7-3:お芝居でも見ているような

 午後は研究学校生用の特別授業があるという二人を見送り、私はそのまま宿舎に待機することになった。

 私はまだリボンを見つけてない。入学試練に合格かは決まっていない。一般的な入学試練生を装うなら、授業に出て散策に行くのが普通だ。

 ということで午後は外に出るつもりだったけど、ハルに止められた。


「あんな嫌がらせをされた後で、一人で外に行く気?」

「でも建物からそこまで離れなければ……」

「本気?」


 真顔で詰められると不安になる。

 セイレン島で私はあくまで仕掛ける側で、仕掛けられる側ではないと思い込んでいた。不測の事態に判断が甘くなっているかもしれない。

 そんなわけで、最終的に散策に行くなら二人も一緒にとなった。

 ハルと一緒になんて一部からさらに反感を買いそうだけど、身の安全と引き換えにするほどかと言われれば否だ。


 待つ間、部屋にこもりきりだと気分が沈みそうなので食堂に向かう。頼めばお茶とお菓子を出してくれるというので、テラスに出た。

 しばらく静かに休息をとろう。


「イリナ・アドラー、聞きたいことがあるの」


 ……休息はこなかった。

 やってきたのは青いジャケットの研究学校生が三人。女性が一人に男性が二人。

 話しかけてきた女生徒は、船の中でジェニファーと一緒にいた一人。確実に面倒ごとが起きる予感がする。


「はい、なんでしょう」

「あなたがロベルト・ヴィークの婚約者になるかもしれないって噂を聞いたんだけど、本当なの?」

「どなたから、そのようなことを」


 ロベルトの婚約者に

 どういうことだ。そんな噂が流れるようなことはしていない。


「婚約者ならロベルトのことちゃんと好きなわけ? その割にハルと仲良いみたいじゃない、信じられないのよね」

「知らない方に交友関係のお話しはできません。相手に悪いので」

「言っとくけどな、ロベルトとジェニファーは愛し合ってるんだ。邪魔なんてするなよ!?」


 辛抱たまらずという感じで、男子学生が声を上げた。


「ジェニファ―の奴、すっかり悩んでて見てられねえんだ。何も言わないけどロベルトも苦しそうにしてる。せっかくハルの邪魔がなくなったと思ったのにさ」

「婚約の話はエーブルさんから聞いたんですか」

「誰だっていい、今はそういう話じゃない!」


 反応の速さからしてジェニファーが情報源か。私の素性については何も聞いていなさそうだ。


「お願いだから二人の邪魔はしないで。私達はそれを言いに来たの。ハルと仲良くできるような人がロベルトをジェニファーから奪っていくなんて、許せない」

「婚約者なら、悪いけどロベルトの心は諦めてほしい。諦めきれないという場合は、僕達は君の敵になると思う」


 三人目の男性は思いつめたようにそう言う。


「あの二人はただ好き合ってるだけなのに、邪魔ばかりされて可哀そうよ……」

「仕方ないよ、セイレン島とはいえ貴族のしがらみは完全にはなくならないんだ」

「お前、これ以上二人のこと悩ませたら承知しねえからな!」


 まるで芝居でも見ている気分になった。彼らの目にたぶん私は映っていない。盛り上がっている彼らに完全に置いていかれている。


「あなた、やけに平然としているのね。まさかもう、ハルに乗り換えたんじゃ」

「ロベルトがいながらハルと?」

「お……お前、婚約者をなんだと思ってんだ!」


 それはこちらの台詞だ――。

 反射的に言い返したいのはぐっとこらえた。そして、当たり障りなくこの場を乗り切る言葉が思い浮かぶ。

 だけど昨日から続くあれこれで、私もなかなか苛立っていた。


 ――もういい。彼らが自分達の世界に浸っているなら、こちらも浸り返してやる。


 物語に例えれば、私は「ロベルトを婚約者としてジェニファーから奪う悪役」。彼らの中での私は、最終的には悔しがりながらも諦めてほしいが、ロベルトには執着していてほしい存在。でないと彼らの「友人を必死で応援する役」も輝かないし、役の存在意義からして揺らいでしまう。

