10.不信神

 貴族の野次は無視しつつ、順番を待って受付を済ませた。

 特別問題なく手続きを終わらせ、僕らは学舎から早々に脱出する。

 人の流れに逆らいながら進むのは、流される三倍はきつかった。

 やっとの思いで人混みを脱し、学園の入り口横にたどり着く。


「はぁ、はぁ……この人混みってずっとなのかな?」

「試験中はそうなんじゃないの? これも受かっちゃえば減るよ」

「なるほどね」


 とにかく全て、試験が終わるまでの我慢ということか。

 やれやれと心の中でぼやきながら、僕は改めて学園の建物を見つめる。


 母さんの話では、千年くらい前までは神殿だったらしい。

 そこいつしか大聖堂として扱われるようになって、一度改築され学び舎になった。

 神を称える場所が、今では人間の学び舎だ。

 別に悪いとは言っていないけど、これも人々が神を忘れていった結果なのだろう。

 そう思うとやはり悲しい気持ちになる。


「ここが元は神殿だったこと……みんなは知っているのかな?」

「そうだったのか?」

「ミラも知らないんだ。千年以上前の話らしいけどね……今じゃもう、忘れられたことみたいだ」

「別に良いんじゃないの? 神殿なんかより学園のほうが便利だし、現に国は発展したしさ」


 ミラは呆れたようにそう言った。

 確かにその通りだけど、ハッキリ言われると余計に来るものがある。


「そうだけど……母さんが悲しむなって」

「……何だよ。お前のお母さん神様信じてるのか?」

「信じてるも何も、母さんは水神様だからね。神様にとって神殿は信仰を――」


 後になって、しまったと思った。

 あえて語らなかった母さんのことを、つい口を滑らせてしまった。

 どうして話してしまったのだろう。

 神様という言葉に反応して、思わず話してしまったのか。

 それとも僕が内心、離したいと思っていたからなのかもしれない。

 ただそれでも、話すべきじゃなかった。

 ミラがこんな反応をするなら……


「何だよ……それ」

「ミラ?」


 明らかに普段と違う。

 驚きよりも、怒っているように見える表情に、僕は思わず一歩後ずさる。


「冗談にしても笑えないぞ」

「いや……冗談じゃないんだ。信じてもらえないかもしれないけど、僕の母さんは本当に神様なんだ」

「……ふざけんなって。いるわけないだろ神様なんて」

「ちゃんといるよ。僕はそれを――」


 グチッ。

 

 唇をかみしめる音が微かに聞こえた。


「いるわけないだろっ!」


 ミラの怒声が響く。

 周囲の人たちもビックリして、一度は僕たちを見る。

 ミラは周りが目に入っていないのか、怒りで呼吸を乱しながら僕を睨んでいた。

 いきなりで驚かされる。

 だけど神の存在を否定されたことは、僕にも苛立ちを感じさせた。


「どうしてそんな風に決めつけるのさ。この世界を創造したのは神様だ。空も、大地も全て、神様が作ってくれたからある。世界誕生から長い間、神様は僕たち人間を守ってきてくれたんだ」

「そんなのおとぎ話だろ! 今を見ろよ! 神様なんてどこにもいやしない! いたとしも何もしてくれないだろ!」


 互いの意見を言い合い、否定し合い、決して交わらない。

 最初は何事かと見物していた人々も、飽き飽きしたのか離れていく。

 それでもお構いなく互いの主張をぶつけ合う。


「君は神様を見たことがないだろ? 信じられないなら見に来ると良い!」

「そんなもんどうせ偽物だろ! 神様なんていないんだから」

「どうして君はそこまで否定するんだ? 神様の存在を否定したって、僕たちの――」

「いるんなら!」


 ポツリ……ポツリと雫が落ちる。

 雨じゃない。

 彼女の瞳から流れ落ちる……悲しい涙だ。


「神様がいるなら……何で……何でお母さんを助けてくれないんだよ」

「え……」


 ポツリと頬に雫が落ちる。

 今度は涙じゃない、本当の雨だった。

 彼女が流した涙をかき消すように、王都の空を雨雲が覆い隠す。

 雨はザーザーと強くなり、周りから人々がいなくなった。

 

「ぅ、う……」


 彼女の涙は雨に消える。

 悲しい声も激しい雨音でかきけされる。

 それでも僕には届いていた。

 耳を塞いだって聞こえてくる。

 彼女の悲痛な叫びと怒りが、神様なんて信じないという強い意志が……

 僕の心を締め付けて離さない。


  ◇◇◇


 雨の中、僕は一人で宿屋を探し街をさまよった。

 ミラといつ離れたのかは記憶にない。

 いつの間にか、互いに別々の方向へ歩いていたらしい。


 神様がいるなら……何で……何でお母さんを助けてくれないんだよ。


 ミラの言葉が何度も頭の中で響いて聞こえる。

 あの言葉に僕は、何も応えることが出来なかった。

 否定も肯定もできず、ただ立ち尽くすだけだ。


「急な雨って嫌だわ~」

「ママ早く早く! 洗濯物が濡れちゃうよ!」


 そんな会話が聞こえてくる。

 誰も彼も、雨を邪魔者みたいに扱っていた。

 それだけじゃない。

 この街には何も、神様がいたという形跡は残っていない。

 神様に支えられていた事実なんて、本当におとぎ話の空想みたいに。

 それでも普通に生活していた。

 幸せそうに、多くの人たちが日々を過ごしていた。

 そんな光景を見せられたら、嫌でも考えてしまう。


「神様って……」


 何のために必要なんだろう?

 

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