第40話 転換ズ

「転換ズ、集合!!」


 喜多高校演劇部六月公演『鯖街道殺人事件(仮)』初日--開演1時間前。

 わたしは、会場となる部室の真下にある女子トイレにいた。


「ウサコ。ウサコ、まだ? 八田さんから集合って言ってるよ! ウサコ?」

 わたしは、個室のドアをノックし続ける。

「ウサコ! 早くしないと……」


 唐突にドアが勢いよく開く。

 ドゴンッ!

 あ、ほし……星がいっぱい……。

「うるさいなあ。開場したらトイレに行けなくなるから、事前にすましとけって言ったのは八兵衛でしょうが」

 水を流す音ともに、ウサコが自慢の仏頂面を見せた。


 ウサコとわたしは、黒のTシャツに黒のジャージと、全身黒ずくめの格好をしていた。これはいわゆる、〝黒子〟--我らが転換ズのユニフォームである。


 わたしは、思いっきりドアをぶつけられた額をさする。

 ……良かった、血は出ていない。額の真ん中って結構硬いんだなあ、などと理不尽な暴力に対して健気に振る舞っている場合じゃない!


「何をすんのよっ! 今日がわたしの初舞台だって言うのに!」

「大袈裟なんだよ、カメは。ちょっと、かすっただけで」

「バカ言わないで。一瞬、意識が飛んだってーの!」


「ハイハイ……で、八兵衛が呼んでるんでしょ?」

「あっ、そうだ! アンタ一人がいないおかげで、わたしやコメちゃんが怒られるんだから。早く来て!」

 わたしとウサコは、外階段を上がり部室へと急いだ。


 公演の会場となる部室では、お客さんを迎え入れる準備が着々と進んでいた。普段は、いろいろなモノで溢れてカオスとなっている部室が、今は小綺麗な客席&舞台へと様変わりしている。


 八田さんが、誰もいない客席の中央に座っていた。その前には、黒ずくめのコメちゃんが所在なさげにぼんやりと立っている。

 わたしとウサコは、慌ててその隣へと集まった。


 八田さんはパイプ椅子にふんぞり返り、腕を組んで目を閉じていた。

 寝てるの? 瞑想?

「…………」

 場を険悪な空気が支配して、最終調整をしているスタッフさんの作業音だけが響いた。


 ……何なの、この時間は?

 わたしは、隣のコメちゃんを見た。

 コメちゃんはわたしの視線に気づくが、すぐに、知らんがなといったふうに前を向き直した。 


 そう言えば、こんなにまじまじと八田さんの顔を見たことはなかったな。ウサコに似ているかと言われれば、似ているような気もするけど……。動物に例えるなら、間違いなくライオンだ。雄ライオンのたてがみのような威圧感たっぷりの長髪。うーん、目を瞑ってても恐ろしい。


 そんな事を考えながら緊張に身をやつしていると、八田さんが静かに口を開いた。

「おい」

「え……?」

 と、わたし。

「点呼」

 --あっ!

 わたしは、慌ててウサコのTシャツの袖を引っ張った。


 ウサコは綺麗な顔を露骨にゆがめて、

「……番号、1」

「に、2っ」

「3」

 わたし、コメちゃんと続いた。


「……転換ズ、3名。集合しました」

 ウサコは、激しい怒りを押し殺しているようだった。が、それは相手も同じで、

「遅いわ、ボケッ!! もう一回、やり直せ!」

「ひいっ!」


 八田火山が大噴火。周りの先輩達も驚き、振り返る。わたしが逃げるように散開すると、コメちゃんもその後に従った。

 だが、ウサコは、八田さんを睨みつけたまま微動だにしない。


「何やねん、その目は? 早よ行けと言うてんのが分からんのか!?」

 八田さんが吠える。わたしは、ダッシュでウサコの首に後ろからしがみつく。

「ちょっ、ちょっと! ウサコ、何してんのよ? 早くこっちへ……、ね」


「……」

 ウサコは、わたしを完全に無視。

 百獣の王様と金色ウサギさんが、静かに威嚇し合い、二人の間には火花が散る。

 そんな一触即発の状況の中、ウサギさんの首にぶら下がったカメさんは思う。


 --シクシクシク……。どうして、わたしはこんな場違いなところにいるんだろう?

 八田さんが、不意にせせら笑うように言う。

「おう、なんで俺がお前をリーダーにしたか分かるか?」

「は?」

 ウサコが握り拳に力をこめるのが分かった。

 わたしも負けてられない。りきむあまり鼻水が出た。


 八田さんは、わたし達を『転換ズ』と命名した際にウサコをそのリーダーに任命した。

 その時も、

「は?」

 と、詰め寄るウサコを止めるのに苦労した。


 ウサコをリーダーにした理由? 消去法でしょ? だって、あとは小物と案山子かかしだもんね。まだ、田舎もんの方がマシだと思ったんじゃないの?


 それとも、まさか……、

「俺の可愛い妹やから」とか!?


「お前が一番、頭が悪そうやからや! ウヒャヒャヒャヒャッ!」

 八田さんは、何がそんなに楽しいのか、そう言って手を叩いて大喜びした。


 --ですよねー。そんな理由でしょうねーって、だああ……っ。

「ふぬっ、ぐぎぐ……」

 ウサコが歯を食いしばり、さらに前に出ようとした。

 ちょ、ちょっと、そこの案山子! ぼんやり見てないで、手伝ったらどう!?

「……」

 案山子は、照明ブースにいる七海さんに見入っていた。


 --ですよねー。わたし達を見てる暇なんか、一瞬たりともあるわけないですよねー。

 八田さんは、勢いよくパイプ椅子から立ち上がると、

「お前ら! 前に言うた通り、今日の転換をミスったら全員坊主やからな! その時は、田舎もん! その似合わへん金髪は、俺が直々にバリカンでかってやるからありがたく思えよ! ヒャッヒャッヒャッヒャッ」

 高笑いをしながら、のっしのっしと部室から出て行ってしまった。


 わたしは、さすがに呆然とする。こんな思い上がった態度の人は、フィクションの世界だけの存在だと思っていた。ある意味すごいと言わざるをえない……。


「ふぬぐぎが……ふうーふうー、ふぬぬぬ……」

 ウサコが顔を真っ赤にして、猛烈に身をよじる。

「ねえ、ウサコ。本当に兄妹なの? DNA鑑定でもしてもらったら?」

「うるさい! だいたい、アンタはいつまでぶら下がってんのよ!」

 カメさんはウサギさんに投げ飛ばされ、部室の天井を再び見るハメになりました。

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