7-1:怪しい人達


 入学試練三日目。


「精霊について知る上で『七』という数字はとても重要な意味を持ちます」


 女性教員が、黒板に大きく七という文字を書きながら講義を続ける。


「なぜ『七』なのかについて、はっきりした由来はわかっていません。初めに存在した精霊の数が七だったから、というものが流説としてよく語られるのですが、実は根拠はないのです」


 講堂の一番後ろの一番端の席から穏やかな声を聞く。初日、二日目と目立つことが続いてしまったので、今日は何もなく終わりたい。

 手元にはハルに貰ったノートと筆記具。すべてを書き留めるわけでなく、なんとなく興味の惹かれた単語を書き連ねていた。


 心は半分、昨日の出来事にある。もう少し多いかも。

 一晩経ってからのほうが、一歩間違えれば殺されたかもしれない事実がじわじわと実感できてきていた。

 私が風に守られるはずといったって、さすがにやりすぎじゃないか?


 今日も講堂内には青いジャケットの研究学校生達が十名ほど待機している。加えて、三人の黒いコートも。

 ロベルトとジェニファーに、あとは知らない女生徒だ。

 ロベルト達はその女生徒を避けているように見えた。そしてやたらくっついていた昨日と違い、二人は離れた場所に待機して講義を見守っている。


「人間と精霊との関わりでも七という数字は鍵となります。七歳、十四歳、二十一歳が一つの区切りとされていますね」


 教員が、さらに十四と二十一の数字を黒板に書き足した。

 そこで思いついたのか、教員は近くに立っていたロベルトを手招きし何かを指示する。


「七歳までの子供は、精霊に惑わされていなくなってしまうことがあると言われます」


 ロベルトが黒板に板書をし始めた。喋ることに集中できるよう、教員は彼に黒板に内容を記していくよう指示したらしい。


「八歳から十四歳の間では精霊との取り換え子が発生すると言われますね。知っていますか、取り換え子。死ぬ間際の子供と取り引きし、その魂を精霊として生まれ変わらせてやる代わりに、人間としての立場を貰うというものです。怖い気もするかもしれませんが、実体を持ち人間のふりができるのはよほど力を持った精霊だけです。ほぼおとぎ話ですね」


 長々と語る教員の後ろで、ロベルトが内容を黒板に箇条書きしていく。

 私はぼんやりとその文字を追いながら、教員の話を聞いた。


「次に、十五歳から二十一歳。愛し子が精霊と契約を交わすなら主にこの間だと言われます。皆さんもちょうどその年齢ですよね。セイレン研究学校の入学試練参加資格は十五歳から二十一歳までですから」


 そうだ。ここには十六歳から二十一歳までの少年少女が揃っている。

『年齢が若いうちは熱くなりやすい』

 そう言われたことがある。

 グレイ公爵家の夫妻――つまり私、トワ・グレイの両親にあたる二人からだ。彼らは、コラク王室や国の政治を裏から支える役目も持っている。簡単に言えば、国の情報機関に関係する人物だ。

 第二王女付きの私は、振る舞いや考え方を彼らから教えられている。そのとき言われた言葉だ。

 もし許せない理不尽さを感じても、きっと若いせい。いずれ折り合いのつけ方もわかるだろうって。


 ――なら私がセイレン島に来たのは、きっとまだ大人になりきれてないからね。……上等だわ。


 考えが違う方向に行きかけて、慌ててそれを正す。

 「たまに急に短期で頑固」……とはユリアの言葉だけど、あれは私を諫める言葉でもある。


 今考えたいのは、私を誰が監視塔から突き落としたのかだ。

 ここにいるのは年齢の近い若者ばかり。例えば昨日私に言いがかりをつけてきた青年のように、私について一方的な噂を聞いた誰かが、正義感から私に嫌がらせをすることだってあるんじゃないか?


 いや、でも違うか。

 あの手紙には「コラク公国の高貴な身分の方へ」とあった。

 そう書ける人間は、ハルとノアを除けばジェニファーかロベルトしかいないはず……。


「イリナ、ぼんやりしすぎですわ。調子が悪いんじゃありません?」


 隣からそっと話しかけてきたのはタマキだ。

 自分の思考に耽りすぎて心配させたようだ。朝食のとき私がほとんど残してしまったので、余計に気になったんだろう。

 私は小さく「問題ないわ」と答えた。


 そういえば「私に思うところがあっておかしくない人間」というだけなら彼女も当てはまる。一応。

 ハルと遠い親戚にあたる彼女は、ジェニファーと破談になったばかりのハルの次の婚約者候補として、キタシラカワ伯爵が目をつけている。

 当人同士にその気はない様子だけど、人の心はわからない。

 入学試練初日の会話を思い出す。


『あなたの小さく笑うクセ、誤解を招くからタイミングを気をつけたほうが良いと思います』

『……何をおっしゃりたいの?』

『ハルがただの親切なだけの人間ではないと教えてくれるのは、私を案じての忠告ですよね。無条件に信じるのはやめなさいっていう』


 半分は当てずっぽうだけど、私はそう彼女に切り込んだ。

 間違っていたら間違っていたで、好意的に彼女の言葉を受け取る相手だと思わせればいい。

 なんて打算込みの私の言葉を、好意的に受け取ってくれたのはタマキのほうだった。


『わ、わかっているなら、いいんですのよ! ……わたくしの言動が誤解を生みやすいのは知ってます。でも……笑うタイミングは初めて言われましたわ……気を付けないと』


 小声でぶつぶつ言い訳している様子は、彼女の印象と真逆だ。

 でもその後、立て直してきりっとした表情になると、やっぱり気位が高くて傲慢そうな雰囲気になってしまう。

 内容は全然そんなことないけれど。


『誤解を受けないようにこれも言っておきます。実はハルとの婚約話が持ち上がっていますが、わたくしにその気はありません。もちろん家同士の話で、決まってしまえば拒否できませんわよ? でもわたくし自身は、あなたに思うところはありませんし揉める気もありませんわ』

『私は彼の恋人ではないので、そのように断らなくても――』


『念のためです! それにこれから先、何か言ってくる者がいるかもしれないのよ。前の方とのことがあるから、たぶん在校生の方達はこの話題に敏感ですわ』

『前の方……』

『そのことについては、機会があればまた今度お話しします』


 おそらくジェニファー・エーブルのことだろう。彼女とハルの婚約破棄を、なぜかロベルトが皆の前で宣言した件だ。


「イリナ。本当に平気ですの?」


 またもぼんやりしすぎていたようだ。私はもう一度「大丈夫」と答えた。そして湧いてきた罪悪感を誤魔化すように、目の前の授業に集中することにする。

 初日のやりとりを思い出して、さらに横で心配そうに声をかけてくるタマキを見たら、彼女を疑ったことが申し訳なくなってしまった。

 人は見た目によらないとヴィーク侯爵に教えられたけど、でも彼女に私を害するメリットなんてないし……。


「ほぼ確実に強い力を貸してもらえる『精霊憑き』や、精霊とはっきりと契約を交わした『名誉島民』となるか否かは、大抵が二十一歳までに決まると言われています。七の三倍に当たる数字ですね。この『七』の謎を解こうと五十年以上も研究している教授もいるんですよ。それでもはっきりしない。精霊とは本当に謎多き存在です」


 教員が講義を続けている。その後ろではロベルトが黒板に内容を板書し続けていた。

 綺麗で見やすい字を書くのだなと思う。

 そして気付いた。


 彼の筆跡は、何度か見せてもらったユリアへの手紙のものと違っている――。

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