとしても『この手の仕事』では完全に素人だった」

 トレンチコートの男は同じ表情のままスーツの男を睨む。

「私の敵対組織の者だ。私からしてみれば、充分に『プロ』なのだがね」

 そう言うと、指を鳴らす。

 それを合図に幾人かの男が部屋に入ってきて「掃除」を始める。

 部下の一人が先を切った葉巻に火を着け、スーツの男に差出す。

 それを受け取った壮年は一吸いし、大きく吐き出して燻らせると、天井を見ながら話を続ける。

「少なくとも、ここまで侵入できる程度には『プロ』だとおもうがね?ん?」

 銀髪の男はつまらなさそうに周囲に視線を送り続ける。

「それなら、警備屋にでも頼んだ方がよほど安くつくと思うがね?俺は随分と割高だろう」

「警備屋?我々が?ハハ」

 壮年はそう言うと再び葉巻を燻らせる。

「流石、プロは冗談も上手い」

 そう言いながら葉巻を近くの部下に渡すと、懐を探り出す。

 銀髪の男は相変わらずつまらなさそうに見ている。

「今回の依頼の目標は彼らじゃない。こちらだ」

 その言葉と同時に懐から一枚の写真を取出すと、それを銀髪の男に渡す。

 そこには一人の少女が写っていた。

 歳の頃二十歳前程度、金髪を纏め、耳には幾つものピアスが刺さっており、明らかに酩酊状態な上に、大きくはだけた肩にはタトゥも見える。

「これこそどう見ても素人だが?俺は自主的に『目標』をあんたに変えた方が良さそうだな」

 「塔」はそう言うと、体の正面を壮年の方へ向ける。

 周囲の黒服の動きが変わる。

「誰も『抹消目標』などとは言っておらんよ。それは私の娘だ」

 往年は両手を振ると、笑いながらそう返す。

 それを聞き、銀髪の男の眉間に皺が寄るも、そのまま黙っている。

「それは『護衛目標』だ」

 その言葉で、傷の男はため息を吐く。

「それなら、なおさら警備屋の方がお得だな」

「『何から』護衛するか、それを聞けば納得してもらえると思えるがね」

 スーツの男は再び懐から写真を取出す。

「こいつは……」

 それを見たプロが思わず声を漏らす。

「プロ中のプロだろう?」

 壮年は方眉を上げて返す。

「だが、こいつは引退したはずだが?」

「そう、引退してる。だが……」

 そこで壮年は大きくため息を吐く。

「我々の敵対組織がそいつをけしかけて我家コーサ・ノストラを潰そうとしている、との情報が入ってね」

 再び葉巻を受け取り燻らせるとそのまま続ける。

「親としては、娘を安全にしておきたいのだよ。それに……」

 スーツの男は紫煙の隙間から鳶色の目を向ける。

「これ程の好機フォルトゥーナ、そうそうないだろう?『悪魔の家』君シニョール・コーサ・ディアブロ?」


 これを受けた灰色の目はしばし天井を見ると、再び鳶色の目に向き合う。

「わかった。引き受けよう」

「では、よろしく頼むよ」

 壮年は青年に握手の手差出し、青年は壮年のその手を受けた。

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