テツくんとリンちゃん1

 俺たち姉弟は、他人に言わせれば、仲の良さが異様らしい。


「徹くんってさ、私とお姉さんたちが同時に病気になったら絶対、お姉さんのほうに行くよね」

「えーと……当たり前、だよな? 君は親と暮らしてるし」

「徹くんのお母さんだって、一緒に暮らしてるじゃない」

「いや、そうだけど……母さんは仕事で大変だから、負担掛けたくないし」

「あと、ずっと気になってたんだけど、どうしてお姉さんたちのこと名前で呼ぶの?」

「は? いや、姉ちゃんって呼んだら、両方振り向いちゃうじゃん」

「私、お姉さんたちよりも、徹くんの特別になりたい」

「あー……ごめん、それは無理かなぁ」

「なら別れる!」

「まー、しようがないね」


 ガリッ。

 爪を立てて、頬を引っ掻かれた。


「いってぇ」

「このっ、シスコン!」


 シスコンの、何が悪い。

 走り去る女の子を追い掛けず、俺はそのまま保健室へ向かった。


 なんでかうちはすごく貧乏で。気付いた時には、既に俺の世界には紗代となりちゃんと直兄がいた。

 父さんは別の場所で暮らしてて、正月だけ帰って来る。母さんもめちゃくちゃ働いてて、朝早くに出掛けて、夜遅くに帰ってくる。

 そうまでしないと俺たちの学費や生活費が賄えないらしい。

 夫婦仲は別段悪くないみたいで、その証拠に、父さんが帰ってくる正月には母さんも休みをとって、家族で一緒に過ごす。


 俺にとっての両親は、少し遠い存在。

 だけど二人がそろうと紗代がめちゃめちゃ喜んで、はしゃいで、少し子供っぽくなるから、俺にとっても正月は特別なんだ。


「ただいまー」


 毎週水曜日は、必ず姉弟そろって夕飯を食べる。

 みんなそれぞれ、バイトと勉強で忙しくなって、そのまま擦れ違うことを良しとしなかった紗代が決めたルール。

 そこには幼馴染みの直兄も、必ず参加する。


「おかえり、徹」

「おかえりー。あんた、顔どうしたの?」

「ほんとだ! 怪我したの? 消毒はした?」

「なんだ、徹ー。ケンカか?」

「え! ケンカなの?」

「直兄、変なこと言うなよ。紗代が真に受けるだろ! 猫にちょっかいかけて、引っ掻かれたんだよ。消毒は、学校でしてもらった」


 紗代と、なりちゃんと、直兄は、俺の大切な人たち。他と比べることなんて、できるわけない。


「どうせあんたが嫌な触り方でもして、猫を怒らせたんでしょ」

「なりちゃんだって、動物に好かれないくせに」

「うっさい!」


 今日の夕飯は、大量の餃子らしい。

 居間に座ったなりちゃんと直兄が、しゃべりながらどんどん餃子を包んでいく。


「猫かぁ、かわいいけど、私は犬がいいな」


 紗代は玄関横の台所に立って、汁物と、明日の弁当のおかずを作ってる。

 うちの弁当は夜のうちに詰めて、冷蔵庫に入れておくスタイル。みんな学校に電子レンジがあるから、昼に温めて食べるんだ。


「犬ね。大人になったら俺が、紗代にプレゼントするよ」

「でも、生き物を飼うのって、大変だから」

「だったら、わんわん吠える犬のぬいぐるみにする?」


 小さく噴き出して、紗代が笑う。

 気持ちだけでうれしいよ、ありがとう。それは紗代がよく言う台詞。紗代はどことなく、何かを諦めてる気配がして、俺はそれをなんとかしたいけど、やり方がわからない。


「徹。お姉ちゃんひとりじめしてないで、手洗って、あんたもこっち来て手伝って」

「そっちは二人で良くない? 俺は紗代を手伝う。何作ってんの?」

「斜向かいのおばあさんから、たくさん採れたからって夏野菜をたっくさん頂いたの。見て、これ。立派なゴーヤ」

「おー。でけー!」

「ずるい! 私もそっち手伝う!」

「也実、これ全部俺一人はきつい。行かないで」

「ナオならチャチャッと」

「無理だから」


 貧乏でも、俺たちは近所の人たちに助けられながら、毎日幸せに暮らしてた。

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