第36話 慌てたローレンス

時は遡る。


ケミンとの船の契約を終えたローレンスは、慌てふためいていた。

「不味い、不味いぞー、ケミカリーナ様とキュリア様を怒らせてしまったかも知れない」


 「だから、4000金貨ですかって聞いたのに・・・」

「お前はケミカリーナ様だと解っていたのか?何故言わなかった!」


 「解りませんよ!私ケミカリーナ様とキュリア様は、初めて見たんですー!42番の船の対応なら王室用だから連絡しろって言ったのは、会長ですよ?」


「すまなかった。しかし困ったな、とりあえず、何時取りに来ても良い様に準備しておかないとな」

そう言うとローレンスは船大工を集めた。


「親方、申し訳ないが、42番の船を何時でも出航出来るようにしてくれ」

「42番?あれは王室用でしょう?まさか売れたので?」


「ああ、売れた。買ったのはケミカリーナ様とキュリア様だ。王室以上なんだから仕方ない」

「ああ成程、生き神様ですか・・・それなら王室も納得するしか有りませんか」


「その言い方は止めた方がいい、キュリア様は、かなり嫌がるからな。それと船代に250金貨上乗せ出来るから受け取ってくれ」


「ええ?そんなに高く売れたのですか?」

「此方がお願いして2500金貨迄下げて貰ったんだ」


「はぁ、凄い人ですね」

「ああ、本当に参ったよ・・・」


その日の内に船は出航出来るようにして貰った。






その日の夜・・・


家に帰ると妻のロザリンドが、上機嫌で話してきた。


「貴方、今日お店にケミカリーナ様と奥様達が、いらしたのよ。奥様達に注文服作りに来たの、それでね、サプライズで指輪もプレゼントするんですって!はぁ羨ましいわぁ!」


「店の方にも行ったのか・・・」

俺は、何となく背筋が寒くなるような感覚を覚えた。


「そう!来たの!その時小耳にはさんだ事が有るのだけど!」

妻の顔色が途端に変わる。角まで生えてるように見えた。


「貴方、ケミカリーナ様に中型のクルーザーヨットを4000金貨で売ろうとしたそうね!何処の悪徳商人なのよ!」

「待ってくれ、ケミカリーナ様だとは知らなかったのだ。受付嬢に対応させてたので・・・」


「貴方が、自分の目でお客様を確認しないのがいけないのでしょ!一緒にキュリア様も居たのですから直ぐに解った筈じゃない!そう言うところで手を抜くから今日みたいな事に為るのよ!」


「私は前から言ってたわよね!お客様は必ず確認しなさいって・・・」

ロザリンドの説教は小一時間続いた・・・


確かに俺が悪いので何も言えないが・・・疲れた・・・






次の日の朝、取引事務所に行くと早々にケミカリーナ様が支払いに訪れた。

「ケミカリーナ様、引き渡しの準備は終わっております。そして昨日は誠に申し訳ございませんでした」


「あーケミンと呼んで下さい。ローレンスさんは気にしなくて良いですよ。俺が無知だったばかりにとんだご迷惑をお掛け致しました」


此の一言で俺はやっと安堵できた。

ケミカリーナ様は本当にお優しい方なのだと沁々しみじみ思った。


納船が、済むと俺は、精霊師に会いに行く。王室に謁見を申込む為だ。

王室に納める筈の船が、売れてしまったのだ。お伺いを立てないと不味い。


俺が4000金貨などという破格値で交渉を始めたのも売りたくなかったからだ。

普通なら金額を聞いただけで諦めるのだが・・・


ケミカリーナ様は、予想の斜め上を越えていった・・・


そう考えていると精霊師より返答があった。

「明日の午後なら謁見できるそうです」


「有難う、早速王都に向かうと伝えてください」


俺はそう言うと早船の準備をした。通常王都迄は、水上バスで約2日掛かるのだが、早船を使うと1日で王都迄到着出来る。緊急用の交通手段なのだ。


早船の手配を終えると一度取引事務所に戻った。




俺は、受付嬢に言った。

「ルリアンナ、此から王都に行くことになった。妻に数日帰れないと伝えてくれ」


「分かりました、会長に工業組合から伝言が届いてます。ケミカリーナ様が、庁舎の隣の空地にアパートを建てたいので打合せの為、ラヴォージェの木の自宅にきて欲しいとの事です」


