14

 14

 サークルでボーリング大会があった。あの時西宮先輩が言っていたのはどうやら嘘ではないらしく、二日前からライングループで先輩主体となって忙しなく動いていた。こうして晴れて開催に持ち運べたのは、私としても嬉しかった。

「今日はするんですか? ボーリング」

 既に若干疲れている先輩を見やって私は訊いた。

「雛ちゃーん。じゃあ私の代わりに投げてくれるのー?」

 ばっちり決まったメイクの先輩は楽しそうに言った。

「じゃあ投げちゃいますよ?」

「それは勿体ないからやめて〜!」

「折角ネイル用のボールがあるんですから。ほら先輩、番ですよ」

「なんか雛ちゃん、変わったね?」

「……先輩も変わりましたよ」

「そうかな? 勘違いじゃない?」

「なら先輩も勘違いですよ」

 先輩は微笑んで、ボールの穴に指を入れた。

「──っと。ストライクだぁ〜」

「やっぱり変わったじゃないですか」

「気にしない。気にしないー!」

 ほら、雛ちゃんの番と言われて私もボールを持つ。私が三番手で先輩が二番手。一番手と四番手はそれぞれ私関わりの薄い先輩が同席することになった。

 木葉ちゃんは──私とは別レーンだった。高校の頃から仲良かった三園先輩とお喋りをしている。傍から見ると楽しそうだったがどこか薄暗い雰囲気を感じさせた。それは私が木葉ちゃんの近況に目を光らせていたからだろう、特別気にすることじゃない。

「やっぱ雛ちゃんボーリング下手だね〜」

「うるさいですよ、先輩!」

「あははは!」

 私が木葉ちゃんの方に意識を持っていかれていると、ボールは子供がパパのもとに走るようにすうっとガターに行ってしまった。パパはピンだろ。薙ぎ払え。

 この前より下手になった私を見て、躊躇いのなくなった先輩がちょくちょくいじってくる。

「私、飲み物買ってきます」

 ついでで頼まれた飲み物を買って、後輩らしいことをしてるなと実感する。戻って来た時にちらりと別レーンの木葉ちゃんを盗み見る。あちらは楽しくやっているだろうか。

 全三ゲームのボーリング大会も中盤まで差し迫っていた。見たところ二ゲーム目に突入しているレーンが多かった。私のところもそうだったし、木葉ちゃんのところも例外ではなかった。ただ、木葉ちゃんがいなかった。投げているのは三園先輩。

「──どうしたの?」

「いえ、何でもないです。大丈夫です」

 面識のない先輩に話しかけられ焦ってしまう。話しかけられたのは場も温まってきて、賑やかになったからだ。

 私の番が回ってきて投げ終えたところでトイレ行ってきますねとその先輩に告げた。

 気になってしまう。どうしても。ただの杞憂だろうし、どうせ全てが終わったら彼女はちゃんと教えてくれるはずだ。

 とりあえずトイレには寄った。個室のドアは全て開いていて、木葉ちゃんがそこにいないのは確かだった。

 もしかしたら入れ違いだったのだろうか、まあトイレには行きたかったし、と言い訳をする。アテの外れた探偵みたいな恥ずかしさが襲ってきて、私は化粧台の鏡で自分を見つめた。自分の顔を見るのはいつぶりだろうか。私は自分の顔が好きなナルシストじゃないから鏡に映る自分を見ることは避けていた。木葉ちゃんみたいに、あれくらい顔が整っていて美人で可愛かったら私は毎日見るかもしれない。だけど私は違う。これは確認なのだ。自分が変な顔をしていないかの。

「よし!」

 鏡の中の相棒に向けて鼓舞をしてトイレから出ると、ガン! と何かに打ち付けた音を聞いた。今のはなんだ、と辺りを見渡すもそれらしい音の正体は見つからない。

 ヒューヒューと外からの風を隙間に通している鉄製の非常扉を見つけた。トイレから出てすぐの所だ。確かにあれは金属音だったと納得すると、次に聞こえたのは女性の声だった。ぶつぶつと何かを話している。

「──書けてないです」

 重く、厚い金属の扉を通した声音は体感冷たく感じる。一体何の話だ、と私は聞き入る。

『──締め切りは、──』

 扉に体を預けているのか、スマホ越しの音声も若干拾って聞こえる。しかし全部は聞こえないため、他は推測するしかない。

「……わかってます。来週には、なんとかします」

『──もう少し具体的に言ってください』

「──そんなこと、わかんないですよ……」

 消え入りそうな声だった。

「一文字も書けてないのに」

 電話を消した気配があった。やばい、ここから離れなきゃと走る。

「あれ、遅かったね。待ってたよ」

 西宮先輩が面白そうに言った。

「あ、それはすみません」

「何かあった?」

 私が少々息切れしているのを見て、何かを察したのか西宮先輩が声を曇らせる。

「いや、なんともないです。私は……」

 端切れの悪い返事を寄越して、半分ほど納得した先輩が、そうか、と呟いた。

「ボーリング大会も後半戦。私、頑張りますからね。先輩」

 気を紛らわす為にそう言うと、意気揚々と先輩が応える。

 そこで私はストライクをとった。先輩はなぜか自分のことのように喜んでくれるが、私は実感がない。全て先輩の喜びに吸い取られてしまったようだった。

「もぉ〜疲れたぁ〜。三ゲームなんてハードだよー。死にたー」

 その後は延々と投げ続け、先輩はいつしかネイルが酷いことになっていたが、それでも投げ続けた。私も集中してなんどかスペアを取ってみせたが、ストライクはそれっきり一回もとれなかった。消化不良な気分だった。

「先輩お疲れさまです」

 自販機でもう一本ジュースを買って先輩に差し出す。コーラの強い炭酸が吹き出して溢れ出しそうになる。

「どーだった? 楽しかった? 雛ちゃんは」

「楽しかったですよ」

「そりゃ、なによりだ」

 これから飲みに行かね? とまだまだ元気のある男の先輩たちはいますぐにつるんでどっかに行きそうな勢いがあったが、なんとか周りに止められて抑えられる。

「それじゃあ、一位を発表していきましょうかねー。大会ですから、ちゃんと景品もありますよ」

 マイクを模して手を握り、惰性で司会をしている先輩が言い放った。反応にみんなの熱が帯びる。

「一位! 十八レーン──」

 知らない先輩だった。その先輩はどうやらボーリング歴も長いようで、熱い声がかかる一方、ブーイングも起きた。二位は三園先輩、三位は西宮先輩という結果に落ち着いた。どうやらうちのサークルのレベルが思っていたより低かった、と後で先輩が言っている。

「じゃ、飲みに行くか!」

 景品を受け取った先輩たちが我先に、と抜けていく。ちなみに景品は大学生には嬉しいインスタント食品の詰め合わせだった。

「私達はどうする?」「家で飲む?」

 方方で女性陣もいつの間にか打ち上げを行う話が持ち上がっており、私は参加するのかしないのか微妙なタイミングで会話に入る機会を見逃す。

「先輩」

「ん……?」

 輪の中でメンヘラムーブをかまし始めた先輩に一声かける。

「今日はありがとうございました、楽しかったです」

「──雛ちゃんも来る?」

 私はその返事を返さずわざと押し黙った。

「未成年だもんね、飲めないか」

「はい」

 外を出ると、日暮れが近かった。夕方のもわんとして涼しさのある空気が私の頬を撫でた。相変わらず一人の私は、誰と関わることもなく、ひっそりと家に帰る。意識的に避けていた、木葉ちゃんの存在をどこか視界の外で探しながら。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る