第24話 見習いハンター(6)

「お待たせ! ……持ってきたわよ、ルカちゃんに似合う服を!」


 レティシアが部屋の奥から服を持ってきたのは、それから十分後のことであった。


「遅かったね……。待たせたぐらいの価値はあるんだろうね?」

「相変わらず手厳しいわね。……まあ、それぐらいは言えるでしょう。いずれにせよ、これが良いかどうかはあなたが判断しなさい。あ、あなたと言ってもマリーではなく……、これを身につけるのはルカちゃんなんだからね」


 ルサルカはそう言われて、どうしたら良いのか分からなくなってしまった。

 もしレティシアが持ってきた代物を、自分が好きじゃなかったらどうしよう――。見る前にそう考えてしまうのは、若干本末転倒みたいなところもあるかもしれない。


「じゃじゃーん! 見てみて。今までこれを身につけられる人なんて居るのかなんて思っていたのだけれど……、結構似合いそうな感じがするでしょう?」


 レティシアがマリーとルサルカに見せたのは、鎧だった。

 しかも、ただの鎧ではなく、スカートがくっついている。鎧というよりドレスに近い。というか、ドレスに胸当てをつけたような感じが正しい表現なのかもしれない。


「……これ、良く手に入れたわね。今まで売れなかったんじゃないの? 埃被っていたりしない?」

「そこら辺は安心しなさい。私はどんな商品だって常に最高の状態で提供出来るようにしているのだから」

「つまり、清潔を保っている、と……。まあ、それぐらいは当然なのかもしれないけれど」


 レティシアから鎧を取り上げると、マリーはその重さに驚いた。


「何これ、軽っ……! 逆にアタシが使いたいぐらい……!」

「残念だが、同じものは存在しない。それが闇市の暗黙の了解さね。それぐらいは、マリーも知っているはずだと思ったけれどね?」

「知っているわよ。知っているけれど……! ぐぬぬ、うん……、名残惜しいけれど、今回はルカちゃんに譲るわ……」


 ルサルカにそれを手渡すと、レティシアが見計らったタイミングで、奥の部屋へと背中を押していった。


「さぁさぁ、どういう感じか装備してみましょう。話はそれから。……あぁ、別に着ちゃったから買い取り、なんてそんなみみっちいことは言いませんからご安心を! さぁ、さぁさぁさぁ!」


 ぐい、ぐいぐいぐい、と若干強引に試着室へとルサルカの身体を押し込んでいった。


「……これ、どうやって着たら良いのか分からないのですけれど」

「おぉ、そうだったか! 私としたことが、とんだミスをしてしまった。申し訳ありませんね、それじゃあ、私が手取り足取り手伝ってあげましょうか! 何、そんな難しい話じゃありませんから、慣れてしまえば五分もかからないですよ、装備するまでに」

「いや、そういうことを言いたいのではなくて……」


 しかし、ルサルカの言葉を無視して、レティシアはその鎧をルサルカに着せていくのだった。



   ◇◇◇



「待った?」

「待ちすぎて何度か下に降りようかと考えたぐらいだ……。女性の買い物ってこんなに時間がかかるものなのか? 俺、マーちゃんぐらいしか経験がないから全然分からないんだけれど」


 マリー達がルサルカの装備を調えて階上に向かった頃には、階段を降りてから随分時間が経過していた。具体的な時間はあまり三人は覚えていなかったかもしれないが、開口一番にユウトが不満を漏らすところを見るからに、相当の時間が経過していたのだろう。


「……で、どうだった? 見つかったか。……まぁ、その風貌を見るからに、答えはもう分かりきっているのだろうけれど」


 ルサルカの格好は、ここにやって来た時とは全く違っていた。

 服装は先程レティシアが持ってきた、ドレスと鎧が融合したような装備となっていて、肩には細長い鞄と――弓がかけられていた。


「……にしても、弓を選ぶというのは、結構玄人な感じがするんだが、気のせいか?」

「そうかしら? でもまあ、拳銃という選択肢もあったといえばあったのよ? けれど、ルカちゃんが一目見てこれが良いと思ったようで……」

「軽いですし、使い方がシンプルです。……一番は、これを使わずにハンターの仕事をこなすことでもあるのですが」


 それは難しいだろうな、とユウトは呟いた。実際、彼の経験上、武器を使うことなくハンターの仕事――つまり、遺物探しがメインとなる訳だが――を終えたことが少ない。完全にない訳ではなく、十回に一回あれば良いぐらいで、大抵はミュータントや同業者といざこざになることが多々あるからだ。ミュータントとなら戦いをすれば終わる話ではあるものの、同業者となると駆け引きが出てくるから、何かと面倒だ。

 とはいえ、ルサルカが同業者と争うことはほぼゼロと言って良いだろう――ユウトはそうも考えていた。今後ルサルカがハンターとして活動していくとしても、それはあくまでも彼女の目的を達成するための手段に過ぎず、例えば遺跡に向かう時だってユウトが常についていく必要があったからだ。ルサルカ自身はそう願っていないとしても――それは有り難いことではあろうが――最初に彼女と邂逅した責任がある、とユウトは考えていたからだ。

 当然、それを面と向かって言っておくべきなのだろうが、それを言えずにいた。

 小っ恥ずかしいところもあれば、言わないでおいた方が良いだろうと思ったところもあるのかもしれない。


「……それじゃあ、お金を払うよ。幾ら?」

「十枚で良いよ」

「………………は?」


 予想外の台詞が飛び出したことから、ユウトは目を丸くしてしまった。

 闇市と言えば、どんな商品だって手に入れることが出来る場所ではあるが、それには多数の金銭が関わってくる。要するに、欲しい商品があればそれなりにお金を持ってこい、というのが闇市のルールにもなっていた訳だ。

 そして、それから考えるに――武器と防具併せて金貨十枚はあまりにも破格だった。普通に武器と防具をメインストリートの正規の販売店で購入するのと大差がない。いや、寧ろ表よりも安いかもしれない。ユウトはそう思っていた。


「……もしかして、何か裏があるとでも思っているのかな? 安心しなさい、ここにある商品は皆私の厳しいチェックを潜り抜けているのさ。今回だって、普通に請求したらその三倍は最低でもするだろうね」

「それじゃあ、どうして十枚で?」

「ルカちゃんのハンターライセンス取得記念さ。後は……、マリーは良く来てくれているからねぇ、それもあるかな」

「アタシに感謝しなさいよね」


 胸を張っているマリーだが、実際にネゴシエーションをした訳でもないので、胸を張る必要はなかった。一言で切り捨てるならば、余計な動作だった。


「……それじゃあ、お言葉に甘えて」


 そうして、ユウトはルサルカの給金が入っている袋から、金貨十枚を取り出してレティシアに手渡した。

 レティシアはざっくりと数え終えると、笑みを浮かべる。


「……はい、確かに十枚確認したよ。じゃあ、毎度あり。何かあったら、また来なさいな」


 そうして、ルサルカの装備選びはいとも簡単に幕を下ろすのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る