 なら、まったくのミスキャストを演じてやれ。


「私、ハルのおかげで、少ないですけど入学試練生の友人もできましたわ……ふふ」


 控えめに、でも楽し気に彼のことを話す。彼のいいことしか目に入っていないように。

 噛み合わない返しに女生徒は怪訝そうにした。


「は?」

「それから、この黒いコートをいただいたことで不安だったところに、優しい言葉をかけてくれて。相談にも乗ってくださいました」


 心細い入学試練生に手を差し伸べたのはハル。

 一方、同じ黒いコートのロベルト達は何もしていない。悪いことも良いことも何も。


「ロベルトやエーブルさんとは、話す機会があまりないのでよくわかりません。ただ、親切にしていただいた方を悪く言われるのは……。ハルはよくしてくださったのに」


 最後はへこんでしょぼくれてみせた。

 思い描いていた図とかなりズレているのを感じ取ったのか、三人は焦った。というか混乱した。


「あ、あなたはまだ入学試練生よ。名誉島民候補生の恋人なんて本気で考えないようにね」

「ハルに取り入っても無駄だよ。ジェニファーにさえ自分の精霊の話をしなかったくらい、秘密主義で冷たい奴なんだ」

「あの綺麗な見た目に騙されるような、馬鹿な女になるんじゃねえぞ!」


 結果的に私やハルを貶めることを必死に説いている形の三人を、様子を見ている入学試練生達も嫌そうにし始めた。「怖い……」なんて声もしたけど、熱くなっている三人は気付いていないようだ。

 私は目の前のゆっくりとティーカップに手を伸ばす。


「おい、聞いているのか?」


 男子学生の手が肩に置かれ、私が反応しようとする本当に直前。


「お前ら、いい加減にしろ……」


 静かな、強い口調で制止がかかった。

 声のした方を見やると、見知らぬ研究学校生の男性が近くにやってきていた。

 こげ茶色のウェーブのかかった髪は肩より長く、ゆるく後ろで束ねている。制服は他の者より着崩した感があるけど、それがまたスタイルの良さを際立たせている。同じデザインでもこうも印象が変わるのか。


「ライナス……なんだよ、邪魔するな」

「何の邪魔だ? 入学試練生を囲んでいじめることの邪魔か?」


 口調は気怠そうなゆったりとしたものなのに、堂々として自身に溢れた様子のせいか威圧感がある。そしてどこか隠しきれない品のようなものと、上に立つ者の空気も。   

 たぶん身についた仕草や声の出し方がそう感じさせている。背が高くスタイルの良い彼は、姿勢を緩めていてもどこか様になっている。そういう見た目の良さも相手への威嚇になる。私はなぜかユリアを思い出した。


「いじめてなんかない――」

「周りはそう思ってないみたいだぜ」


 ようやく周囲を気にする余裕が戻ったのか、三人は自分達を不審そうに見る入学試練生達に気付いたようだ。

 私に強く当たっていた彼らが、どういう印象を与えているのかも。

 肩に置かれていた手がぱっと離れていく。


「入学試練生が絡まれてるから助けてくれって、別の奴が俺を呼びに来たんだよ。少しばかし聞こえたが、まだハルの件でぐちぐち言いがかりつけてんのか、お前らは……」

「い、言いがかりとは何よ! こっちはジェニファーとロベルトからよく聞いてるんだから。ハルが婚約者に冷たかったことも、精霊に愛されてるのか疑惑があることもね!」

「だからソイツに絡むのか? おかしいだろうが」


 男子生徒の鋭い眼光が、さらにきつくなった。


「婚約なんて個人的な事情に外野が中途半端に口を出すな。黒コートに疑念があるなら、本人でなく学校に申し立てろ……!」


 よく通る声だ。かなり離れたところにいた入学試練生もびくりとした。

 言った本人もおそらく聞かせるためにわざと声を張った。


「お前ら、しばらく宿舎には来るな。このことは担当教員にも報告しておく」

「別に悪いことなんてしてねえよ……」


 そう言いつつも分が悪いと悟ったのか、三人は気まずげにそそくさとテラスを去っていく。

 残された私は、だるそうに立ったままのライナスという男子学生を見上げた。


「助かりました。ええと、ライナスさん?」

「敬称はいらない、ライナスでいい。……本当は余計なことをされたって思ってないか?」


 向かいの席につきながら、ライナスがにやりとする。皮肉気な表情は、彼の雰囲気によく似合っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る