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 私は先輩から教えてもらった理想を家に持ち帰る。私の想像を織り交ぜて、物語は少しずつ形を成していく。

「私は気持ちよく死んでみたい、って思うの。それが私に出来る唯一の抵抗だから。キャラ付の意味でも私はそうありたい。そう死んでいく人間としてみんなの記憶に残りたい。雛ちゃんは何をして死んだ人間になりたい?」

「小説家……です」

「まあ、そうだよね」

「小説家として小説を書いて、誰かの心に一生残る物語を書いて死にたいです。私が死んだ後も物語は生きてくれるような」

「ふうん」

先輩は嬉しそうに言った。

「私は何も遺せないな」

 純粋な諦めだった。私はすみません、と謝ることはなかった。むしろ後押しされているように感じた。

「じゃあ、それが叶わなかったらどうします?」

「え?」

 先輩は驚いている。しめしめ、と思った。

「もし好きな死に方を一回選べるとしたら、先輩は喜んで死にますよね?」

「すごいことを言うね、雛ちゃん。どうだろ、悩みに悩んで何を選ぶかな、ううん、わかんないなー」

「老衰で死ぬんです。先輩は」

「えー?」

 何を言ってんだ、本当に私のことをわかっているのか? という目だった。

「一回目の人生をわざと、老衰で死ぬんです。なぜなら、一回目で自分が辿る人生の全てを知っておいて、二回目の本当の人生で気持ちよくセックスでもして死ぬんです。先輩は」

 私の決めつけた言い方に、考える素振りを見せて、うん、そっちの方がいいかも、という顔をする。

「先輩は愛する人を見つけるんです。愛して、この人と心中したいと思える誰かを見つけるんです」

「うん」

「そこで同じことをしようとする友人が現れます」

「同じこと?」

「好きな死に方を選べるっていうことを先輩と同じように友人もします」

「そんな世界観どう整合性取るんだよ」

 今更気づいた先輩が自嘲気味に言う。

「なんとかしますから。先輩は老衰を選ぶんですけど、友人は自殺を選ぶんです」

「自殺ねえ」

 やってみたそうな先輩が、楽しみを奪われたとでも言うように、足で私の腿をちょんちょんとつついた。

「しかも、先輩の最愛の人を殺して自殺しちゃうんです」

「へえ……」

「けど、先輩は一度選んだ老衰の道を変えません。なぜなら今そこで死ねば最愛の人は戻りますが、自分の死を無駄にできないからです。というか、一度死因を決めたら変えられないことにしましょう。そっちの方が楽です。どうですか?」

 数秒間が空いた。

「私が書くのは、最愛の人を失った余生を過ごす先輩の諦めと逃避の人生です」

「────面白いんじゃない?」

「良かったです」

 死ぬことを許されず、生きているのか死んでいるのかわからない状態の先輩は、諦めて誰かと結婚するのか、孤独に死ぬのか。友人のしたことを予測できなかった自責の念を溜め込んで、先輩は一人の人を愛し続けられるのか。

「なんか色々とぶっ壊れてるね」

「それは褒め言葉として受け取っておきます」

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