「屋敷ではなくアパートと言ったのか?」

 「ハイ!間違いなくアパートと言っておりました」


「解った。王都の帰りに寄る事にするか、俺は直ぐに王都に向かわなければならない、精霊師の所に行って3日後の昼に御伺できるとケミン様に通信して欲しい」


 「解りました。行ってらっしゃいませ」




俺は早船の船頭に大至急王都に向かう事を頼む。

俺は、考えをめぐらす。


あの空き地は、確かにケミカリーナ様のために準備された土地だ。そこに屋敷ではなくアパートを建てるとは、中々考えたものだな。あの土地の広さならアパート20棟はいける。約1000戸の住宅になるのか・・・


あの場所なら10金貨の家賃でも安いだろうから年間8万金貨以上の家賃収入になるな。1棟1万金貨として20棟で20万金貨、約2年半で元が取れる。


1階を商店用の店舗した場合、家賃収入は2倍200戸の商店の家賃が20金貨で年間96000金貨以上かこれで約2年で元が取れる計算になるな。


今まで遊んでいた土地が、一気に年間96000以上の利益を出す土地に変わるのか・・・恐ろしいことを考えるものだな・・・


早船は、一昼夜走り続け次の日の昼には王宮前の船着き場に着いた。




王宮の門番に謁見の予約が有ると伝えると王の間に通された。通常は、謁見の間に通されるのだが・・・

其処には、優しそうな年老いた王が居た。


ヨハンソン・キュリア・ケプラー十二世、ミドルネームに初代精霊王の名を冠した、ケミカリーナ王国の王である。国王になると初代国王の名前と記憶を継承する。


俺は跪き、最敬礼をして言葉を紡ぐ。

「国王様にはご機嫌麗しく、本日は、お忙しい所お時間を取って頂き、恐悦至極に存じ奉ります。」

 「ローレンスよ、よいよい、畏まるな。ここは儂とお主だけじゃ、それより要件を申せ」


「はっ、実は王家に納品予定だった船が、売れてしまいまして・・・」

 「あの船をか?売ってはいかんとは言っていなかったからな。而して、誰が買ったのじゃ?」


「ケミカリーナ様とキュリア様が、所望されまして・・・」

 「なんと!ケミカリーナ様とキュリア様が、あの船をか。そうかそうか、それで喜んでおったかの?」


「はい!次の日には、引取りに来る程でしたので、大変喜ばれていると存じます」


 「ホッホッホッホッ、そうかそうか、それは良かった。あの船は元々、二人の結婚祝いに渡すつもりだったのじゃ。喜んで貰えたなら何よりじゃな。然し、別の結婚祝いを考えなばならぬな」

国王は、本当に嬉しそうに笑いながら話した


「それならば、私もお手伝い出来ます」

国王と別の結婚祝いの相談をして、俺は王宮を後にした。


俺は蜻蛉返りでジェンナーに戻った。着いたのは次の日の夕方だった。


俺は家には戻らず、管理事務所で仮眠を取り、次の日の朝、今度はラヴォージェの木の所にある、ケミカリーナ様の自宅に向かったのだ。


船着き場に着くと、先日引き渡したクルーザーヨットが鎮座していた。俺はその隣に自分の船を係留し船着き場に降りる。


足元には宝石が散りばめられていた、ムーンストーンから始まりカーネリアン、翡翠、ターコイズに黒曜石とまあ派手だな・・・船着き場で此れなのか・・・


通路を通りラヴォージェの木に着くと巨大な屋敷が2棟建っていた。


唖然として立ち尽くしているとエルフのメイドが、1棟から出てきて「お待ちしておりました」と言われ案内を受けた。


東側の1棟に通され応接の間に案内される。

其処には、ケミカリーナ様とキュリア様が、もう来ていた。俺は跪き言った。


「遅くなって申し訳ございません。この度はアパートの建設の件で打ち合わせたいとの事でしたが宜しいでしょうか?」

俺がそう言うと切り出したのはキュリア様だった。


 「ローレンス、そんなに畏まらなくていいわ、其処に座って頂戴、もう知ってると思うけど庁舎の横の空き地を買ったのよ。そこにアパートを建てたいと思ってるのだけど、貴方はあそこに何棟建つと思ってる?」


