第15話 基礎練習

「遅いよー、待ちくたびれちゃったよー! やっぱり俺が着替えを手伝ったほうが良かったかな? よし、次からはそうしよう! 皆んなで脱ぎ脱ぎしましょ、脱ぎ脱ぎ!! ねえ!?」

 先に下で待っていた烏丸部長が、鼻息荒く捲し立ててきた。


「そんなこと烏丸だけでやってれば良いじゃない!」

 演劇部の良心、七海さんは肩を怒らせた。

「ちぇっ、俺はただ一年生の緊張をほぐそうと思ってさー!」

 烏丸部長は、七海さんの顔がさらに恐くなるのを見て、

「ハイハイ、分かりましたよ! じゃあ、皆んな準備は良いかなー! これから、普段俺たちがやっている基礎練習を始めます!」


「あのう……」

「はい、亀岡ちゃん!」

 わたしは、もうずっと引きっぱなしで頭がおかしくなりそうだった。

「顧問の先生とかいないんですか? あと、二年生の皆さんは……?」


「良い質問だね! 顧問の先生はいるにはいるんだけど、練習には一度も顔を見せたことはないね!」

「毎回、公演は見に来てくれてるらしいけど、実はわたしも名前すら知らないんだよぉ」

 と、七海さん。


「何、言ってんの!? 数学の小林だよ、小林! 白髪で長髪のくたびれたおっちゃん!」

「知らない」

「ええっ!? 自分ところの顧問なんだからさ、もっと興味を持ってよー! 可愛けりゃ何でも許されると思ったら大間違いだよ!」


「そんなこと思ってない! 烏丸はOB会で先生に会ってるんだから、知ってて当然でしょ」

 口を尖らせる七海さんは、やっぱり可愛かった。


「OB会があるからって誘っても、誰も来やしないじゃない! 現役部長の出席は必須だって言うから、しぶしぶ行ったけどさあ! 年の離れたOB連中の相手をするのが、どれだけ大変か知ってる!?」


「皆んなそれを知ってるから、烏丸を部長に推薦したんじゃない」

 七海さんは、けっこう気の毒なことをはっきり言った。

「……ねえ、聞いた? ひどいでしょ!? この人達、皆んなして俺のことをいじめるんだ! 俺の味方は君たちだけだよっ!」


 烏丸部長は一年生三人を強引に抱き寄せて、

「およよよよよよ……」

 と、泣き真似をした。特に兎谷さんの胸を狙って顔を埋める。

 発育の良い金髪美人さんの顔が苦痛に歪む。

 もう訴えちゃおうよ。その時は、わたしも証言台に立つからさ。


「烏丸!」

 七海さんが眉を吊り上げ叫ぶ。

「ああ、ごめんごめん! 大丈夫、心配しないで! 俺、頑張り屋さんだから!」

 烏丸部長は、わたし達に向かってニカッと白い歯を見せた。


「--で、何だっけ?」

 烏丸部長が七海さんを振り返る。

「二年生はどうしたのって」

「そう、あいつら今日は企画会議なんだ! 企画会議ってのは、次回六月公演の上演戯曲を決める会議のことね! 六月公演は、二年生がメインの公演ってのが伝統になってるんだよ! 俺たちも去年にやったし!」


「次の公演は、二年生だけでやるということですか?」

 わたしは尋ねた。

「基本的にね。だから、六月公演では三年と一年はお手伝いってことになるんだけど、それじゃあ退屈じゃない! で、この期間は三年が一年にみっちりと演技の基礎を教えることにしてんの! んもう、みっちりとね!!」

 烏丸部長は、犬のようにハアハアとベロを出した。


「ひぃぃっ!」

「うそうそ! まあ、ぼちぼちと週三回ペースくらいで楽しくやりましょう! 俺たち三年は自由参加で! 大丈夫、俺は絶対に来るから!」

 今から何が始まるのか、見当もつかない。それに今日来ていない三年生には、あの八田さんも含まれているのだろうか……。


「八田は多分来ないんじゃない? アイツは後輩にものを教えるってタイプじゃないし」

 かなり、ホッ。

「次の公演に、絶対にあたし達は役者で出られないんですか?」

 兎谷さんが一歩前に出た。


「絶対ということではないよ! わかるなあ、その気持ち! 俺も一年の時、当時の二年に頼みこんで俺だけ出してもらったんだよ! だけど、超脇役でセリフも一行しかなくてさ! もう何の役だったのかも忘れちゃったよ!」


「看護師じゃない?」

 と、七海さん。

「そうそう、看護師! 『確率は1%です』って言うだけの! あんなんだったら出たいなんて言うんじゃなかったよっていうのはココだけの話ね!」


 烏丸部長は、そのたった一言のセリフを抑揚をつけないで言ったり、怒りながら言ったりと、様々なパターンを披露したそうだ。


「だから、もし役者をやりたいんであれば、俺みたいに二年に頼んでみると良いよ!」

 兎谷さんは、まだ何か言いたそうにしていたが諦めたようだった。

 おそらく兎谷さんが演劇部の練習に参加するのは、今日が最初で最後。役者ができないのであれば、彼女はここにいる理由がない。

 一体、わたしはどうすれば……。

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