第18話 ルサルカの願い(2)

「上下という関係がある以上、場合によっちゃそのコミュニティを崩壊に追い込む可能性だって、十二分に考えられる訳だからな……。で、それを嫌がる上層部はどうするかと言えば、」

「火種を消すしかないだろうねえ、その方が手っ取り早いから。……ま、アタシだってそうするわね」


 そして、その場合の火種はユウトとルサルカだけではない。彼らに手を差し伸べたケンスケやマスター、それにマリーまで関わってくる。


「……はっきり言って、もうこの問題はアンタとルサルカだけが抱え込む問題じゃない。それは理解しているね?」

「それぐらい……分かっていますよ。分かっているつもりです」

「ほんとうかねえ? ……ところで、あの子はこれからどうするつもりだい。ずっとここに置いていくのか?」

「駄目ですか? マスター、人手が欲しいってずっと口酸っぱく言っていたじゃないですか。だから、問題ないと思っていましたけれど」

「……アタシが断れないと思って、敢えてここに連れて来たんじゃないだろうな?」


 ユウトはそれを肯定も否定もしなかった。


「……図星と受け取っておこうか。しかしまぁ、ユウトも少しは頭の回転が回るようになったんじゃないか? 前はいつも突っ走って怪我だらけになって帰ってきていたというのに」

「よしてくれよ、昔の話は。……今は前を見ないと、な」



 ◇◇◇



 ルサルカの仕事が終わったのを見計らって、ユウトは再び階下のレストランにやって来ていた。


「どうしたんだい、今日は食欲旺盛だねえ。……それとも眠れないのかな? ホットミルクでも出してやろうか?」

「いや、そんなつもりじゃない……ってか、マスターだって分かっているはずだろう。俺が何故降りて来たのか」

「眠れないからではないのですか?」


 首を傾げるルサルカに、深々と溜息を吐くユウト。


「……ルサルカまでボケに突っ走ったら、俺はどうすりゃ良いんだよ。少なくともツッコミが足りなくなる。……そんな話をしに来たんじゃない。少なくとも、もっと真面目な話だよ」

「真面目な話?」


 ユウトは片付けられた椅子に腰掛ける。ルサルカはというと、少し遅めの夕食としてグラタンを食べているところだった。食事の時間が遅くなると、結果的に睡眠時間も遅くなってしまうため、女性には天敵のように思えそうだが、ルサルカにはそんなこと全く関係なさそうだった。


「ルサルカ……、君の願いは何だ?」

「願い……?」

「あぁ、そうだ。君が成し遂げたいと思っていること、君が実現したいと思っていること……、どんな些細なことでも構わない。ただ、もしこの前話していた以上のことがあるのならば、俺に教えて欲しいんだ」


 その言葉は、ルサルカを信用していない意味の裏返しにもなってしまう、諸刃の剣のような言葉でもあった。

 しかしながら、少なくともユウトは、決してそんなことを考えてなどいない。寧ろルサルカをもっと良く知っておきたいから、このような話を持ちかけてきている。

 尤も、それをルサルカが何処まで理解しているのか――それは彼女にしか分からないことであるのだが。


「……私が話しておかないといけないことは、きっともう話し終わっているはずだと思うけれど。それとも、未だ何か不足している情報があるのかな?」

「不足しているというか、何というか……」

「でも、私が言っていることは変わらないよ。一貫して、私はこう言っているはずだけれど。……家族を探し出す、って」


 家族を探し出す――それは確かに、ルサルカが最初に言っていたことだった。虚ろになりながらも、ロボットのように語られたその言葉からは、強い思いが感じ取られる。


「……そうだよ、それは確かに聞いた。けれど、どうすりゃ良いのか分からねーんだよな……。分からないからこそ、分かろうとしないといけないのだろうけれど、分かるとは言い難い。何とも難しい考えではあるんだろうけれど、それを理解するには……やっぱり時間がかかるんだ」

「……簡単な話だよ、ユウト」


 ルサルカとユウトの話に、マスターが割り込む。


「マスター?」

「難しく考え過ぎるから良くないんだ。もっと物事を単純に考えな……、そうしたら何かが見えてくるはずさ。今まで見えて来なかった、小さなヒントがね」


 ヒント、と言われたところで先ずは取っ掛かりがなければ始まらない。ヒントが欲しくても、第一歩が踏み出せない状況に置かれているのだから。


「ヒント、と言われても……。何か良いアイディアはあったりしないかな?」

「ないことはないよ。……ただ、かなり頑張ってもらう必要になるかもしれないがね」


 意外とあっさり出て来たその回答に、ユウトは暫く反応出来なかった。


「……何だい、目を丸くしてずっとこちらを睨み付けて。アタシが何も考えていないとでも思ったのかい? だとしたら、それは大きな間違いだよ。アタシはいつだって考えているのさ、どんなところからでも逆転ホームランを打てる一手をね。古い言葉でこんな言い伝えがある、……『野球は九回ツーアウトからだ』ってね。野球は確か、旧文明の伝統文化の一つではなかったかな?」

「そんな文化あったんですか初耳ですよ。……それはそれとして、いったいどうしたら良いんです? ルサルカの力になるなら、出来る限りのことはするつもりだけど」

「敬語にするのかしないのか、ちょっとははっきりしたらどうだい。……なに、ちょっと耳貸しな」


 そう言われて、ユウトは一日に二回も耳打ちをされることになるのだった――。

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