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 ガイダンスが終わるとサークル見学の時間になっていた。昼食を大学の食堂で済まして、サークル見学の案内を見ながらA棟からB棟へ移った。

「ここら辺、人通りが少なくてここで合ってるかわからないね」

 A棟にもちょこっとサークルの催しはあったけれど、ノリが私と上手く合わなくてすぐに退散したのだった。

 小説を書く私にとって、何か糧になるサークルがいいと内心考えているけれど、木葉ちゃんと一緒に見ているわけだし、安易に私こっち見たいから、別行動ね、と言えない。

「木葉ちゃん、演劇興味あったの?」

「先輩がいるはずなの。卒業する時に入るって言ってたから」

「先輩? 高校の?」

「そう。高校の時同じ部活だった」

 そうなんだ、へえーと相槌を打つが、私はその先輩とやらが気になって仕方ない。先輩とどういう関係だったのか、何をしたのか、とか妄想は尽きない。いや、そもそも男の先輩という先入観がよくないのだ。女の先輩かもしれない、うん。

「どうしたの?」

「え、いや! なんでもないよ」

 私の顔色を覗き込んだ彼女と目が合った。何かを得ようとぱちくりさせる瞳は理知的で、どうなっても美人は様になるだと私は知った。

「そう」

 落ち込んだように声を落とすと、得られなかった答えを求めるように彼女は目を彷徨わせた。

「あれかな?」

 サークル室として貸し出している教室のいくつかにポスターが掲示されていた。

「きっとそうだよ」

 実は迷っていて、案内を見てもわからない状態だったからありがたかった。タッタッタと駆けると、ギイと奥の扉が空いた。十数メートル先の扉から誰が出てくるのか目を凝らす。光の入りにくいB棟は常に薄暗く、その先にあるものが私たちの求める答えなのかわからない。

 数歩小走りになって体力の切れた私を置いて、木葉ちゃんは扉から出てきた人物に近づいていく。

 何を話しているのかわからない。多分望んでいた先輩ではなかったのだろう。興奮の覚めた彼女が、他人行儀に話している。

 近づいた私に気づいた彼女が、

「あ、彼女も一緒に」

 と木葉ちゃんが私を差し出す。どういうこと? と目配せしても、彼女はふっと頬を緩めるだけだった。

「もちろん、喜んで。まだ人が集まるかもしれないから、中で待ってて」

 そう言って、彼女が話していた人はどこかへ行っていった。男の人だった。弱い照明に照らされると、その人はゴリゴリの金髪だということに気づいた。新入生は慣れない染髪にあまり合わない派手な髪色にしているけれど、その人は雰囲気から派手さの消え失せたかっこよさが同居していた。

「見惚れてるの?」

 数秒見入っていただけなのに、木葉ちゃんが揶揄ってくる。

「てゆか、ここなんのサークルなの?」

「演劇だよ」

 それ以外にないじゃん、と言うように彼女は中に入るのを急かした。

 十畳ほどの教室には、コの字型になった椅子とテーブルが並べてあった。テーブルの上座となる場所にはお菓子が並べられていて、歓迎会でもやるのかなと期待が押し寄せる。

 しかし、中には誰もいない。

「どこに座る?」

 お菓子に目線をやったまま、彼女が訊いた。

「どこだろ、これって下座とか、新入生はどこに座るべきか決まってるよね?」

 私の心配を彼女に投げかけると、彼女は半笑いして、

「そんなの気にする必要あるかな」と言った。髪をゴム紐で結って、「適当に座ろ」と満足げに答えた。

「わかった……」

 それから彼女はスマホを見始め、私は手持ち無沙汰になってしまった。あの男の人はなかなか帰ってこないし、木葉ちゃんが何を見ているか、私はまだ突っ込んだ質問を出来るような仲ではない。

 扉側に座る私と右側の席に座る彼女。二つ空きになった席に私は視線をチラチラとやる。

「その、さっき何を話してたの?」

 彼女は私を見ずに言った。

「別に」

 青井さんが気にするような内容ではないよ、と私を突き放す。

「いや、先輩に会えるのかなって」

「多分、会える」

 ここに来て、興味を無くしたような声音だった。多分、と私は心の中で反芻する。じゃあ、私はなんのために待っているのだろうか。いや、演劇サークルに興味がない訳ではないよ、と誰にいうのかわからない言い訳をする。

「会えるといいね」

 そうやって、私はまた陳腐なことを言ってしまうのだ。

 うん、と彼女は頷いた。

「ういーーす」

 お気軽な挨拶が後ろから聞こえて、私と木葉ちゃんは揃って声の主を見た。

「あれ? 新入生?」

 私たちの存在に気づくと、態度を変えて取り繕ってきた。

「ここいいところだからさ、入ってよ」

 あ、これ置いといて、と差し入れか何かが入ったバックを置いて出て行ってしまった。

「え、何?」

 私はあまりの突然の出来事に理解が追いつかなくて、木葉ちゃんを見た。彼女も何があったか、よくわかんないのかポカンとした調子で、半開きになった扉の方を見ている。

 そして、視線が私の方へとぶつかって、交差して、

「ははっ。ははは、何あれ」

 と気持ちよさそうに笑った。

「部屋間違えて思いつきの嘘だったら面白いよね!」

 先輩のことを影で嗤う悪い後輩になって楽しんだ。

「先輩、遅くない? 何してるんだろ」

 それから十五分がたって、そろそろ他のサークルを見回る時間がなくなる。

「私はまだ待ちたい」

 一言、木葉ちゃんはそう言った。目を瞑って、私は頑としてここから動きません、とポーズする。

「そっか、じゃあ私も付き合うよ」

 じゃあ私は別のを見てくるよ、終わったら連絡ちょうだい、と言えたら良かったのに、と思う。けれど、今ここに青井雛がいるのは、確かに秋風木葉のお陰なんだと思えたから。もっと彼女のことを知りたい、それが正直な感想だった。

「ありがとう」

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