第37話 本番ではホームラン!

 練習後、ウサコはハットリに、

「本番も絶対に観に来てよ」

 と、魅力的にウインクをして見せた。

「んー、できたら行きたいけど、僕もいろいろ忙しいし……」


「じゃあ、ハットリに約束するから。本番であたしは必ずホームランを打つ!」

 ウサコはハットリの両肩を掴んで、力強くそう言った。

「ホームラン? 野球じゃなくて、お芝居をするんだよね?」


「打つったら打つの。あたしがホームランを打つところを見たくない?」

「見たい! それなら絶対に行くよ。大きいホームランを打ってよ、約束だよ」

「OK。バックスクリーンに叩き込む」

 ウサコは大きく頷いた。


 --おいおい、あんたはいつからメジャーリーガーになったのよ。夢は、ハリウッドスターじゃなかったっけ? 

 だけど、素直に期待に胸を膨らませるハットリを見たら、そのようなツッコミは野暮というもの。まあ、ウサコなら本当に舞台上でホームランを打っちゃうかもしれないし。何を打つ気なのかは知らないけど……。


 兎にも角にも、ハットリのおかげでわたし達は少なからず自信をつけることができた。ハットリは、小さい子にありがちなウ◯コとかチ◯チ◯とか、そっち系の単語に反応するレベル--はっきり言って『ゲラ』だったけども……。


 後日、その日の練習の成果を演出の奥寺さんに披露した。

 仕込みを来週に控えた今になっても戯曲が完成していないこともあり、奥寺さんの反応は、なんかもうどうでも良い、といった感じだった。


 --なんだ、そりゃ。あなたが面白がってわたし達に役を与えたくせに! そのせいで、わたしがどれだけ大変な目にあったか知ってるの? 加減を知らない脳筋ウサギにシバかれて、アンパン顔の正義の味方みたいに首から上がすっ飛んでいったかと思ったんだから。


 そりゃあ、もっと可愛い顔に作り替えてくれるんならそれでも良いよ? そしたら、あの脳筋ウサギの反則じみたアドバンテージもなくなるのに……、おじさーん! ヘイ、ミスター・ジャム! ギブミー、ベリーベリープリティーニューフェイスを一丁!! 

 問題だらけの初舞台を前にして、パン屋の主人に筋違いな超絶外科手術を注文してみても、やっぱり幕は開く。


   ◯


 そんな本番初日が差し迫っていたある日の放課後。わたしは、部室に向かっている途中で、スマホを片手に浮かない顔でいるウサコを発見した。


「おはよ。部室に行かないの?」

「ん……行くよ、そりゃ」

 ウサコは、わたしの顔を一瞥しただけで黙り込んでしまった。

「どうしたの? 何かあった?」

「いや、今、お父さんから電話があってさ」


「うん」

「今度、皆んなで夕食を食べましょうって」

「……良いじゃない。普通なら毎日、家族皆んなで夕食を食べるものだろうし」

「あたしん家は普通じゃないの」


「まあ、たまにしか会わないお父さんと一緒っていうのも、気まずいだろうとは思うけど。わたしなんか、毎日顔を合わせてても気まずいもん」

「……それは大丈夫なの?」

 間に受けて困惑するウサコに、わたしは笑ってごまかし、

「ちょうど良いじゃない。その時に本番を観に来てって言えば」


「うーん、お父さんを呼ぶのは、あたしが主役の時にしようかなと思ってるし。それに、会うのは本番が終わってからになりそう。カメは親に言ってあるの?」

「ないない。わたしは良いよ」

 わたしは、手を振った。

「そうなの?」


「ただでさえ死ぬほど緊張するだろうに、親が観に来るなんてことになったら最悪。でも、ウサコのお父さんも心配してるんだよ。きっと」

「どうして、あんたにそんなの分かるのよ」

 ウサコが疑わしそうにわたしを見た。


「そりゃあだって、こんな頭悪そうな金髪で、ハリウッドスターになるとか、やっぱりバカな事を平気で言うような娘が一人暮らししてるんだから……ぐへえっ!」 

 ウサコの鋭い左拳が、わたしの脇腹をえぐった。


「と、とにかく……あまり深く考えないで、普段通りの顔を見せてあげれば良いんだよ。お父さんは本当にただ、皆んなで一緒に夕食を食べたいだけだと思うけど……ん? って、まさか……」


「そうだよ。八兵衛も一緒だよ」

 --それは、キツイ! 気まずいなんてもんじゃない。その夕食会の凄惨たる光景が目に浮かぶわ! いやあ、お父さんもチャレンジャーだなあ。ま、自業自得か。


「そうだ!」

 ウサコはいきなり大きな声を出し、魅力的な笑顔を輝かせて、

「カメも一緒に行こう!」

 と、わたしの両肩をガッチリと掴んだ。


 --それ、なんて拷問?

「ばっ、ばば馬鹿なことを言わないで! どうして、わたしが……」

「カメの好きなもの、なーんでもお腹いっぱい食べさせてあげるからさ。フカヒレでも北京ダックでもゴマ団子でも」


 中華ばっかりじゃない! 勝手にわたしを中華料理好きにしないで! いや、中華好きだけどさ。

「無理無理無理……絶対無理! だいたい家族でもなんでもないわたしが、そんな所にのこのこ出て行ってどうするって言うのよ?」


「お父さんには、高校で新しくできた『親友』だって紹介するからさ。それで、問題ないでしょ?」

 ウサコは、そんなことを恥ずかしげもなく言った。

 親友。初めて言われたな……。

 わたしは、顔が赤くなるのを感じ、咄嗟に下を向いた。


「高校で新しくできた『ペット』だって言うのは、さすがに無理があるじゃない? うーん……、それでも大丈夫かな?」

 いやあああ、このジャイアン!

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