第22話 見習いハンター(4)

「良いのですか?」

「何が?」


 レティシアを先頭にして、カウンターの奥にある階段を降りていく。

 ルサルカの問いに、マリーは何を言われているのかさっぱり分からなかったが、直ぐにそれが何を意味しているのか把握した。


「――ああ、もしかしてユーくんのこと? ユーくんなら安心しなよ、それにさっきも言ったじゃない。女性の洋服を見繕うのに、男性が居る訳にもいかないでしょう? だから、女性が店員をしているこの店に来た訳だし……。一応言っておくと、表通りの防具屋は店主が男臭いからねぇ」


 階下まで降りると、扉があった。しかしそれはただの扉ではなく、十個のボタンが四角形に並べられた装置が設置されている。


「……これは?」

「ああ、これは……、アレだよ。一応闇市をやっている人間だから、立ち入り検査が入った時に何かあったら困るからね。ここはシェルターということにしているのよ。シェルターなら、プライバシーに関わるからシェルターの管理者も無闇矢鱈に立ち入らない、って訳。マリーはパスワード知っているわよね?」

「0209でしょ。……もっと分かりにくいパスワードにした方が良いような気がするのだけれど、まあ、そこは本人の気分次第だから、致し方ないわよね」

「分かりにくいパスワードって、ほかに何かある?」


 レティシアの問いに、首を傾げるマリー。言われてみれば、分かりにくいパスワードというのはどのようなものが当てはまるのか――ということについては、なかなか議論の終わる道筋が見えてこない。完全に無作為なパスワードならそれも実現出来そうなものだが、しかし、それを実現したとしてもいつかは誰かが覚えてしまって漏洩してしまう訳で、そうなってしまったら定期的にパスワードを変えるしか道が見えてこない、という訳だ。


「パスワードを変えたところで、いつかはそのパスワードが脆弱性を高めてしまうことは有り得る訳だし、その辺は致し方ないのかもしれないけれどね……。でも、それは別に駄目なことだとは思っていないのだけれどね」


 レティシアを先頭にして、扉の先へと入っていく。

 扉の奥に広がっていたのは、武器や防具がたくさん並べられた空間だった。棚には幾つかの防具がハンガーで吊るされていて、その上には武器が一つ一つ丁寧に置かれている。丁寧な仕事、というのはやはり女性の印象が大きい。


「……やっぱり、見た目から綺麗にしないと、色々と五月蠅いのよね。だから、女性が良くやってくるようになったと言っても良いのかもしれないけれど……。日々の研鑽の賜物かもね」

「日々の研鑽……ねぇ。ところで、ルカちゃんはどれが良いと思う? 好きなものを選んでくれて良いからね。……どうせ、あそこで働いた分のお金も貰っているんでしょうし、ぱーっと使わないと!」

「ルカちゃんって呼んでいるの? 可愛いわねぇ、マリーも。たまには女の子っぽいところがあるというか……」

「私はいつだって女の子ですけれど?」

「……そうね、ちょっと言い過ぎたわ。で、どうするの? ルカちゃん、あなたはいったいどういうタイプのハンターになろうと考えている訳? マリーは見たら分かるかもしれないけれど、大剣を使っている。女性としては珍しい武器でしょうね。けれども、今はマリーに対して武器を変えるようアドバイスをするハンターなんて居やしない。皆、マリーの実力を理解しているからかもしれないけれど、そうやって自分の道を切り開いたのも居るわ。どういうハンターになりたいか、先ずはロードマップを作ることが大事だと思うわよ」

「ロード……マップ?」

「小難しいことを言っているけれど、要するに設計図とでも言えば良いのかな。自分の未来を想像して、どういうハンターになるのが良いか……。その手っ取り早い考え方の一つが、武器。私は見て分かる通り、大剣。そしてユーくんは拳銃。拳銃が一番扱いやすいと言えば扱いやすいのよ? だって、重くないからね。大剣って、これでも結構な重量があるから、最初はなかなか扱いづらかったんだから」

「でも、今は十分に扱えているんじゃない。……良い鍛冶職人を見つけたわよね、ほんとうに」

「オーダーメイドということなんですか? その大剣は」

「あれ? もしかしてユーくんからその辺って聞いていないのかな? ……あー、ユーくんは他人にはあまり口出ししないからねぇ。それに、他人の情報をべらべらと喋る人間でもない。コミュニケーションをとるのが苦手、といえばそれまでなのだけれど、それがユーくんの取り柄とも言えるのかなぁ」

「結構ほの字だったんだぞ、マリーはあの子に」


 レティシアの茶々を聞いて、顔を赤らめて抗議するマリー。


「もう! そういうことはべらべらと言わないで、って言ったじゃない! ……口が軽いんだか、重いんだか、全く分からないわよ……」


 マリーはぷんぷん怒りながら、しかしここにやって来た目的は忘れていない様子で、防具を吟味してはルサルカを見て、ルサルカが着たらどういう感じになるか、イメージトレーニングをしているようだった。

 

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