7.似た者同士

 パチパチと気が燃える音が洞窟内に響く。

 焚火の明かりが暗がりを照らし、僕たちは少し距離を置いて冷えた身体を温めていた。

 ビンタされた頬はヒリヒリと痛い。

 思えば魔物や動物以外から攻撃を受けたのも、生まれて初めてだ。

 母さんは優しくて怒っても手は出さないし。

 そう思うと、何だか貴重な体験をした気もするのだが……


「でも痛いな……」

「悪かったな! 助けてくれたことは感謝してるよ! だからってさっきのはお前が悪いんだからな!」


 彼女は僕が貸した毛布に身を包み、頬を赤らめながらプンプン怒っている。

 お互い服はびちゃびちゃだったから、乾くまで待っている状態だ。

 傷も癒え、急激な魔力消費による脱力感も和らいできたのだろう。

 彼女はよくしゃべるようになった。


「わかってるよ。あれは僕の不注意だった。反省してます」

「そ、そうか。わかれば良いんだよ。お前……素直だな」

「意地を張っても仕方がないしね。ただ一つ言わせて貰えるなら、女の子が一人でこんな森に来ちゃ危ないよ?」

「っ、余計なお世話だよ! 私だって不意打ちされなきゃあんな奴に負けなかったんだからな!」


 彼女は身を乗り出して否定してくる。

 そんなに重要なことなのかと思いつつ、包まっていた毛布が崩れていく様子に目がいってしまう。

 服はほぼ全て乾かし中。

 つまり彼女はほぼ裸の状態で、毛布がズレれば素肌が顔を出す。

 人間に会うのは初めてで、母さん以外の女性を知らない僕には、濡れた白い素肌というだけで刺激が強い。

 僕は目をそらしながら言う。


「そこだけじゃないよ。今だって、僕が悪い男なら君を襲っていたかもしれないんだよ」

「そん時はまた引っぱたいて……ってまさかお前! そのために助けたんじゃ」

「違うに決まってるだろ? 君を助けたのはほとんど偶然だよ。僕は王都へ試験を受けにいく途中で、偶々君を見つけただけなんだから」

「王都? 試験……」


 その言葉を聞いて、彼女の様子が変わった。

 落ち着いたというより固まったという表現が近い。

 一瞬だけピタリと止まり、再び口が動き出す。


「お前も試験を受けに行くのか?」

「ん、ってことは君もなの?」


 彼女はこくりと頷く。

 試験を受けられる条件はゆるく、毎年世界中から候補者が集う。

 そう聞いていたとは言え、ここはまだ王都から遠い。


「驚いたな。こんな場所で自分以外の受験者に会うなんて」

「私もだよ。普通王都に行くなら、定期の馬車便を使うはずだろ」

「そうなの?」


 馬車便なんてあるんだ。

 母さんからは聞いていなかったな。

 いや、聞いていたとしてもあの湖は通ってくれないだろうけど。


 僕は焚火に木の枝をくべる。


「こんな場所にいるってことは、君も利用してないんだよね?」

「当たり前だろ。あんな高いの使えるか」

「お金の問題か~ 普通に生きていくならお金は重要だもんね」


 お金は必要だからと、出発前に母さんが僕にいくらかくれた。

 人里から離れた場所で暮らしていた僕にとって、手にしたお金の価値はわからない。

 話の中では理解できても、実感がわかない。

 最悪お金なんてなくても生きてはいける。

 そう思っている自分がいた。


「だからって、それで危険な目にあっていたら元も子もないと思うけどな~」

「ぅ、だからうるさいって!」


 ぐぅ~


 お腹が鳴る音が聞こえた。

 洞窟の壁に反射して、小さな音でもよく響く。

 僕のじゃなくて、彼女のお腹が鳴いていた。

 威勢よく否定しようとした彼女は赤くなって、恥ずかしそうに僕をムスッと睨む。


「……何だよ」

「ううん。僕も少しお腹が空いてきたし、何か食べようかな。君、食べる物はあるの?」

「……さっき逃げてる時に落としたからない」

「そう。じゃあ僕のを半分あげるよ。一人じゃどうせ食べきれないし」


 母さんが心配して、必要以上に食べ物を用意してくれたからね。

 保存がきく物ばかりとは言え、こうもジメジメしているといつ腐るかわからない。

 せっかく用意してもらった物だ。

 ちゃんと食べてあげないと命に失礼だろう。


 僕は食べ物を分け、彼女に半分手渡す。

 いらないとか拒否される気がしていたけど、彼女は普通に受け取って口にした。

 よほどお腹が減っていたのか。

 それとも僕が思う以上に、彼女も素直なのかもしれない。

 不意に僕は、彼女がグリズリーに襲われていた時に言っていた一言を思い出す。

 

「お母さんを助けるまでは」


 そう言うと、彼女はピクリと反応した。


「あの時そう言っていたよね? 試験を受けにいくのは、お母さんのためなの?」

「……だったら何だよ」

「別に。ただ、同じなんだなと思っただけだ」

「同じ……」


 彼女はぼそりと呟く。

 それから何かを思い出したのか、彼女はニヤっとイジワルそうな笑みを浮かべた。


「そういやお前も言ってたな。母さんが大好きだとか」

「うん、大好きだよ」

「は、ハッキリ言うんだな……恥ずかしくないのかよ」

「恥ずかしいわけないよ。僕は母さんが大好きだ。僕を育ててくれて、いつも心配してくれる優しい母さんが」


 そうじゃなかったら、僕はきっとここにいない。

 助けられたことがじゃない。

 母さんに出会わなければ、助けてくれたのが母さんじゃなければ。


「君もそうなんだろ?」

「……うん」

「じゃあ僕たちは似た者同士だ」

「そうかもな」


 だからかもしれない。

 初めて話す自分以外の人間で、しかも女の子。

 もっと緊張して畏まると思っていた。

 何の今は、家にいる時に近い穏やかさを感じている。

 それはきっと……

 

「僕はアクトだ。よろしくね」

「私はミラ。その……色々と助かった」


 僕らが同じものを信じているからだ。

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