第41話 貧民街(9)

 家の中は意外と小綺麗に纏まっていた。真ん中にあるテーブルには、何人か向かって座っている。とはいえ、座っているのはテーブルにではなく、きちんと椅子に腰掛けていた。それぞれボロボロになってしまっているとはいえ、今まで見てきた椅子の中では比較的綺麗になっているものだと言えるだろう。


「狭い家だが、寛いでくれよ。今、お茶を持ってくるからさ」

「別に気にしないでくれ……とは言いたいところだが、喉が渇いたのは事実だな……」

「ははっ。身体は正直なもんだな。……まぁ、安心してくれ。ちゃんとしたものを出してやるからよ」


 そう言って奥の部屋へ消えていく少女。

 椅子に座っている何人かの少年少女は、事態を察したのか、それぞれ部屋の奥へと隠れてしまった。誰も居なくなったテーブルと椅子を見て、ユウト達は漸くそこに腰掛けることにした。

 ユウトは待っている間に、部屋の様子を眺めることにした。壁には色々な落書きが貼り付けられており、その大半はあのリーダー格の少女の似顔絵のようだった。絵のクオリティは高いものも低いものもあり、それぞれ味がある感じだ。

 壁に掛けられているのは、何もそれだけではない。空っぽになっている鞄も掛けられている。それが何に使うものなのかは、ユウトにはさっぱり理解出来なかった。


「……いやぁ、なかなか数が揃わなくてな。別に悪い味じゃないと思うぜ?」


 そう言って、少女が持ってきたのはアルミ缶に入ったお茶だった。上の世界では銅貨一枚もあれば購入することは出来る、非常に安っぽい代物ではあるのだが、貧民街ではそれを見かけることは非常に少ない、貴重品であった。


「……良いのか? ここじゃ貴重だろ、アルミ缶の飲料なんて……」

「良いって、良いって。別にその空き缶を売り払えば、一本分ぐらいにはなるんだ。だったら、お金にした方が良いってね。……あ、でもそれはちゃんとしたものだから安心しろよな」


 少女は縁が欠けているコップに水を注いでいるようだった。テーブルの一番奥にある椅子に腰掛けると、少女はそれぞれにアルミ缶を手渡した。


「……じゃあ、話を始めようか。で、何の用事でここに来たんだったかな」

「『グループ』のことと、アンナについて質問したい」

「グループ……ったって、別にアンタ達の面白いような話じゃねーよ。一人じゃ暮らしていけねーから、こうやって連んでいるだけの話。別にそれ以上でもそれ以下でもねーし。ただまぁ、一人で暮らしていたら難しいことも、複数人なら何とかなることもある。……結果として、こんな感じで暮らしているのもまた、グループのメリットなのかもしれねーな」

「グループの……メリット?」


 ユウトの言葉に、少女は首を傾げる。


「アンタ……ハンターだろ? ハンターはどれぐらい稼げるか分からねーけれど、少なくとも自立は出来るだろ。一人暮らしするにはどれぐらい稼げば良いのかも、こんな底辺層のアタシ達だって分かっていることだ。けれども、底辺層に居る人間は……上の世界の職業に就くことは出来ない。絶対に、成り上がることは出来ないんだ。何故か分かるか?」

「……管理者がそれを崩したくないから、か?」


 ユウトの言葉に、少女は頷く。


「半分正解だね。管理者はこの図式を崩したくないのさ。上の世界で必死に暮らしているのは、管理者に逆らったら貧民街に落ちるかもしれないから。そして、貧民街には実際に見せしめで落とされている人も居る。見ているととても可哀想に見えてくるよ。……まぁ、人を慰められるぐらい、こちらにも余裕がある訳じゃないんだがね」

「……反乱なんて、誰も起こせやしないからな」


 シェルターの図式は、意外とシンプルなものだ。シェルターの最上層には、管理者が存在していて、管理者は上の世界――地上部分を管理している。地上の人間は噂程度にしか知らない情報として、貧民街への左遷がちらついてくる。明文化はしていないものの、処罰の部分にそれが入ってくるのは暗黙の了解となっているのだから。

 そして、貧民街の人間は元々そこに住まわせている人間も含め、厳格な管理がされている。即ち、そこから抜け出して這い上がることは絶対に許されない。強いて言うならば、管理者との強いパイプがあれば不可能ではないだろうが、ほぼゼロに近いと言って過言はないだろう。


「……貧民街に生まれた時点で、未来への希望がない。そんな世界、どうかしていると思わねーか?」

「……それは」


 どうかしているとは、ユウトだって分かっていた。

 歪な世界であることは、歪んでいる世界であるということは、きっと多くの人間が認識していることだった。

 けれども、それを認識して声高に叫ぶことは誰も居ないだろう。何故ならそれをすることで、自分の生活が脅かされてしまうからだ。脅かされてしまったら、それは意味がない。とはいえ、安全圏から攻撃するのも性格が悪い。ただ、それが一番楽であることもまた事実だ。


「チャンスがない訳ではないはずだろう。……例えば、シェルターから独立した存在に向かえば、今とは違う可能性があるのではないかな」

「……どういうことだよ」


 少女は少しだけ顔を近づけて、言った。

 アンバーの言っている言葉の意味が理解出来なかったのと、そんなものが本当に存在するのかということについて、確認したかったのかもしれない。


「言ったまでのことだ。シェルターは世界に幾つあるか知っているかな? ……この第七シェルターを含めて、全部で十個。ただしそれは『ここみたいな』シェルターだけに限られる。中にはあるのだよ、ここが公営だとするならば、民間で運営している……いわば民営のシェルターが」

 

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