第52話 バー・ユリイカ(2)

「ルカちゃんはお酒を飲もうと思ったことはないの?」


 マナはいきなり何を言い出すのか――などとユウトも思っていたが、しかしそれが疑問には浮かばなかった、と言われるかというと嘘になる。


 実のところ、ルサルカについてあまり詳細を把握出来ていない。ユウトとしても、ルサルカの願いに精一杯応えようとするためには、彼女の人となりを知らなければ何も始まらないのだ。


「私は……一応飲まないといけないことはありましたが、しかしあくまで儀式……、あ、いや、格式張った場で飲むことが多かったですね」


 少しは空気を読んで発言してくれているのをユウトは理解して、少し安心した。それでそのまま話を始めてしまったら、取り返しのつかないことになりかねない。


 ルサルカはやはり何処か抜けているところがある――ユウトはそうも考えていた。それは彼女が普通の人間ではないからなのかもしれないし、それについては時間をかけて理解していくしか考えられなかった。


「格式張った、ねぇ……。どういう環境に置かれていたのかは知らねえけれどよ、酒は気楽に飲むのが一番だ。そうじゃないと、旨くねえからな!」


「そう言っているけれど、昼間からグビグビ飲んでいる言い訳にはならないと思うのだけれど……?」


 マナの鋭い指摘を余所に、未だ酒を呷るハンス。


「……じゃあ、ファントムの話は全く知らないってことで良いのか?」

「残念ではあるけれど、その通りよ。少しはハンスの手助けになってあげたいけれどね。……無い袖は振れないとは言うし」

「そうか……、それは残念だ。あんたなら何か知っていると思ったんだけれどな。当てが外れたか。いや、だったら今の話は忘れてくれ」

「それよりもハンス、聞いて欲しいことがあるんだけれどね?」


 バーテンダーはそう言って、ハンスにちょいちょいとこっちに来るように合図する。


「耳を貸せってか? 何か良い話でも聞いたのか。だとしたら嬉しいものだけれどな……」


 ハンスはぶつくさ言いながら、バーテンダーに近づく。


「……あのね、最近うちのゴミを漁る人が出てきたのよ。しかも、見窄らしい格好でね、ここいらじゃ見たことのない人間だったのよ。だってそうでしょう? 表通りは、あなた達警察が『大掃除』をしたはずなんですもの。だったら、こんな場所に貧民なんて居るはずがないじゃない」

「……そりゃあ、そうだな。見間違いじゃないのか? 幾ら何でも、そんなことは有り得ないはずだぞ。俺も思い出したくはねえが……、あの『大掃除』で貧民は全て一掃されたはずだ。職を付けられた人間も居たし、管理者側で奴隷として購入した人材だって居たし、多過ぎる人材は他のシェルターにも売り払ったりしたはずだ。だからこのシェルターに貧民なんて――」

「それが居たのよ。なに、私の話を信用しないつもり? ちょっと呆れちゃうなあ。ずっとここで酒を飲んできたじゃない。そのマスターの言葉が信用出来ないって訳?」

「信用出来ないというよりかは、証拠が見当たらないから信じようがない……という話になるんだが。やれやれ、それを言われちゃあしょうがねえな。続けてくれ」

「……ハンスさん、めちゃくちゃ丸め込まれているような……」

「マナ。男ってのはああいうもんだよ……多分」


 マナの呟きに、アンバーは答える。

 ということはアンバーもまた、このような経験があったのかもしれない。


「……一度私ね、その子がゴミを漁っている現場を目の当たりにしたことがあったの。それまでは猫か何かがやっていたのかなと思っていたのよ。けれど、ちょっとばかしゴミを出すのが遅かった日に、ゴソゴソ何かを漁る音が聞こえてね。ああ、これはちょっと脅かして犯人を炙り出すチャンスだと思ったの。そして扉を開けたら――」

「……人間が、ゴミを漁っていたって訳か。そりゃあ予想外の展開だわな」

「分かってくれたかしら?」


 バーテンダーの言葉に、ハンスはしきりに頷いた。


「ああ、分かったよ。取り敢えず、マスターは嘘を言っていないことはずっと前から分かっていたことだからな。続けてくれ、その人間に出会ったと言うことは……何かしたんだろう? 懲罰か? 警察に突き出したんじゃあないだろうしな」

「そりゃあそうよ。突き出しようがないじゃない。いきなり人間がゴミを漁っているのを見て、衝撃を受けたのだし。それに……、さらにもう一つ衝撃を受けることになったのだけれどね。そのゴミを漁っていた犯人は、女の子だったのよ。服がボロボロで、この辺りでそんな格好をしていると笑われちゃうか石を投げられるかいずれか、ってぐらいのね」

 

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