008 サッカー部の横山

 昼食が終わると体育の授業になった。

 おおよそ多くの高校がそうであるように、我が校も体育は男女別々だ。


 今回、男子はグラウンドでサッカーをすることになった。

 女子は体育館を使うので、バスケかバレーでもするのだろう。


(さーて、今日も隅っこで棒立ち棒立ちっと)


 サッカーになると輝くのがサッカー部だ。

 野球部は野球になると手加減するが、サッカー部は容赦しない。

 力の限りを尽くして無双し、自分らだけで楽しみ尽くす。

 そんな彼らを見た女子は「カッコイイ」などと騒ぐわけだ。


 ということで、俺みたいな雑魚はグラウンドの隅に避難する。

 俗に「陰キャ」と呼ばれるタイプは例外なく同じような場所にいた。


「念力、ちょっと来い!」


 ところが今回、どういうわけか俺は呼ばれてしまった。

 先生にではなく、スクールカースト上位の陽キャ連中に。


「お前、キーパーな」


 サッカー部の横山が言った。

 細いヘアバンドをつけてやる気満々の茶髪野郎だ。

 プロに内定しているサッカーの名人である。

 U18とかいう18歳未満の日本代表にも選ばれている程の実力者。


 そんな横山だが、当然ながら学校ではモテモテだ。

 顔がそこそこいいこともあり、彼のファンクラブも存在している。


 しかし、横山は文香に振られた。

 数十人の仲間に協力してもらってド派手なサプライズ演出をぶちかまし、衆目の中、勝ちを確信した顔で告白した結果、「嫌です」の一言で沈んだ。

 文香は断る際に「ごめんなさい」と言うことが多いのだが、横山の時は「嫌です」だった。

 俺が彼の立場なら恥ずかしくて二度と外を出歩けないところだが、流石は陽キャといったところで、今もこうして学校に来ている。


「俺がキーパー? 何かの間違いでは?」


「いいや、間違いじゃない。お前がキーパーをするんだよ」


 横山がキーパー用のグローブを渡してくる。

 他の陽キャ連中はニタニタ笑っていた。


(なるほど、そういうことか)


 彼らの魂胆が分かった。

 俺みたいな地味な奴が文香と付き合っているのが許せないのだ。

 だからサッカーを通して俺を痛めつけたい、ということである。

 やれやれ、スポーツマンシップとやらはどこへ行ったのだ。


「分かったよ、キーパーをすればいいんだろ」


 拒否権がないようなので承諾した。


「地獄のショーの始まりだぜ」


 中二病を拗らせたようなセリフと共に横山はニタついた。


 ◇


 試合が始まるなり、俺はゴールポストの端に移動した。

 真ん中に立っていたら危険だから。

 ゴールを狙うフリをして俺の顔面を狙うことは目に見えている。


「こら念力! 真ん中に立たないか!」


 体育の先生がぶーぶー言っている。

 俺は「ワタシ ニホンゴ ワカリマセン」という顔で無視した。


「あー、これは思ったより酷いな」


 試合が始まってすぐ異変に気づいた。

 どうやら俺の味方は敵方に寝返ったようだ。


 味方のサッカー部が、あっさり野球部のハゲにボールを奪われた。

 もはや奪われたというより渡したようなものだ。

 抵抗すらしていなかった。


 そのボールが敵のエース横山に渡る。

 横山はニタニタしながらドリブルで切り込んできた。


「お前みたいなカスは文香に相応しくねぇんだよ!」


 U18の代表に相応しい凄まじいシュート。

 ボールはがら空きのゴールではなく俺に向かってきた。

 しかも顔面直撃コースだ。


(やばい!)


 咄嗟に超能力〈同極化〉を自分の手に発動する。

 顔に迫ってきたボールは、手に当たる直前で弾かれた。


 ふわりと浮くボール。

 落下地点には「やるじゃねぇか」とドヤ顔の横山。


「これでトドメだ! 死ねや! クソ野郎!」


 漫画でしか見たことのないオーバーヘッドキックが炸裂する。

 ボールは弾丸の如き軌道で俺の腹部に直撃した。


「ゴホッ……」


 胃液が逆流し、その場に崩落する。

 息が止まるかと思った。というか止まった。

 臓器が損傷してもおかしくないダメージだ。


「まだまだぁ!」


 さらに跳ね返ったボールを横山が蹴る。

 だが、このボールは幸いにも俺の頭上を過ぎてポストに当たった。


「横山! 何をやってるんだ!」


 体育の先生が怒鳴る。


「違うんすよ。ポストに当ててバウンドで入れようと思ったんす。昨日の試合でリオネル・ロナウドがやってたから、俺もやってみたくて」


「そうか、なら仕方ないな」


 横山が「へへ、さーせん」と頭をペコペコする。

 先生が離れていくと、彼は振り返り、俺に言った。


「お前如きが文香と付き合うなんざ100年早いんだよ、カスが」


 それを聞いた俺は思わず笑ってしまった。

 プッチーンと来てしまったのだ。


「なるほど、なるほどなるほど……なるほど……」


 ゆっくり立ち上がる。


「何がなるほどなんだよ陰キャ。頭がおかしくなったのか?」


「いやいや、そんなことない。ただ、よく分かったんだよ」


「分かっただと?」


「俺はてっきりゴールを明け渡せば難を逃れられると思っていた。だが、それではいけないと分かった」


「何を言っている……?」


「横山、陰キャってのは喧嘩慣れしていない雑魚カスだからな、怒ると手加減できないんだ」


 俺は一呼吸おいてから微笑む。


「お前、後悔するぜ」

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