12.笑うな!

 降り注ぐ火球を躱しながら、ミラは光の弓を構える。

 森の中で炎を使えば周囲が燃え上がり、煙も立も上って視界が狭まる。


「あまりちょこまかと逃げ回らないでくれるかい? 森を焼くのは俺も心苦しいんだ」

「だったら降参すればいいだろ!」

「降参するのは君のほうだよ。俺は寛大だからね? 今なら泣いて謝れば許してあげなくもない」

「誰が謝るか!」


 そう叫んだミラは脚を止め立ち止まる。

 再び向かい合う二人。

 

「どうした? 口では言いながら限界かい?」

「そんな風に見えるのかよ。私より、ちゃんと下を見た方がいいよ」

「下?」


 男は視線を下げる。

 そして気づく。

 彼を中心に複数の術式が地面に刻まれていることに。


「これは!」

「私がただ走り回ってたと思うなよ!」


 ミラは走り回り、注意を引きながら術式を地面に設置していた。

 彼を囲うように刻まれた術式は十二。

 それら全ての術式が一斉に光り輝き、火球より一回り大きな光球が浮かぶ。


「貴様!」

「もう遅い! 一斉発射!」


 十二の光球が男を襲う。

 彼も咄嗟に火球を生成し相殺を試みる。

 しかし一瞬の出遅れが影響して、相殺できたのは半数の六個。

 残り六個が急接近する。


「くっ、おぉ……」

「なっ、炎の壁?」


 直撃したかに思われた光球は、彼が生成した炎の壁に阻まれる。

 といっても急ごしらえの防壁で、完全には防ぎきれない。

 男はダメージを負い、片膝をつく。


「よし」


 相手は貴族で魔力量ではミラが不利。

 その差の所為で倒しきれなかったが、確実にダメージは蓄積された。

 魔力も大きく削れている。

 ミラは勝利を確信し、立て続けに光弓で攻撃する。


「いける――勝てる」

「そう思うかい?」

「へ?」


 追撃を仕掛けようと一歩踏み出したミラ。

 彼女の足元に亀裂が走り、そのまま地面が柱のように突きあがって彼女を吹き飛ばす。


「ぐはっ……」


 吹き飛ばされたミラはドサッと音をたて地面に打ち付けられる。


「ごほっごほ……何で……」


 いつの間にか術式を仕掛けていた?

 否、彼の術式ではない。

 発動させたのは彼ではなく、その後ろにいる者たち。


「惜しかったね~ でも残念でした~」


 彼の背後から姿を現したのは三人の男たち。

 受付で彼と共にミラたちを田舎者と罵っていた貴族だった。


「お前ら……いつから……」

「もちろん最初からだよ?」

「ずーっと見物してたのに気づかなかったのか? 田舎者は魔力感知もおろそかだな」


 優勢だった戦況は一変した。

 四対一。

 しかも相手はほぼ無傷で、ミラは負傷し魔力も大幅に消耗している。

 貴族ではない彼女にとって、大技の連発は簡単ではない。

 優勢に持ってこられたのも、相手が彼女をなめていたことが大きい。

 

「くそっ!」

「おっと、それは良くないな」


 弓を構えたミラに、男の一人が術式を発動。

 彼女の正面の地面が突きあがり、再びミラは宙に舞う。


「っ、あ……」

「田舎者風情が貴族に弓を向けるなんて不敬だぞ?」


 倒れ込むミラ。

 彼女に歩み寄り、止めを刺そうとする男。


「待て」


 それを止めたのは、最初にミラと戦っていた貴族の男だった。

 彼は負傷していたが、仲間の魔術で回復している。


「こいつは俺が貰う」

「はいはい。元々そういう話だったし好きにしていいよ」


 回復を済ませた男は服に付いた埃を払い、ニヤリと厭らしい笑みを浮かべる。


「随分と辛そうな顔してるね? さっきまでとは大違いだ」

「お前……卑怯だぞ!」

「卑怯? 共闘禁止なんてルールはない。むしろこのルールなら助け合うほうが効率的だと思うが?」

「っ……」


 ミラは立ち上がろうと試みる。

 先ほどの落下で足を痛めた所為か、上手く力が入らない。

 そんな彼女に男は言う。


「しかし驚いたよ。田舎者がここまでやるとは思っていなかったから、素直に賞賛しよう。威勢も良いし気に入った。お前、俺の奴隷になれ」

「……は?」

「悪い話じゃない。奴隷といっても俺の奴隷だ。田舎よりよっぽど裕福な暮らしが出来るぞ? まぁもっとも、俺の命令には従ってもらうが」

「馬鹿じゃないのか? そんなの嫌に決まってんだろ!」


 ミラが言い放つ。

 ニヤニヤしていた男の顔が冷たく変化する。


「そうか。なら田舎に帰って存在しない神様にでも祈りを捧げて、無意味に死んでいけば良い」

「ぷっ、おいおい。今時神様に祈りって。あーでも、田舎者ならあり得るか」

「馬鹿らしいよな。力も金もないから、そんなものに縋らないと生きていけないなんて」

「滑稽だよ滑稽。田舎者らしい」


 そう言って男たちは笑いだす。

 彼らの中では、すでに神の存在は過去のこと。

 いや、存在したということすら作り話とさえ思っている。

 時代を作るのは人間で、神を信じるなんて馬鹿のすることだと。

 あざ笑い、侮辱する。

 神を、そして……神を信じる者たちを。


「笑うな!」

「……何?」

「……笑うなって言ったんだ」

「ほう。まさか君も信じている口か?」


 否、彼女は信じていない。

 信じているのは、彼女の母親だった。


「……信じてないよそんなの。でも……お母さんは信じてる。いつも神様が見てくれているから……真面目に生きようと頑張ってる……」


 報われたことなどない。

 信じる価値などない。

 それでも大切な人が、大好きな人が信じている。


「私を馬鹿にするのは良い……神様なんていない……でも! それを信じて頑張ってる人まで、笑う何じゃない!」


 彼女は力を振り絞り、痛みに耐えながら立ち上がる。 

 叫ぶ思いは風に乗って、彼の耳に……心に届く。

 

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