第5話 喧騒明けの朝

城壁都市のフルムーンフェスティバルは自警団の手によって夜半に収束した。

昨夜の騒ぎで酒に煽られ負傷した者たちが反省したように静かに朝食を摂る中、珍しくラングの機嫌は良い。


「まさかこれってきのうのバニーちゃんじゃないよな」


あっさり肉の入ったスープを前にそんな冗談をかまし、同じ物を食べていた周囲を青ざめさせたほどだ。


「エクスたちがきたよ」

「あ、おはようございます」


カウンターを通りすがりに目が合って挨拶してくる。昨晩の珍事を思い出してラングは陽気に声を掛けた。


「きのうはおもしろいもの見せてくれたな」


ばんそうこうを貼り付けた頬ではは、と笑い濁す。

間近でみるとひたすら人の良さそうな青年だった。


「よくあの高さから落ちてそれくらいの怪我ですんだね」

「わたしという癒し手がいるのだから当然よ」

「ただ単に大動物がクッションになっただけだろ」


ユージンがむっとラングを睨み付けるがどこ吹く風だ。レダークがおっとりとエクスに隣の席を勧めた。


「勇者、なんだって?」

「いえ、目標にしているだけです。旅をしながら困っている人たちを助けてあげたくて」

「……誰かさんとは大違いだね」


レダークが感心する隣でラングはマイペースにオートミールを口へ運んでいる。


「違うわよ、エクスは自他ともに認める勇者なのよ。しかもこれだけ純粋なのは今やレアよ、レア!」

「それは違いない」


危うくスプーンを取り落としそうになりながらあっけらかんとラングも笑う。エクスが弱気に反論した。


「そんな人を珍獣扱いするなよな」

「あら、勇者なんてもの自体いまや貴重な存在よ。目指しているならそれくらいの自覚はなくちゃ」


おいおい自他共に認めてるんじゃなかったのか


「そういえばもう一人連れがいただろ。遠目にもあいつの方がやり手にみえたけどな」


確かこの二人には似つかわしくないもの静かそうな剣士だった。どこかで会った気がしてひっかかっていたのだ。


「キースなら散歩に行ったわよ」


ますます聞き覚えがある名前だ。


「キースはグラスキングダムと並ぶ二大公国ルイズ・カーナの騎士だったんです。剣の腕はすごいんですよー」

「そうねぇエクスよりずっとお役立ちよ。でもまじめすぎるのがたまに傷よね」


お前が不真面目すぎるんだろ~という言葉をエクスはけっして口に出さない。最も代わりにありありと顔に出ているので何を言いたいのかはっきりわかりやすい。それでも言わなければユージンは気づかない。


「キース、キースねぇ……」

「ひょっとして知り合いなの? ちなみにキースは藍色の髪に青い目よ」

「思い出した。双剣(ダブルソード)のキース=カーロックだな」

「ダブルソードって……キースは一刀流だけど」


間違いないと踏んでラングは昔話を聞かせてやった。


「普段はな。ピンチになると左手に常備してる短剣使うんだよ。騎士の風上にもおけないって言ってやったら以後、使わなくなったっけ」


かわいそうに……冗談交じりにからかうラングの姿が目にみえて会ったことの無い青年に同情する。しかも真に受けたのか。


「その人騎士だったんだろう? 城の人間と関わっていたこともあったんだな」

「あぁ、レダークと会うちょっと前か? ルイズ・カーナの兵士らはいいやつ多かったし。しばらく滞在してた」


キースとはその時一緒に遠征にでかけたことがある。


「騎士といっしょにって……人狼の森もぬけてきたみたいだしあんたひょっとして名のある剣士だったり?」


ユージンが上目遣いでラングを見る。通りすがりの男がまさか知らないのかといった顔つきで一言声をかけていった。


「姉ちゃん、その人『あの』ランギヌスさんだぜ?」

「えぇーー!?」


叫びと一緒に三歩も下がる。


「あんたがあのっ『愚勇者』ランギヌス!?」

「ユージンっなんてこというんだよっ」


失礼だろ! 戸惑いながらも精一杯叱責しているエクスの声は届いていない。この広い草原の国でも知名度は充分らしい。急な喧燥に一同の視線が遠慮がちに集まっていた。


「だったらどうかしたのか?」

「どうって……あの南のリゾート大国ハーラスや西の黄金大公リゾットの超ビップ待遇すら蹴りかえしたって話しじゃない。もったいないわー!」

「そういう問題か?」


なんだかこの女の性格が読めてきた。ひょっとしてこいつ……


「王様の依頼っていったら金銀パールの報償は常識よ。まさに一攫千金、どんな難題でもこなしてみせましょうって気にならないのっ」

「要するに金が一番なんだな」

「あたりまえじゃない!」


ユージンはラングの胸ぐらにつかみかかったままうっとりと陶酔している。間違いようも無くこのタイプは守銭奴の気質十分だ。そのむこうで明らかに証明するようにエクスが力なくため息をついていた。


「そういえば前にいた町で大口の依頼があったなぁ?」


いつまでも放しそうも無いのでラングはそのままの格好でレダークに同意を求めた。


「あぁ、人狼の話?」

「それだったら私たちだって受けたわよ。途中で会ったじゃない」


我に返ってそれでも離れず厳しい顔でユージンは後ろのレダークとラングを交互にみやった。


「それで任務遂行できたのか?」

「そ、それは……」

「実はあそこで会ったのは目的のワーウルフじゃなかったんだよ。ホントの敵はもっとチンケな獣人さ」

「それってどういうことですか?」


案の定のってきた。一変して神妙に大人しーく話しを聞く二人。レダークもラングの意図に気づいたようだ。〝五日前の約束〟を忘れずに二人は話しを更に進めた。


「あのワーウルフは正規の獣人族だったんだよ。魔物とは違う」

「暴れているのはもっと奥の方にいる魔物だって話しだ。満月も過ぎたしキースがいれば一発だったろうな」

「でもランギヌスさんたちが倒してきたんじゃないんですか」

「オレたちは通りすがっただけ」


ちなみに全く嘘はついていないところもポイントである。


「依頼はギルドも通していなかったから高額だったんだけどな……結局そのまま通り抜けてきただけだから未解決。戻る気が有るならもう一回紹介してやろうか?」

「本当!?」


がしぃっと今度は手を握り締めてくる。


「あんたって良い人だったのねぇ」


心底感謝されてしまった。


「でもまたあの人狼に会ったら?」

「大丈夫。私たちに会ったことを言えば通してくれる」


レダークの微笑みに勝てるものは今の所誰もいない。もちろん約束を果たすために念押しすることも忘れなかった。


「町の人にはあのワーウルフ達を間違って襲ったりしないように重々言って聞かせておいてくれないない?」

「でなきゃ逆に殺されっからな♪」


とどめはしっかりエクスに効いたらしかった。

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