002 競馬場にて

 競馬場の前で待つこと10分。

 待ち合わせ時間の5分前に文香がやってきた。


(文香の私服……! 素晴らしい……!)


 涼しげな水色のトップスに純白のスカート。

 肩に小さなバッグを掛けている。

 ザ・清楚系の彼女にぴったりな格好だった。


「ごめん、待たせた?」


「いいや、俺も来たところだよ」


 何度も妄想した会話が実現する。

 場所が競馬場でなければ、喜びのあまり心臓発作もあり得た。


「えっと、それで、今日はこれからどこへ行くの?」


 競馬場の前で集合したとはいえ、競馬を観るわけではない。

 そのくらいのことは俺でも分かる。


「どこって、競馬場に来たのだから競馬を観るつもりだけど」


「へっ?」


 固まる。

 おそらく今、なかなかの間抜け面を浮かべているはずだ。

 彼女の言葉が理解できなかった。


(よし、超能力で文香の心を読んでみよう!)


 ――とはならない。

 そもそも、そんな凄い超能力は持っていない。

 故に、文香の真意が分からなかった。


「競馬場ってすごく人が多いんじゃないの? それもおっさんばっかり……」


「誰がおっさんじゃい、たわけが!」


 すぐ隣を歩き去ろうとしていた老婆に怒られた。

 お前に言ったわけではないのだが、と思いつつ謝っておく。


「競馬を観るのは嫌?」


「別に嫌じゃないけど……というか、生で観たことがない」


「私もない」


「御代田さんは馬に興味あるの? 最近、馬を擬人化したソシャゲが流行ってるよね」


「ううん、興味ないよ。ソシャゲのことも知らないかな」


「え、じゃあ、なんで……」


「内緒」


「…………」


 いよいよ意味が分からない。

 だが、このまま無言で佇むのは避けたい。


「と、とにかく! 競馬を観よう!」


「うん、ありがとう」


 俺達は競馬場に入った。


 ◇


 文香が競馬に興味を持っていないのは本当だった。

 パドックを観ることもなければ、レースを観る場所も最後方だ。

 俺達をカップルと勘違いしたおっさんが気を利かせて前を譲ってくれようとした時には、「競馬に興味があるわけではないので大丈夫です」と断っていた。


「もしかして好きな騎手がいるの?」


 レースを眺めながら尋ねる。

 文香は「いないよ」と首を振った。


(ならなんで競馬場なんだ……)


 訳が分からないままレースが進んでいく。

 いよいよ本日の目玉となるG1レースが始まった。


 鮮やかな芝の上を16頭の競走馬が駆け抜けていく。

 滞りなくレースが進み、そのまま各馬が最終コーナーに突入。


 周囲の様子からすると、一番人気は13番の馬のようだ。

 名前はターフレクエルド。

 どいつもこいつも13番に絡んだ馬券を買っていた。


 ターフレクエルドはその期待に応える。

 スッと馬群から飛び出した。

 その瞬間、場内がどっと沸いた。


「いけ! いけいけ! ターフレクエルド!」


「ビシッと決めたらんかい! ターフ!」


 おっさん共は大興奮。

 馬券を買っていない俺も高揚していた。


 ターフレクエルドが差を開けていく。

 ぶっちぎりだ。

 と思いきや、後方から1頭、怒濤の追い上げを始めた。


 4番のビープインパクトだ。

 ターフレクエルドとは正反対にまるで人気がない。

 レース前、そこらのおっさんが「ビープは論外」と言っていた。


 そのビープが全力で差しにいく。

 鬼気迫る表情でターフレクエルドを猛追している。

 距離は縮まる一方だ。


「来るな! ビープ! 何してんだぁお前ぇ!」


 おっさん共が悲鳴を上げる中、ビープがターフレクエルドに迫る。

 どうなるんだ、どっちが勝つんだ。

 俺の鼻息が荒くなる。


「念力君、実は言いたいことがあるの」


 隣に立っている文香が肩をつついてきた。

 ビープとターフの肩が並んだまさにその時のことだ。

 興奮から目をカッと開いた状態で文香を見る。


「ビープぅ! お前なんでなんだよおおおおおおおお!」


 ターフレクエルドがターフに散ったのだろう。

 野太い絶叫が響き、大量の馬券が宙に舞う。


 それに合わせて文香が言った。


「好きです、私を恋人にして下さい」

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