第8話 秘密の抜け道

「お連れは気が向かないようですが」

「あぁ、今、その話の最中」

「よろしければ私も聞いていっても?」


通常のパーティならばここはNOと答えるところあっさりレダークも頷いた。大体王宮の使者なんて内部に紛れ込まれると探り合いを強いられるのが関の山だ。

おまけにひそひそ話が政にそぐわなければ罰せられるなんてことも良く聞く話である。よほど降りかかる火の粉は払う自信があるらしい。当のレダークはともかくとして。


「軍隊がかなうものじゃないことくらいはわかってるけど、お前のことだからそんな理由じゃないだろう」

「うん……実は、黄金竜というのは、特にこの王国の近辺に住んでいるものは〝知は雄にして温厚〟な竜で……実際のところ人を襲うようなことはないはずなんだ。逆に人間が狙った話ならあるけれど。それにこの国の守護獣ソル・ブレイクは……いや」


言いかけて一旦言葉を切る。守護獣の名にウォルドは反応したがラングは素知らぬ振りで黄金竜の話に戻した。


「人間がわざわざ温厚なドラゴンを狙うのか?」

「ありがちで悪いけど黄金竜の心臓からしたたる液水は不老長寿の薬になると言われているのさ」


明らかに人間が悪い、という展開だ。時の王が、という意味のあることも二人は心得ている。


「ましてグラスキングダム西の竜というのは最も古くて中でも聡明で有名だ」

「そ、そうなんですか?」


どこで有名なのかはウォルドの知ったところではなかった。

じゃあ東の竜は? 今は全く関係ない質問を興味本位でするラング。ウォルドから話を聞く前にレダークはまず東、と言っていた。


「東はたま~に人間を襲ったこともあったから……それと東の方は本当に金色だからはじめはそちらかと思ったんだ」

「では西は金色ではないのですか」


いかんせん宮廷魔術師であるから滅多なことでは城を離れないウォルド。実のところそのドラゴンの話がどこまで本当なのかもわからないことだった。最も出向いた騎士団が全滅したのは事実だ。


「さぁ? でも黄金とは呼ばれる竜だったよ」

「ま、行ってみれば分かるよな」


その言葉でレダークも決めたようだ。温厚なはずのドラゴンが人間から討伐される理由が確かにはなるだろう。


「城からは騎士団第五師団所属小隊がお供します」

「はぁ? そんなのいらねーよ」


供、と聞いてレダークの眉が大きく寄った。


「足手纏いにはなりませんよ」

「いーや絶対なる」


ラングからすれば少人数の方が動きやすいのだ。

それに攻撃を避けようとした方に人間がいたら避けられないではないか。

冗談のようだが、全ては経験から成り立つ法則だった。




翌日。

しかし、ラングの意向はかなえられなかった。

十五人の騎士たちに囲まれて王侯貴族に見送られての不本意極まりない出発である。


「……どーしてくれようか」

「怖いからやめておきなって」


どうにも単独行動をあきらめられないらしいランギヌス。


「とりあえず道案内だけさせることにしよう」


無論ドラゴンに対する好奇心だけからひきうけた依頼であるから場合によってはそのままどろん、ということも大いにありうるということだ。

しかし、さすが王国の騎士団だけあって野営の準備もばっちりなのである。しばらくは甘んじているのもいいだろう。ラングは前向きに考えを切り替えた。


「ところでラングさん」

「なんだ、あんたも来てたのか」


三日目にしてようやく気づくウォルドの存在。

興味を持たないととことん覚えが悪いこの男。ちょっとバツの悪そうな顔をして、それから気を取り直しウォルドは話を進めた。


「ドラゴンは恐ろしくはないんですか」

「じゃあ逆に聞くけど王国はどうやって倒すつもりなんだ?」


今回に限ってはラングの力とやらをかなりあてにしている様子。

ウォルドはやや沈黙した。

つまりラングを一人、けしかけるつもりなのだろう。


「最もドラゴンを軍隊が倒したなんて聞いたことも無いけど」


先にラングが言ってしまうとレダークが横でうなずく。相手が相手だけに大部隊には不適な任務ではある。だからといって一人、二人でというのもかなり無謀なのであるが。

さて、そんな訳の分からないやり取りをしているうちに一行は黄金竜が住むという山麓に辿り着いてしまった。

安穏とした道行きにかなり暇そうなラング。

キャンプから離れて白銀の山麓に夕日が落ちる様をみているとレダークがやってきた。


「……ヤな感じだな」


先に言ったのはラングである。


「そうか?」


山おろしの風はどこか冷気を帯びてこの時期さわやかこの上ない。


「……随分さむいじゃないか」


雪を頂きに冠した山を見上げてラング


「これからあそこに登るのか?」


そんな理由か。


「……実は秘密の抜け道があるんだけど」

「……なんでそんなのレダークが知ってるんだよ」

「だから秘密」


……。

細かいことはこの際どうでもいい。


「じゃあ……」


キャンプの方を振り返った。いそがしく野営の準備が続いている。炎が灯されはやくも闇が差しせまる空の下で二人はおもむろに顔を見合わせた。



『秘密の抜け道』。それはお約束的に洞窟だった。人一人がやっと入れそうな崖の割れ目に無理矢理体をくぐらししばらく酸素の無くなりそうな細い洞窟を進む。空気はひんやりとしていたが温度は一定しているようだ。

山頂にむけて雪道を歩くことを考えると蛇がいようが見たことも無い発光生物がいようがはるかにこちらの方がマシ。


と、いきなり大空洞に出くわした。


「……抜け道?」


ここまでもどう考えても『道』とは言い難かったがすでにここからは道と呼ぶような広さではない。その広さはさがなら竜の巣だ。


「竜の巣だよ」

「あぁ?」

「だからここが。う~ん、今時期だったら休眠期に入っててもいいはずなんだけど……」


呆気に立ち止まるラングを尻目にレダークがすたすたと歩き出す。なぜかほの明るい巨大な空洞が二手にわかれているところを迷わず右に進んで行く。


「こ、これはっ! ラングさん!!」

「うをっ」


ラングを正気にひきもどしたのはいきなり後ろから肩をつかんだウォルドだった。

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