第31話「幼馴染は花火したい①」


 そわそわするな、ああいう顔されると。


『私、私たちって……やっぱりそうやって見えるのかなぁ……って』


 可愛いというか、どこかあざといというか……まあ、あの四葉に限ってそう言うことはないんだろうけれど、彼女のデレる顔は胸に刺さる。突き刺さって離れない。まるで魚の骨がのどに刺さった時みたいに、ことが終わっても離れない。


 言葉も出ないほどに可愛い。


 それ以上でも、それ以下でもない。

 やっぱり、そわそわするよ。





 翌朝、目が覚めると時計はすでに11時を射していた。


 どうやら俺は爆睡をかまけていたらしい。

 いつもならチュンチュンと小鳥の囀りが聞こえるのだが、それもなく。眩しい太陽光だけが俺の部屋を照らしていた。


「あぁ……にしても、眠いな」


 実は、あまり寝れていたわけではない。


 とは言ったが、よく寝れたとは言っていない。昨日は金曜日に出た数学ⅠAの週末課題をこなし、英語のようやく課題も加えてやっていたため寝た時間は深夜2時だった。


「もう一回寝るか……」


 目を擦って、もう一度布団の中に戻ろうとした時。


「——また寝るの?」


 聞き慣れた声が聞こえた。


 不意に聞こえたもんで、体がビクッと跳ねる。まったく、横から急に出てくるものだか心臓に悪いぞ。


「……四葉」


「そうよ……なに?」


「いやぁ、別に。聞こえたから……呼んだだけ」


「そっ……今日は朝ごはん、パン作ったから」


「パンツ食った?」


「……殴るわよ?」


 声のトーンが明らかに変わった。

 右ストレートが飛んでくる——。


「何身構えてるのよ……」


「え、いやだって、殴ってくると思ったし……」


「私はそこまで……や、野蛮じゃないわよっ……」


 声が震えた。

 自分でも分かってるんじゃないのか、ほんとは。

 まあでも、ここで殴ってこないだけ四葉も成長したか。いや、彼氏……って今更それはないか。彼女も彼女で気持ちが変わってきてると思っておこうか。


「じゃあ、殴ってくるのはやめろ」


「今は殴ってないし!」


「今だろ? いつも頼む」


「最近はしてないじゃんっ」


「ずっと頼むわ」


「じゃあ、分かったわ……でも補償はしないわよ。ウザかったら即殴るから、覚えておいて」


「こわっ……まじでこわっ」


「……んで、そろそろ起きたら?」


「まぁ、そうだなぁ」


 そう言いながら、俺はゆっくりと起き上がった。朝というものなんて無くなればいい。いっつもそう思う。こんな地獄の時間から始まるなんて、神様も余計な設定を加えやがって。布団の方が噛みに相応しいくらいだ。


 冴えない目を彼女の声がする方へ向ける。

 

 しかし、同時に俺の目は停止した。


 いや、正確には目ではない……思考が停止した。


 目が点になった——という言葉が最も当てはまる状況に俺はいたのだ。


「どうしたの?」


「どうしたのって……こっちの台詞だぞ」


 そう、目の前に立っている彼女はを着ていたからだ。


 白と水色の花柄。


 小さく、明るい綺麗な浴衣が童顔と背の低さに相まって、もの凄く似合っている。短い焦げ茶色の髪の毛にはかんざしを使う場所もないのか、若干ラフさを感じた。


 しかし、いつもは付けないはずの金色こんじきのヘアピンが前髪を整えていた。


 なんだ、ここは。

 なんだ、これは。


 俺、和人だけどなんだこれ。


 もしかして俺はタイムスリップでもしたのか?


 本気でそう思った。


「……なんで、浴衣着てるんだよ」


 子供の頃は夏祭りに行ったり、花火大会に行ったりして何回か拝んだことはある姿だったが当時とは佇まいが違う。


 これだけ年月が経てば少しは色っぽく映る。


 大人の色気というか……普段のうるさい彼女からは感じられないエロさが俺の瞳に鮮明にこびり付いた。


「なんとなく」


「は、……なんとなく着たのか?」


「そうだけど、だめかしら?」


「べ、別に……ダメってわけじゃないけどなぁ」


「じゃあ、いいじゃん」


「俺は別にいいんだよ? でも、着物着るのって一人じゃできないしさ、どうやって一人で……」


「ああ、これ。特注品で結構着るの簡単なの。ママから送ってもらったし」


「さすが、金持ちだな」


「どの口が言ってるのよ、大体和人のお母さんもこの前、もう一か月くらい旅行するからごめんね~~って言ってたじゃない?」


「妙にリアルなもの真似……それはそうだけど」


「何百万使ってるのよ、まったく」


 幾らかは知らないが、結婚式はしたことがないって言っていたからその分の資金を当てているのだろう。数百万入っているのは確実だな。


「って、そんなことはどうでもいいんだよ! なんで着てるんだって話だ!」


 いやいや、危ない危ない。


 話を逸らされた。なんとかして、元居た道に進路を戻すると、四葉はやれやれと言った顔でこう言った。


「きぶんよ、気分。だって、今年。色々あって花火大会行けなかったじゃない? だからその、着てみようかなって。ほら、もう秋になるでしょ? それじゃあ、雰囲気ないし」


「……なんてちんけな理由」


「ちんけ言うなしっ」


「なんだよ、四葉。お前ってもしかして、花火大会行きたかったのか?」


「うっ」


 どうやら図星だったようだ。

 

「行きたいんだな」


「だって、もう……宿題とか色々変な会とか、告白とか……いっぱいあっていけなかったじゃん。ちょっとは楽しみだったというか……」


 いっちょ前に顔赤くさせやがって。

 普段とは雰囲気の違う衣装が余計に色を濃くさせる。


 エモくて、可愛い。

 

 エモかわ。


 変な二段階活用だ。


「……じゃあ、するか?」


「は? 花火大会、もう終わってるわよ?」


「違う、するかって聞いてるんだ」


「す、る、か?」


「ああ、花火買ってきてしようか? って」


 俺がはっきりと言葉にすると、四葉は口を頬けたまま固まった。

 

「したくないのか?」


「し、したいっ——‼‼」


 前のめりに倒れる。

 俺の両腕にもたれかかり、帯が少しだけはだけた。


「あ——」


「わ、私——やりたい!!」


 今度は目を輝かせて、さらに一歩近づいてくる。

 気づいていないようでホッとしたが、小さな胸がくっつくほどに近い距離に彼女がいて、それを意識したと同時に一気に顔が熱くなる。


「お、おいっ――はなr」


「私、する‼‼」


 こりゃ、駄目だ。

 付き合って、二週間。


 初めて抱き着かれそうになった経験だった。

 俺の抱き着かれ童貞も奪われるのはもうすぐだ。

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