俺は言われたままソファーに腰かけた。直ぐに紅茶が出てきた。

「私が見積もった所では、5階建てのアパートが20棟程建つと思います。約1,000戸の住宅が出来る計算になります」


 「20棟も建てられるの?多過ぎない?」


「いえ、あの辺の地価を考えるともう少し詰めてもよいと思いますが、ある程度余裕を見て20棟としました、1階部分を商店用に改装すれば、住宅だけの場合より収入が多く見込めます。」


 「成程、それで1棟の値段はいくらなの?」


「住宅のみですと8000金貨で店舗兼用棟なら1万金貨くらいになると思います」


 「と言う事は16万金貨から20万金貨掛るって事ね。ケミン、税収より多くなりそうよ如何するの?」

 「さすがに20万金貨は一括では払えないから年5万5千金貨で4回払いの分割にしようか?」


 「其れと俺達も住むから1棟の2フロアーを自宅扱いにしたいんだけど大丈夫かな?」


「其れは大丈夫です。あの場所でケミン様も一緒に住まわれるなら部屋が空室になる事は無いでしょうからかなりの収入が見込めますよ」


 「収入はどっちでも良いんだよ。赤字経営するつもりだから」

 「ケミン、まだそんな事言ってるのー?仕方ない人ねぇ」


「赤字経営とは?」

俺は、ケミン様が何を言ってるのかさっぱり解らない。儲けが無くて良いってどういう事だ?


「市長の話によると俺のジェンナーでの収入が年間10万金貨くらいになるらしいんだよ。4年間5.5万金貨ずつ払っても4.5万金貨は余る事になりそうなんだよね。普通に暮らすのにはどんなに多くても1000金貨も有れば暮らせるだろ?贅沢しても1万金貨も有れば暮らせてしまうからね。どうにかして市民に還元する方法を考えてる所なんだよ」


「はぁ、お金は有っても困らないと思いますが・・・」


 「確かに有っても困らないけど市中に出回るお金が減ったら物価が下がるでしょ?物価が下がったら皆の貰える給料も下がる、するとさらに物価が下がる。こんなデフレーションスパイラルが起きたら街の経済は衰退してしまうだろ?其れを防ぎたいから如何するか考えてるんだよ」


「町の経済の事迄、考えていらっしゃるのですか・・・」

俺は唖然とした・・・これで今日は何回目だ?


 「まあそう言う事だから、家賃は安くするつもりなんだよ月大銀貨1枚とかね」

「待ってください!あそこの立地なら10金貨でも安いくらいなのですよ!さすがに1/100は安すぎます」


 「皆そんなに給料もらってるの?月に10金貨も払えるの?」


「皆とは言いませんが、980戸くらいは埋まると思います。ケミン様とキュリア様が其処に住まわれるのでしょ?そのステータスだけでも10金貨支払う価値があると私は思います」


 「俺達が住むと言っても8月の一月だけだよ?」


「其れでも十分のステータスですよ、めったに逢えない方と一緒の場所に住めるのですから」

此処でキュリアが言う。


 「ケミン、安くしても良いけど安すぎるのは、逆にデフレを起こすんじゃないの?先日も相場は大事って言ったでしょ?ローレンスさんは10金貨でも安いって言ってるのだから言う通りにしないと他のアパートの大家さんが困るわよ?」


 「確かにそうか・・・他のアパートの大家さんの事を忘れてたよ。俺もまだまだだな・・・」

 「これでまた振り出しか、いっそうの事8月に税収が入ったら5万金貨くらい配っちゃうか」


 「そう言う事は後で考えましょ。ローレンスさんには20棟の契約で良いのね。序でに管理もお願いしたらいいわ。管理費用で給料払えばいいじゃない」


「管理まで任せて頂けるのですか!解りました。誠心誠意尽くします」

思わぬ仕事が転がり込んだ・・・


その後、20棟のアパート建設契約と管理契約を交わし交渉は終わったのだった。


その日は迎賓館に泊まる事になり豪華な夜を過ごした。

次の日、俺は朝一でジェンナーに帰った。建設の手続きのために・・・






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