第2話 第七シェルター(1)

 ユウトとルサルカは、廃墟群を離れ砂漠を歩いていた。


「今、俺達が居たのは何処だ……っていうのは流石に分かるよな?」


 ユウトの問いに、ルサルカは首を横に振る。これは世界共通で否定を意味する。


「……いや、あそこを知らないんだったら、どうやってあそこにやって来たんだ……?」

「気がついたら、そこに居た――とでも言えば良いのかな」


 ルサルカは、少し砕けた感じで語り出す。

 二人は手を繋いでいる。これは決して何かしらの感情を抱いている訳ではなく、ユウトから離れないようにするためのことだった。

 そしてルサルカは、ユウトが予め持ってきていた替えのウエットスーツとガスマスクを着用している。これについては、流石に遺跡に行ける程の装備ではないのだが、ルサルカは元々この空気に慣れてしまっている以上、一先ずこれで凌ぐしかなかった。


「色々問題は山積みではあるけれど……、うん、取り敢えずはあいつに話を付けてみるか」


 溜息を吐いているユウトだったが、しかし取り敢えずの道筋は立てたようだった。


「ユウト……、何を考えているのですか?」

「うん? あ、まあ、別に気にしなくて良いよ……。これからのことについて、一応信頼出来る人間に話しておいた方が良いだろうな、と思っただけだから。それと、ルサルカ」

「はい?」

「俺に対しては、別に畏まった言い方で話さなくて良いぞ。それに、俺もこれからそうやって柔らかく話していくことにする。そういうやり方が、お互いに良いと思うからな。こればっかりは致し方ないと思ってもらう他ないんだけれど」

「……別にそちらが良いのであれば、そうしますけれど……」


 ルサルカは少しだけ顔を赤らめ、徐々に声のトーンを下げていく。

 最後に至っては、話しているんだか話していないんだか分からないぐらいのトーンだったために、ユウトが立ち止まりそちらを向いてしまったぐらいだった。

 そしてそこで漸くルサルカが顔を赤らめていることに気づき――やや曇った表情を浮かべて、また再び歩き出した。


「……済まなかった。ちょっと行き過ぎたところがあったかもしれない。ただ、そうであればきちんと言ってくれればこちらだって何とか合わせるつもりではいるから。もし難しいのであれば、言い方は直さなくて良い。ただ、そういう話し方をするのは第七シェルターじゃあまり見かけないからさ……。目立つと思っただけだ」

「第七シェルターとは、どういう場所なんですか?」


 ルサルカの問いに、ユウトは顔を上げる。


「んーと……、俺もそこまで詳しく知っている訳じゃないんだよな。何せ、俺が生まれて、そして育ったのはずっとその第七シェルターな訳だし。ハンター稼業に勤しんでいると言っても、この周辺……あのマツダイラ都市群がメインだったからな」

「マツダイラ都市群?」

「ここはかつて科学技術によって繁栄した国があった場所だったらしいんだよな。とはいえ、旧時代の歴史で残っている情報はそれぐらいなんだけれど。マツダイラ都市群というのも、最初にあそこを見つけたハンターが、廃墟の中に残されていた遺物から判断しただけに過ぎないし。その辺りは別に気にすることでもないと思うよ」

「他にも遺跡はあるんでしょうか?」

「あるだろうねえ。シェルターが第七、って言うぐらいだから最低でもあと六つはあるだろうし。他のシェルターも同じようにこうやってハンター稼業で稼いでいるらしいから。一応、国というテリトリーは存在しているそうだけれど」

「国……ということは城があるんですか?」

「そんな大層な物じゃないと思うけれどね」


 ユウトは背負っていたリュックから、細い棒状のボトルを取り出す。

 上の線になっている部分を外すと、それは蓋のようだった。そして、蓋をコップのようにして、ボトルを傾けると、中から透明な液体が出てきた。


「……実はガスは液体にも溶け込むことがあるんだ。だから、あまり飲むことは出来ないんだけれど、今回は特別だ」

「普段はどうやって飲んでいるの?」

「ここにチューブを入れる蓋があるんだよ」


 ユウトはガスマスクの口の部分を指さす。


「ここは新鮮な空気を入れるためのフィルターもあるんだけれど、ここから水が飲めるようになっているって訳。まあ、食事も取ることが出来ないからな、外に出ているうちは」

「……外に出ているうちは?」

「さっきも言ったけれど、有毒ガスを吸い込んだ時点でお終いなんだよ。生憎、数分ぐらいだったらそこまで気にすることじゃないんだけれどね。ほら、飲みなよ」

「ありがとう……」


 ルサルカは水の入った蓋を受け取ると、ガスマスクを外し、ゆっくりと飲んでいった。


「まあ、別にそれは洗浄するから良いんだけれどね……。どうせ、もうすぐ着くし」


 ルサルカは蓋を空にすると、それをユウトに返却する。

 ユウトは蓋を閉めて、ボトルをリュックに仕舞うと、再び歩き始めた。


「――ま、取り敢えず休憩しただけだからね。それ程時間も遠くないだろうし。この高台を超えれば……、」


 そうして、高台を登り切ると、やがて彼らの視界に一つの球体が見えてきた。

 砂漠の中心にぽつんと存在する、ガラスの球体。そして、その球体の中には様々な物がミニチュアの如く犇めき合っている。


「あれが……、」

「あれが、俺の住む街――第七シェルターだよ」



   ◇◇◇



 第七シェルター――正確にはシェルターという仕組みそのものが抱える構造上の問題として、出入り口が掲げられる。出入り口は、外気を中に取り込まないように、三重構造となっているのが殆どだ。それは旧時代における防塵室クリーンルームの概念を取り込んだ物だと言われている。出入り口から中に入ると、自動的にエアシャワーが降り注ぐ。そうしてガスを完全に外装から排除した後、着替えを次の部屋で行う。着替えはそのままダストボックスのような小型の箱に投入することとなっており、予め入口で照合したIDを元に分類され、シェルター運営のクリーニングサービスへと移送される。


「こうして全て終えると――」


 自動ドアが開くと、そこに広がっていたのは都市だった。


「うわあ……!」

「意外と広いだろ? この街も」


 第七シェルターは、人口一万人が暮らすシェルターだ。地上部分と地下部分にそれぞれ居住スペースがあり、人々は皆そこで生活をしている。

 建造物と建造物の間には、硬化プラスチックで出来た管が通っており、先程クリーニングに出した衣服や人、さらには水や電気といったライフラインまで運ばれている。


「まるで血管のように、管が通っているんだよな。確かこれのシステムはこう呼ばれていたっけ――」

「『人のような街ヒューマンライクシティ』」


 ユウトとルサルカはそれを聞いて踵を返す。

 そこに立っていたのは、小太りの少年だった。ゴーグルを額に付けていて、何処か研究者のような佇まいをしていた。

 

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