第13話 落下

 一週間はあっという間に過ぎた。とうとう隕石は落下を始め、この日は会社も休みになったため、俺と美樹はTVの前で衛星カメラから送られてくる映像をただひたすら眺めていた。物凄い勢いで地球に接近した巨大な隕石が、あれよあれよという間に大気圏に突入し、オレンジ色の炎を上げながらヨーロッパへ、フランスへと近付いた。バリバリと空気を切り裂く爆音を響かせて、隕石はパリから少し外れた地点に衝突した。凄まじい衝撃で地面がへこみ、爆風が辺り一面を吹き飛ばす。粉塵が宙を舞い、辺りは見えなくなった。それはまるで地獄画図だった。俺はあそこに人は残っていたのだろうか? と不安になった。しばらくしてもうもうと上がっていた粉塵が落ち着き、周辺の様子が明らかになってきた。ドローンから送られてきた映像を見た俺達は絶句した。パリが、いや、パリだけではない。フランスのほぼ三分の二が消滅したのだ。巨大なクレーターの回りには最早如何なる文明の痕跡もなく、ただえぐられた大地が広がっているだけだった。俺は微かに足が震えているのを感じた。想像していたよりはるかに酷い。俺はヘナヘナとソファーに座り込んだ。


「……酷いな」

俺はそう呟いて美樹に目をやった。

「そうね……フランスはもうおしまいね。どれだけの人が犠牲になったのかしら?」

「分からない。きっと大勢が……やられたろうな」

俺がそう言ってカフェテーブルのコーヒーカップに手を伸ばした時である。


ピンポーン!


玄関のチャイムが鳴り響いた。こんな時に一体誰だ? 俺が立ち上がろうとするのを美樹が制した。

「私が出るわ」

美樹がドアを開けると、警官が二人乗り込んで来た。

「な、何ですか、一体!?」

俺がそう叫ぶ間に、警官達は俺を後ろ手に拘束して手錠を掛けた。

「おいっ!」

「山下海。ホロスコープ改ざん容疑で逮捕する! 大人しくしろ」

俺は驚く間もなく外へ連れ出され、パトカーの後部座席に押し込められた。


 その部屋は大理石の壁に白と黒のタイル張りといった重厚な部屋だった。深紅のビロードのカーテンが窓を覆って、ただでさえ重々しい空間により一層の荘厳さを演出している。部屋の中央に置かれた大きなマホガニーの机の前で、俺は椅子に座らされていた。てっきり警察署へ行くのだと思っていたパトカーは、政府官邸へと向かったのだった。二人の警官は今も俺の背後で俺を見張っている。一体これはどういうシチュエーションだ? 俺の頭は混乱していた。


 部屋のドアが開いて、ダークスーツを着た背の高い男と、明るい茶色の長い髪をした、緑の瞳の女が入って来た。男の方は政府高官の誰かだろうと想像が付いたが、女の方は……真っ白なローブを身に纏い、白く輝く肌はどこか現実離れしている。まるでヨーロッパの昔の宗教画に描かれた大天使ガブリエルの様に、どこか浮き世離れした風貌だった。


「待ったかね?」

男は表情を変えずに俺に話しかけた。

「いえ……それほどでも」

「そうかね。君達は下がって良い」

男は警官に向かってそう告げると、彼らが部屋を出たのを確認してから、俺の向かいに座った。

「俺はどうしてこんな所に連れて来られたんです? 警察署へ行くんじゃないんですか?」

男は俺の顔をじっと見詰めると、軽く溜め息を付き、静かに微笑んでから口を開いた。

「もちろん、君の容疑はホロスコープ改ざんだから、通常であればまず警察に行く。だが……君のケースはちょっと特別でね。山下海君」

「特別? どういう事です?」

「ふむ……睡蓮さん、頼みます」

睡蓮と呼ばれた女はニッコリ微笑むと、話し始めた。

「山下さん。貴方のホロスコープは特別なんです。貴方の人生のメインテーマは女性と上手くいかない事による悲しみと許しでした。これは生まれる前に貴方の魂が望んだ事でもあります――」

睡蓮の言葉に俺は反射的に答えた。

「俺が望んだってどういう事だ? 嘘だろ?」

そうとも。俺が一体いつそんな事を望んだというのだ? いつも望んでいたのはその逆だ。睡蓮は翡翠の様な瞳で静かに俺の目を見詰めた。それはまるで波一つ立たない湖面の様に神秘的で、俺はこのまま彼女の瞳に吸い込まれるのではないか、と思った。

「嘘ではありません。貴方の自我ではなく、魂が望んだ事です」

「魂だって!? あんたは一体何者なんだ? 霊能者とでも言うつもりか?」

「いいえ……私はこの宇宙を見守る高級勢力の一員です。私達は地球人とこの宇宙の進化を見守って来ました――」

「ち、ちょっと待ってくれ」

俺の頭は混乱の極みだった。高級勢力?

「か、神だとでも言うのか?」

「違います。創造主ではありません。ただ、貴方方地球人より少し進化した存在です。地球人とこの宇宙をより進化させ、次元上昇を手伝うのが私達の役割です」

「次元上昇?」

俺は聞き慣れない言葉をおうむ返しに呟いた。

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